どんな命も救うことができる薬を作りました
あるところに四十代の女性がいました。
彼女は「どんな命も救うことができる薬」の完成を目指していました。
--未来ちゃん、生きたくても生きられない人だっているのよ。
幼いころに母の言葉を聞いて以来、ずっと彼女は気になっていました。常に彼女の心にひっかかり、片時も離れてはくれなかったのです。
そして生きたい人が皆生きられる世界になってほしいと考えるようになりました。
「どんな命も救うことができる薬」を作ろうと思ったのは、その頃からです。成長した彼女は願いを叶えるべく、薬学者になりました。
日々試行錯誤の連続。なかなか結果がでず挫けそうになることもあります。そんな夢物語がうまくいくはずがない、と馬鹿にする人もいましたが、それでも彼女は諦めませんでした。
彼女はいつも一人でした。孤独の中で、研究を続けていました。疲れのせいでしょうか、彼女の瞳はいつも暗く、元気がありませんでした。
「……できた」
女性の手にあるビーカーの中で、七色に輝く液体が入っています。それを見ながら彼女は微笑み、愛おしげにそれを揺らします。ビーカーの中でゆらめくそれは七色に輝き、キラキラとしています。
「どんな命も救うことができる薬」は、完成したのです。この薬さえあれば、どんな大怪我をしてもどのような難病にかかっても助かるのです。
条件はただひとつ、その薬を飲むことだけ。
彼女が作った薬は瞬く間に有名になり、世界中に広まりました。彼女は栄誉ある賞に輝き、世界中から称賛の声を浴び続けました。
薬の大量生産も可能になり、望む人全ての手に渡る手筈も整い始めてきました。
『生きたい人が皆生きられる世界を作りたい』
彼女の理想とする世界が現実となってきたのです。
彼女の弟子になりたがる多くの若き者たちが彼女のもとに集いました。希望と熱意にあふれる彼らの眼差しを受け、自分の身につけたノウハウを彼らに伝えます。
けれども彼女はプライベートで彼らと関わろうとはしませんでした。誘われても拒否し、一人でいる道を望みました。
あるところに少女がいました。綺麗な黒髪は腰まで伸びており、星の飾りがついたヘアピンで前髪を止めています。彼女の雰囲気によく似合う白いワンピースは、新品のように真っ白です。
まだ未来ある美しい少女でしたが、それは世間から見た彼女の姿。彼女の心の中に、未来なんてありませんでした。
なぜかはわからないけれど、彼女は死を望むようになっていたのです。
ある日少女は母親に尋ねました。
「お母さん、どうして自殺はしちゃいけないの?」
「何でそんなこと聞くの?」
「なんとなく?」
自殺に対する些細な願望を隠し、何ともないように少女は努めました。いつのころからか当たり前になった、「普通」の表情を作ります。
「未来ちゃん、世の中には生きたくても生きられない人がたくさんいるのよ」
「……うん」
だからなんだろうと思ったけれど、そんなことは口にせず母の言葉を待ちます。
「だからその人の分まで生きなきゃダメよ。そうじゃないと、生きたくても生きられない人に悪いでしょ?」
「生きたくても、生きられない人……」
「生きたくても生きられない人だっているんだから、死にたいだなんてわがまま言っちゃダメよ。生きられるだけでも幸せなんだから」
「……うん」
少女は納得したような表情をこしらえ、部屋に戻りました。
--生きたくても生きられない人がいる、か。
ある日、マンションの一室で死体が見つかりました。その名を知った者は皆びっくり、それはかの有名な薬学者だったのです。
その口元は小さく笑っていました。後から分かったことですが、彼女のポケットには例の薬がありましたが、使おうとした形跡はなかったようです。
その手には白い紙が一枚ありました。
『お母さん、お母さんの言ってた理由、通用しない世界になったからいいよね?』
「どんな命も救うことができる薬」は、今も多くの命を救い続けています。
その薬は望む者全ての手に渡り、希望者全ての命をこの世につなぎとめているのです。
昔書いた作品を見つけたので修正して掲載しました。
これは未来の話かもしれないし、別の世界かもしれない。でもきっとそんなこと、どうでもいいのでしょう。