第三話「似たもの親友」
食後の眠い授業が続いた後のLHRから解放され、教室中が歓喜の声であふれかえる。
今日も一日が終わったのだ。
「終わったーっ!」
両手を突き上げ、元気に吼えるクラスメイトがいた。
身長一八二センチの大男、見た目通りの脳筋、外道真直だ。
“げどう”じゃない、“がいどう”だ。
「ねぇ真直、うるさいから静かにしましょ?」
「イテテッ、ちぎれる……! パンの耳みたいに、俺の耳が、ちぎれる~ッ!!」
真直の耳を引っ張ったのは、彼より三〇センチも低いクラスの女子生徒、兵頭凛子だった。
さらりと長い紫色の髪を下ろし、背筋もピシッと伸びている。
目つきはおっとりとしているが、性格が少々キツかったりする。
ちなみに真直と凛子は、俺とみとせと同じ関係……つまり幼馴染だったりする。
この偶然もあり意気投合した俺たちは、クラスの誰よりも仲がいい。
「尊ぅ~助けてくれぇ~凛子がいじめるぅ~……」
両手を体の前であたふたさせて俺に助けを求めてくる……ゾンビみたいだ。
「まあまあ凛子ちゃん、その辺にしといたら?」
「え……だってストレス解消になるし」
「…………」
二人の上下関係はこんな感じだったりする。
「やめてくれよ~りんこりん。この後も特訓あるんだろ?」
「その呼び方は気持ち悪いからやめてって言ってるでしょ」
凛子はするりと身軽に真直の首元にしがみつくと、そのまま頸部を締め上げた。
「ぎゃああああぁぁぁ~~~ッッ!?」
「あはは……もっとうるさくなってる気もするんだけど」
みとせがやんわりと間に入ってきて凛子をたしなめる。
「真直の体って丈夫だからいいサンドバッグになるのよね。声の出るサンドバッグってなかなかないから」
「人の体をオモチャみたいに扱ってくる女子もなかなかいないぞ~!」
「オモチャはね……普通に遊ぶより壊すほうが面白いのよ」
「悪魔ァァ!」
ひとしきり真直を締め上げた凛子は満足したのか、彼の体を蹴って地面に軽やかに着地した。
「一日中ずっと座りっぱなしだったからなまっちゃう」
凛子は準備運動終わりといわんばかりに首を横にかしげてコキッコキッと小気味いい骨音を鳴らしていた。
「だな! 俺も凛子に締め上げられていいストレッチになったぜ!」
先ほどまでの苦痛の声が嘘のようにさわやかな笑顔を見せつけてくる真直、お前はマゾか。
「二人は……もうこのまま帰るの?」
凛子の視線が俺とみとせに注がれる。
俺たちはどの部活動にも所属していないためこのまま帰るか、道場でひと汗かいて帰宅するか、おつかいを頼まれていたら商店街で買い物して帰るかのいずれかが主な選択肢だ。
「うーん……俺はおつかい頼まれてるから、商店街に寄ってから帰るかな」
「私はおばさんのお手伝いしたいから先に帰らなきゃ」
俺とみとせの答えを聞いた凛子はふーん、と生返事をしながら交互に顔を見てくる。
「真直と凛子は一緒に帰るのか?」
「ええ、そうね。しごかなきゃ」
「あっはっはっは!」
二人も俺たちと同じく部活には入っておらず、道場で稽古をつけているらしい。
ちなみに、俺とみとせが通っている道場とは別のところだ。
ていうか真直よ、しごくって言われてるけど大丈夫か? 笑ってる場合なのか?
「んー……こうしてみると珍しいわよね、道場に通ってる人多いのって。他のみんなは部活に入るか帰宅部だし」
みとせがもっともらしい意見を口にする。
俺も同感だと首を縦に振った。
「真直、そろそろ行くわよ」
「オウッ! じゃあなー二人とも!」
凛子はすぐに回れ右で廊下を目指し、真直は俺たちに手を振りながら彼女の後に続いて教室から出ていった。
「俺たちも帰ろうか」
「うんっ、校門まで一緒にいこ」
みとせは嬉しそうに言葉を弾ませ、俺の隣に並んだ。
腕を少しでも横に広げれば手が触れ合ってしまいそうな距離にドキドキしてしまう。
教室を出る背中に当たる夕日が、やけに熱かった。