あぁ、愛しのマイホーム
サウザンドメモリーには3大都市と呼ばれる国がある。
森の住人、エルフが住む国【リーフライト】
アニマと呼ばれる獣人の国【ゴルドバ】
そして人間が治める国【ルミナス】
プレイヤーはキャラメイク時の種族によって3国いずれかの【始まりの街】へと飛ばされる。
そこでチュートリアルを済ませると、職業習得の為に首都へ向かう。と、いうのが一般的な流れだ。
俺のキャラ【ユキ】は人間なので【ルミナス】が最初に訪れた3大都市になる、あの頃は若かったなぁ…。
次にマイホームについて。
これは種族に関わらず、土地さえ購入出来れば3大都市のどこでも住むことは可能である。
土地はSからDまでのランクに分かれており、ランクが高い土地ほど価格も高く競争率も激しい。
勿論、俺が持っている土地はランクS。
場所は【リーフライト】から少し離れた【帰らずの森】の中にある【癒しの泉】エリア。
普段自然と触れ合うことのないサラリーマンの俺にとっては心が癒されるエリアの一つである。
ここを購入する為に有給を利用したのは良い思い出だ。
綺麗な場所ではあるが、不便な点もある。
転移魔法が使えない場合はわざわざ"ダンジョンエリア"である【帰らずの森】を突破しなければならないということだ。ま、レベルが30以上あれば問題なく進むことは出来るんだが。
「到着っと。転移魔法は問題なく使えるみたいだ……おぉ…」
転移魔法を使用した俺は一瞬でマイホーム前に到着。
若干乗り物酔いに近い感覚が残っているものの、目の前に飛び込んできた光景はそんなことを一瞬で吹き飛ばすものだった。
キラキラ光る森。
幼稚かもしれないが、それ以上に思い浮かぶ言葉が見当たらなかった。
青々とした木々は空から降り注ぐ光を反射し、雪でも降っているのかと錯覚させる。
そして目の前に広がる泉は、俺が今まで見てきたどんな水よりも透明で綺麗だった。
「はっ!?いかんいかん。目的はこっちじゃない!」
ぐるりと振り返ると、そこにはゲームで見慣れた我が家。
なるべく周りの自然と馴染むよう多くの木々が設置された庭。
中央には天を仰ぐポーズを取った天使像付きの噴水。
そしてその奥には横に広がった白い二階建ての洋館。
総額にして約10億のマイホームである。
なんというか、現実味が全くない。
いや、さっきからずっとないんだけども。
リアルで俺が住んでいた家は1Dロフト付きのアパートだ。
実家は戸建てではあるものの、こんな立派な庭付きの豪邸ではない。
「俺の家…でいいんだよな…。」
両開きの扉の前で俺は呆然と眺める。
「あーもう!とにかく入ってみるしかないだろ!」
意を決して両手で扉を開く。
油がしっかり回っているのか、扉は軋むような音は一切立たない。
そして目の前には―――
「お帰りなさいませ、ご主人様。」
黒いメイド服に身を包んだ女性が体を45度に曲げて綺麗なお辞儀をしていた。
真っ先に目が行く先は胸。男なら誰しもそうだろう?大きすぎず、小さすぎず丁度よいサイズ。
腰はしっかりとくびれており、スタイルの良さを主張する。
短いスカートから覗く白くスラリとした足。するりと伸びた指先。
もうあれだ、これで美少女じゃなかったら世界を疑うレベルだ。
メイドは長い銀髪をなびかせながらゆっくりと顔を上げる。
西洋に似た整った顔立ち。無表情だが少し気が強そうな細い目。青い瞳は先程見た泉の色と似ていた。
そして、髪からちょこんと飛び出した細く尖った耳は彼女の種族をしっかりと主張してる。
俺はここで確信する。
間違いなくここは【ユキ】のマイホームだと。
なぜなら目の前のメイドは、俺が作成した使用人【シンシア】そのものだったのだ。
土地はランクによって価格が高くなると説明したが実はもう一つ重要なポイントがある。
それは使用人だ。
