そうだ、転職しよう。
エルフの国、魔法都市リーフライト。
古代魔法から最新の魔法研究まで行っている魔法大国。
獣人の国、貿易都市ゴルドバ。
世界最大の鉱山国であり、多くの商売人が集う商業国家。
そして人間の作りし国、自由都市ルミナス。
三大国家の中で最も歴史が浅い国ではあるが、人種差別がほとんどなく多種多様な種族が生活をしている正に自由国家。
そんなルミナスの中心部にある城、ティエル城の一角に【聖騎士】と呼ばれる彼女はいた。
「聖騎士長!ご報告があります!」
緊張した面持ちで右手を胸に掲げる若い騎士。
彼が緊張するのも仕方ない。なにせ目の前にいるのは王国最強の肩書きを持つ聖騎士なのだ。
「北東、アスタルクの街にて癒し手がいるとの情報が入りました!」
「ほぅ…。」
その言葉を聞き、書類作業の手を止める。
今にも崩れそうな紙の山。
どう考えても一人で片付けれる量ではないが、それを半日で終わらせてしまう勤勉さが彼女にはある。
「それで…。なぜ私に報告を?」
「そ、それは…。」
若い騎士は言葉を詰まらせた。目線を逸らし、どう説明すべきか悩んでいるのが手に取るように分かる。
その表情を見て彼女はフッと笑う。
「冗談だ。どうせ、現地調査の仕事をこちらに丸投げしてきたのだろう?まったく、姫様の騎士団も困ったものだ。」
「は、はぁ…。」
「いかんな、私語が過ぎた。直ちに現地へ確認部隊を送れ。隊長はマルコ。他の人選は任せる。癒し手を見つけ次第報告。相手の同意がすぐに得られるのであれば、直接ここまで連れてきてもよいと伝えろ。いいな?」
「はっ!」
威勢の良い返事と共に再度右手を掲げ、若い騎士は部屋を後にする。
「癒し手…か…。」
一人、部屋に取り残された彼女は思い出すかのように瞳を閉じる。
自分の知る唯一無二の癒し手を。
「一体…お前はどこに行ってしまったんだ…。」
部屋の窓を開け、新鮮な空気が入り込む。
冷たい風は彼女の長い髪をなびかせた。
燃えるような赤い髪。まるでその熱を冷ますかのように。
「ユキ…。」
決して誰にも聞こえぬよう、彼女――ヴィクトリアは小さく呟いた。
◆◆◆◆◆◆◆
マイホームから転移魔法を使用すると、瞬きをする間もなく一瞬で自由都市ルミナスに到着する。
ここは俺のキャラクターであるユキが最初に訪れた三大都市の一つであり、ゲームの中では最もプレイヤーが集まっていた都市。
理由は簡単で、シーズナルイベントのほとんどはここが開始地点だったからだ。
まぁ、種族で人間が圧倒的に多かったってのもあるけど。
しかし、なんというか感動するな。
液晶画面でしか見ていなかった世界を実際に見ることが出来る日がくるとは。
人生とは分からないものである。
「ご主人様。」
なぜか一緒に行くと言って聞かなかったシンシアさん。
三日目にしてデレ期がきたのだろうか?いくらなんでも早すぎる。
少し残念な気持ちになっている自分が悔しいです。
「なんだね、シンシアさん。俺は今、猛烈に---。」
「人の目が集まっております。一度この場を離れたほうがよろしいかと。」
周囲を見わたすと、確かに街の至るところから視線が集まっている。
なんだなんだ?転移魔法がそんなに珍しいのか?
「それもありますが、一番の理由はご主人様の服装にあるかと。」
「服装?」
視線を自分の衣服に向ける。
【火龍のローブ】
真っ赤に染まったローブには金色の糸で天に昇る龍が描かれており、裾の部分からは燃えるような炎のエフェクトが出ている。ちなみに、夜になるとより鮮明に見える素晴らしい設定だ。
欠点があるとするなら防御力は紙装甲で戦闘には全く役に立たない。加えて要求素材は鬼畜。挙句の果てに裁縫師のレベルがカンストしておりかつ装備が最新の物になっていないと作れない厄介な防具なんだが。
でもいいじゃないか!
