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6 願いを託した輝き


 6 願いを託した輝き 


 森は雲一つ無い夕焼けに照らされて木々の長い影を作る。

 彼女の方を盗み見ると、綺麗な夕焼けを背に明るい笑顔を浮かべている。

 視線を戻し、それから自分を見ると鱗や翼が赤い夕焼けに照らされ、鋭く輝いていた。


俺と彼女は村門を出て神聖樹に向かう。後は旅の準備をして、明日出発するだけだな。


「ね、美味しい物って何があるの? こう、お肉料理…とか」


 不意に立ち止まった彼女は、指を唇に当て首を傾げる。


「あぁ…そう、だな……俺はシチューが一番美味いと思う。」


 少し、カレーやラーメンと悩んだ。――どれも、同じ街からの発祥だしな。

あの街はどうなってんだか頭のおかしな…もとい、斬新な品書きばかり思いつく。

 カレーを考えた奴は天才だ。間違い無い。シチューも然り。まぁパスタは似たのが元よりあるからな。味付けは独特だったが。

 あの……毒茸の一種と毒芋、人参の料理。……何とかの煮物? とか言ったか。

 あんな毒物を笑顔で…美味そうに食べるなんて気が知れない。実際美味いらしい。うぅ、気が知れない。


 まぁ……彼女との旅か。またあそこに行くのも良いか。


 などと考えていると、彼女の笑みが強張っている。 


「…? …しちゅー? …あ、シ、シチュー! 美味しいよね!?」

「……額に汗かいてるぞ。」

あぁ…そうか。考えてみれば料理も知らないよな……俺の料理でも結構喜ぶかもしれないな。機会があれば。


「あ、あぅ…えっと…じゃあ、服とか! どんなのがあるのかな……?」

 彼女は少し慌てて、続けて俺に問いかける。それでもわくわくしてるのは手に取るように分かる。


「……どうだろう、あんまり服に興味は無いが…強いて言うなら…派手なローブ? マントみたいなのが多かったぞ。」

 形容し難い。何というか…マントの下に丈の短い服を着るのが流行り?よく分からん。


「マント、ローブ…あ、あのおしゃれでだぼだぼな服だよね!」

 これは少し頭に浮かんでるみたいだが、多分…違う。


「いや違う、でかい布? みたいな感じの…おしゃれ?いや……まぁ良いか。コートとか便利だぞ。俺は買わないが」

 俺のコートは他種族や無種族の素材で裁縫した物だから、買う必要は無い。地味に便利な特技だと思う。


 すると、流石に自信をなくしたのか、少女の顔が陰る。


「…私、大丈夫かな。浮かない? 嫌われない? 変に…思われないかな?」


――彼女の不安はもっともだ。俺も味わった事がある。……だから、その不安を取り除く。それだけだ。


「大丈夫だ。昔の俺は……もっと酷かった。絶対に思い出したくない位にな。

お前はこう、何だ……大丈夫だ。それに何か言って来る奴は無視するか、潰す。……安心しろ。」


 俺の大きな手で彼女の頭をぽんぽん、と優しく叩く。


「…ありがとう。貴方と一緒なら……きっと心配する事も無いね。楽しみになった!」


 彼女のこの、輝く様な、花が咲く様な笑顔はやっぱり、嫌いじゃない。


 ただ問題は…街と俺に対する期待が上がり過ぎる事か……どうしよう。

 少し困り頭をぽりぽりと掻きながら――ふと、振り向く。


 すると腕に何かをぶら下げ、大声を上げ走ってくる人影が見えた。


「おい、誰か付いて来てるぞ。」

 彼女の知り合いかもしれない。とりあえず尋ねる。

「え?…あ、本当、だれ、だろう…ね……」

 と言ったもののも、呆然とその影を見つめる。


「……サナだ。私の、母さん……えっと、私を育ててくれたお姉さんだよ」


 殆ど上の空、という風に彼女が言う。

 あぁ、話で言ってた唯一優しかった人だったか。そういえば皆出てきたさっきでも、それらしい人は居なかった。

 だからか、見送りの時、周りを見た後ほんの一瞬だけ表情が曇ったのは。


 しばらくすると、走る人影は目に見える程近づいてきた。


「はぁ、はぁ……やっと!! 追いついた! 何でいつも居ない時ばっか色々やんの!? ったく、はぁ……」


 夕日を背に、荷物を前に抱えて、必死で息を切らして来た金髪の女性。

 その外見は彼女よりも一回り大人だったが、確かに母親という程の年の差を感じはしない。姉と言う方がしっくり来る。


「もう、いつもサナが居ないだけでしょ……! ……何年ぶりかな。」


 彼女が、優しい声で言い、歩いていく。

 そんな、何だか親しい呆れと少しの甘えを持った彼女の表情を、はじめて見た。

 着いて行っても仕方が無いので、立ち止まって眺める。


「ったく、口の減らない…三年ぶりだよ。…あぁもうほら、餞別だ! 受け取れ親不孝!」


 サナと呼ばれた女性が乱暴に紙で出来た袋を渡した。

 中々の重量を感じさせる音を出しながら彼女の腕の中に納まる。


「おもい……何が入ってるのこれ……」

「ははっ! 重いか、そりゃそうだ。ちょっと開けて見りゃどういう物か分かると思うぜ!」

 快濶に笑い、確認を促すサナ。


「んしょ…って、これ…」

 床に置いて袋の中を見る。


――俺には、その中身はここからじゃ見えなかった。

 だが…それを見た彼女が、泣きそうな位喜んでいるのがここまで、伝わって来た。

 それで十分だとも思った。


