プロローグ
「あァ? 『八蛇』の一人が獣塚市にいる?」
日が昇っているか沈んでいるかもわからないほどの暗い一室に、椅子に座った若い男の声が響き渡る。
彼の足元には全身血まみれの男性の死体が転がっており、サッカーボールを扱うかのように足の裏でグリグリと弄り回していた。
「はい。あくまで可能性ですが、いると思われます」
男から数メートル離れたところで向かい合うように佇んでいた女性は、死体を前にしても表情を変えず恭しく頭を下げる。
「ふーん……じゃあお前が指示しろ。んで、ホントに『八蛇』だったら俺のところまで連れて来い」
「はい、かしこまりました」
顔を上げ、服の上からでもわかる膨らんだ胸元に左手を添える。
その薬指は、根元から欠損していた。
「じゃあ俺はゲームで遊んどくから、後は頼むな」
ポケットからスマートフォンを取り出し、途中まで遊んでいたゲームを再起動する。
「チッ、くそ……! いいトコまでいってたのに時間切れでやり直しかよッ」
怒りをぶつけるように足に力を込め、男性の死体に八つ当たりしだす。
「その男……私が相手してもよかったのですが、どうしてご自身で対応なさったのですか?」
「だってよォ、『お前だけは絶対に許さない!』って正義感バリバリ出しやがるんだぜ? キモくね? 足元にゴキブリいたらフツー潰さね?」
「反射的に、ということですか」
「嫌悪感剥き出しだったからすぐぶっ殺せると思ってたんだけどよ、思いのほか手こずっちまった」
そこで男はピタリと画面操作の指を止めた。
「てか! 何でお前手伝ってくれなかったの!? 俺苦戦してたのにッ!」
「ゲームを中断させられたうっ憤を晴らすためのストレス解消をなさっていると思いましたので、横槍を入れるのは控えさせていただきました」
「で、影ん中からじっと見守ってた?」
「はい」
「いや、あのさ、俺、ゲーム楽しんでたじゃん? そんで邪魔されたじゃん? ご主人様の遊んでいるところを邪魔するなんて許せない! ってならなかったわけ?」
問われた女性は小さく頭を傾げ、しばらく考えたのちに答えを返した。
「そこは……ちょっとよくわからないです」
「なんーーーでだよッ! なんーーーでだよッ!」
男は頭を抱え、地面の代わりに死体を足蹴にした。
「こりゃあアレだな、帰ってきたらお仕置きだな」
女性はお仕置きという言葉に反応し、瞬く間に頬を赤く染めていった。
「前回はベッドに括り付けてでしたが、今度は天井から鎖でお願いします」
「あーわかったわかった。お前の言うとおりにしてやるからがんばって仕事行ってこい」
「はい。では……行って参ります」
直後、女性の体は足元の影に吸い込まれていき、ものの数秒で姿を完全に消してしまった。
「あ……菓子とジュース頼むの忘れてた」
大きなため息を一つつき、男は再び画面の操作に戻る。
「『八蛇』がそろったらこの国の全員を操れるってか? おもしれぇなあ、クックック」