使用人とは土地購入後、家を建てるとオプションでついてくるNPCのこと。
使用人は自キャラ同様にキャラメイクを行うことが出来るのだが、種族だけは固定されている。
【ルミナス】ならば人間の、【ゴルドバ】であればアニマの使用人となるわけだ。
そしてリーフライト地区の使用人はエルフ。耳から見てもシンシアがエルフであるのは間違いない。
使用人の主な役割はアイテム・装備の保管と使用人限定クエストの受注である。
アイテムや装備の保管は街にある【預り所】を利用してもよいのだが、引き出しの際には手数料が取られてしまう。
しかし使用人の場合はそれが無く、気兼ねなく利用が出来るわけだ。(まぁ、保存数が限られてるから結局は預り所を利用するんだが)
使用人限定クエストとは、名前の通り使用人しか受けることの出来ないクエストである。
使用人はプレイヤーが習得している職業になることが出来る。勿論、武器や防具の装備も。
そしてクエストを受けることによりレベルが上がり、レベルが高いほど高難易度のクエストを受けることが出来る。
高難易度クエストの報酬は通常プレイで手に入らない素材もあるので結構重要だ。まずやっていないプレイヤーはいない。
「あ、えっと…ただいま?」
「…。」
やっとの思いで声を出す俺に対してシンシアはじーっとこちらを見たまま。
というか若干睨んでないか?
「あのー…シンシ―――」
「失礼ですが、"ユキ様"でいらっしゃいますか?」
無表情だから何を考えているか読み取れないが、疑っているということだけはなんとなくわかる。
あれは不審者を見る目だ。ドラマでよく見たことがある。
「そ、そうですけど。」
「おかしいですね。私の知っているいるユキ様はそれはそれは美しい女性であり、貴方のような品性の欠片もないようなオッサンではなかったと記憶しておりますが。」
「誰がオッサンだ!誰が!俺はまだ24だぞ!」
「細かいことを気にしますね。心にゆとりを持たないと立派な大人になれませんよ。」
「俺は十分大人だ!!」
「そんなことはどうでもいいのです。貴方がユキ様だというのなら、その証を見せて頂きたいのですが。それが出来ないというのであれば―――。」
そう言うとシンシアは腰に手を回す。その手にはどこから出したのか二本の短剣が握られていた。
確かシンシアの職業は暗殺者だった…気がする。
「不審者ということで首を切り落とすことになりますよ?」
そこで初めてニコッと笑う。厳密には口元だけ微笑んで目は笑っていない。
「まてまてまて!!証って何を見せればいいんだよ!」
慌てる俺に対して、彼女は冷静に感情のない声で答える。
「そうですね。ユキ様は犬の真似が大変お上手でございました。」
…そんな設定聞いたこともないんだが。
「四つん這いになってワンと鳴いて見せてください、さぁ。」
催促するようにシンシアは右手の短剣をチョンチョンと揺らす。
その瞳は先程と違いキラキラとしているようにも見える。
なんだろう、背中をゾクゾクしたものが。俺ってそっち方面の属性持ってたっけか?
…いや、待て。よく思い出してみろ。
確かこの扉―――。
「俺しか開けれられなようにロック掛けてなかったか?」
「…。」
若干の沈黙。
そして。
「―――ちっ。」
「おいまて!今舌打ちしたよな!?」
「してません。気のせいです。」
「お前、俺が本人だって分かっててやってるよな!!」
「なんのことでしょうか。記憶にございません。」
どこかの政治家か貴様!!
そんな憤る俺の気持ちを無視し、シンシアは短剣をしまうとスカートの裾の両端を指で摘み、
優雅に一礼をする。
「それはさておき、お帰りなさいませユキ様。お帰りをお待ちしておりました。多分。」
聞こえないように言ったのだろが、しっかり聞こえてます。
誰だ!こんなエルフメイド作ったのは!!
…
……はい。