「あ…ありがとう。サナ……お母さん。」


「っ…そういうのは、やめろよ…あ、あとまだある! 待て、待てよな……!?」

 乱暴に首の後ろへ手を伸ばし、何かを前に持ってくる様な動きをする。


「――よし、ほら…こっち来て。」

 そして、彼女の首元を抱きしめる様に手を回す。

 優しさに溢れた瞳とその仕草に、彼女の優しさは誰から譲り受けたかを何となく、理解した。



「…あの時、名前考えてやれなくてごめんな。お前が大好きなのに、あの時は邪魔されたからね…ごめんね…」



 先程までとはまるで違う、泣き出しそうな程か弱い声で、小さく呟く。

 その呟きが今、色々な憶測をさせるが、今は、いやずっと…自分からは、黙っていよう。

 ――頭の中の憶測は、俺自身に問いかけて答えられる物じゃ、なかったからだ。


すると、サナが彼女の首に回していた手をどける。


「…はい。終わった。綺麗綺麗!! ふふふ…あの格好良い彼氏に見せてきたら!?」


「ば、ばか、そういうのは…良いから…」


 聞こえてる…そんなんじゃない…と思う。…と横を向いたら、彼女にコートをそっとつままれた。



「…どう?似合ってる、かな。」

 

 少し恥ずかしそうに下を向く。その胸元に、大き過ぎないで美しい。蒼色の宝石をはめたペンダント。


 よく見ると、カットは均一じゃなくてきっと誰かの…いや、サナの手作りなんじゃないかと思う。

 その宝石は目の前で俯きながらも照れくさそうに微笑む彼女の印象に、驚く程似合っていた。

「っ…、まぁ……凄い綺麗だと、思うぞ…うん……」

 もう、色々と直視できない。彼女が嬉しそうに笑う。


 と、彼女の母、サナがこっちに歩いてくる。


「お前、不器用な奴っぽいけど、彼女悲しませて泣かせるなよー!」


「あ、あぅそういうのはも、もう…良いから…良い、から…」

 顔を真っ赤にして横を向く。……俺も同じ、すぐ顔を逸らしてしまった。



 サナはそんな俺等を、少し羨む様な、祝う様な…眩しい物を眺めるような表情で言う。



「…ま、良いよ。思うままに生きな。その結果がどうであれ私はずっとお前等を想ってるからさ。

そうそう、日記毎日書かせて、んで読ませてな! それ読むのがアタシの生涯の楽しみなんだから!!

そんで、すっげぇ美味い物食わせてやってな! 美味い物は食うとそれだけで、幸せになれる!!

それから…色んな人と出会って、楽しく、本っ当に楽しく、優しく…生きろよ!!

それ、から…綺麗な服。綺麗な服は、心も飾れるから…綺麗に、なれるから…着せてあげてな。

それ…からさ……それ、か、ら…」


言って行く内に、段々顔が俯いていった。

でもその俯く事を、誤魔化す事をやめるように、顔を上げて。


「心から幸せと、想えるようにしてやってくれよ!! もう私じゃ…駄目、だったからさ。

これが、私からの、母親として幸せだった私からの…一生のお願いだ。」


止まらないで流れる涙を隠す事も無く、大きく爽やかに、何より優しく言う。


 ――だが、きっと。きっとその言葉の一つは、大きく間違えている。


 きっと、彼女は―― 


「幸せだったに決まってるでしょ!?」


彼女がサナを見据えて、大声で叫ぶ。

サナはそれに少し驚き身をこわばらせる。


「私は幸せだったよ!! サナと居た時は村で一番、ううん、今までで一番、すごい…すっごい幸せだった!! 

私、サナと一緒に食べたご飯の味忘れてないよ! 作ってくれた服もちゃんと残してあるよ! 日記だって欠かしてない! …私は本当に、サナと過ごせて幸せだったんだよ……?」


彼女はサナの両手を重ねて、ゆっくり優しく握り締める。

「…ん。」

サナはそれを泣きながら、ゆっくり頷いて幸せを噛み締めるように頷く。


「…泣かないで。きっとこのペンダントは私を護ってくれる。

――だから、帰ってこれる。絶対帰ってこれるよ。…ね?安心、して。」


彼女がサナの両手を離して、優しく背中に手を回す。

「っ…!うん…。」

サナは濡れた頬と暖かい頬を合わせ、体温を感じながら背中に手を回し返す。



「だから…待っててね。

絶っっ対!! 幸せにしてあげるから…! 私が受け取ったよりもいっぱい幸せに、してあげるから…!!!」


優しく回していた手を、目一杯の力を込めて、――感触を、二度と忘れぬようにぎゅっと抱きしめる。



「……うん!!」


濡れた頬と、濡れた頬がくっ付いたその温度を、体に触れる感触を、優しく優しく抱きしめる。




そして、ぱっと体を離し荷物を抱いた彼女。

「…じゃね!ちゃんと村で待っててよ!!」

サナに背を向け、神聖樹までの路を走り抜ける。


それを見てサナは何も言えず、ただただ静かに、頷いた。


それを見てさっき会ったばかりなのに、後ろ髪を引かれる感覚に襲われる。


でも、もっと辛いはずの彼女は振り返る事もしないで走り抜けたから。


「……彼女を育ててくれたり、色々…ありがとうございました。」


そして、彼女の元へ走り抜ける。




すると、少し遅れて聞こえた大きな言葉。


「絶っっ対!!!! 幸せになれよーーー!!!!!」


――それは優しく抱きしめる様な、涙声の、暖かい願いがいつまでも耳に残っていた。



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