カッコいいんだから!!
「どうやら衛兵がこちらに向かっているようです。私は捕まりたくありませんので逃げますが、よろしいでしょうか。ご主人様。」
「はい?」
ちょんちょんとシンシアが指をさす。
そこには一直線でこちらに向かってくる鎧騎士の姿が。
「…いやいやいや、何もしてないのに捕まるなんてそんなことがあるわけ---」
「お言葉ですが、そんな怪しい服装をしていれば当然かと。」
「なんでだよ!!かっこいいだろ!」
マーケットでの取引履歴も多かったし、これを着た画像をアップしてるレイヤーさんも多かったんだぞ。
「左様ですか。とにかくここは---。」
「あーもう!わかったよ!違う場所…違う場所ねぇ。」
ここから近くて人通りが少ない場所といえば…アスタルクか。
あそこは特にイベントとなる場所もなかったはずだ。
「よし、いくぞ。」
シンシアの手を握り、転移魔法を発動させる。
小さく温かい手。
女の子の手を握るなんて中学校のフォークダンス以来じゃないか?
なんで女の子ってのは、こう柔らかくてフワフワと---
「ご主人様。」
「あ。すみません。」
反射的に謝ってしまう自分。実に日本のサラリーマンらしい姿である。
◆◆◆◆◆◆◆
アスタルク。
ルミナスにある始まりの街から最も近い街。
それ以外は特に何もない…悪く言えば【通り道】とも言われる街だ。
王都ルミナスから転移した俺とシンシア。
とはいえ、このままの恰好では同じことを繰り返すだけ。
で、あれば着替える必要がある。
そこで俺は今まで試していなかった【ある手段】を使うことにした。
それは【転職】
転職といっても、某神殿やハローワークに行くわけではない。当たり前か。
サウザンドメモリーでは習得した職業はメインメニューから選択可能となっており、
ワンクリックで職業を切り替えることができる。
加えてその職業が最後に装備していたデータは自動記録されており、職業を切り替えると同時に装備も全て変更されるのだ。
職業が多く存在するサウザンドメモリーにおいて、このシステムはなくてはならなもの。
さて、話を戻そう。
先程までの俺は職業【女神】。
ほんと、なんで女神なんだろう…謎だ。
が、今の俺は違う。
回復役のヒーラーでなければ、壁役のタンクでもない。
そう!
戦闘の花形アタッカー!!
その中でも最も高いダメージ量を誇る職業…それこそがこの職業---
「格闘家なのだ!」
「…そうですか。」
「シンシアさん。なぜ若干の距離を取っているのでしょうか。」
「私の口からそれを言わせるとは、ご主人様はそういうのがお好きなのですか。」
冷たい目線を送るシンシア。
俺もバカじゃない。
彼女の視線先から原因は特定している。
チラリと窓に写った自身の姿を確認。
先程のまでのローブ姿とは一変し、かなり身軽な服装だ。
ヘソが見えるほど短い黒色のシャツは片方の裾がキュッと結ばれており、膝丈のズボンはシャツと同色で所々ダメージが入っている。
極めつけは両手両足に装備されている赤い手甲と具足。見た目はかなりゴツく、服とのアンバランス感が半端ない。
「誰しも、普段とは違う自分になりたい時がある。そう思いませんか。」
「分かりかねます。」
「ですよねー…。」
俺だってこれはちょっとはじけ過ぎかなーと思うけど、でも仕方ないだろ。男の子なんだもの。
野性的というか攻撃的というか。ヒーラーじゃこんな恰好出来ないから仕方ないだろ。
「はぁ…先程の街よりも人気はありませんので、おそらく問題はないかと。」
「そ、そう?なんならまた違う職業に---」
「ご主人様。要件をちゃっちゃと済ませたほうがよろしいかと。」
目を瞑り、いつもと変わらない表情のシンシアさん。
デレ期はまだまだ先のようだ。




