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極星から零れた少女  作者: 七沢またり


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第九話 憎悪

「ああ、疲れたー。本当に疲れたー!!」

「お疲れ様、ステラさん、ライアちゃん」

「なぁ、マリーさん。なんで俺だけちゃん付けなんだよ」


 口を尖らせるライア。実に子供っぽい。


「いけなかったかしら?」

「別にいいんだけどさ。ステラより子ども扱いされてるみたいで、ちょっと納得いかないなぁ」

「ステラさんは、大人びていらっしゃいますから。それに、私達のご主人さまですし」

「ふん、どうせ俺は子供ですよーだ。それにしても、本当に疲れたー。へへ、でもお客さん一杯でよかったよね」


 ふへーと汗を拭っているライア。だがその顔は満足気味だ。充実感があるのだろうか。ベックはぐったりと壁によりかかっている。こちらは疲労感ありありだ。二人に水を手渡し、夕食の支度を始めるマリー。あれだけの激務の後だというのに、動きが機敏である。ステラは特に肉体労働はしていないが、彼らよりも疲弊している。魔力の訓練に精を出しすぎてしまった。この身が情けなくもあり、恨めしい。


「皆、ご苦労様。今日はストック商会の人間を招待したからこんなに混んでいたけど、明日からは、多分減るはずよ」

「本当かなぁ。ごろつきだけじゃなくて、普通の人たちも途中から増えてたぜ。明日は、聞きつけた連中がもっと来るんじゃないか?」

「それならそれで喜ばしい事じゃない。稼いだ分だけ、貴方達には特別な褒賞をあげる。それでいいでしょう」

「本当!? ま、それならいいや。喜んで働くだけさ。いやぁ、最初はアレだったけど、もしかして当りだったのかな」

「何がかしら?」


 心当たりがないステラは、軽く首を捻る。何か、賭け事をやっていた覚えはない。


「お前、あー、ステラに、その、俺を買ってもらったことかな? あー、言っててなんか変な感じだ」


 ちょっとだけ恥ずかしそうなライア。ステラは正直に答える。


「貴方が面白そうだから買っただけよ」

「それでもだよ。俺は、もっとひどい扱いを受けると思ってたんだ。だって、あそこでは、家畜以下の生活だったんだから。今では、服もあるし、寝るところもちゃんとしてる。しかもお金はくれるし、自由もあるんだから。本当に、その――」

「褒めても今日は褒賞はでないわよ。それに、貴方たちは十分に期待に応えているから、私にとっても当りだったわね」

「えっ、そ、そうなのか?」


 子犬のように嬉しそうなライア。今にもお尻から尻尾が見えそうだ。


「ええ。特に貴方は全てにおいて反応が早くて、実に弄りがいがある。それに、なんだか色々抱えていそうだしねぇ」

「……うっ。そ、そんなことはないよ。うん」


 あからさまに視線を逸らすライア。なぜ少年の格好をしていたかは分かった。だが、それだけではあるまい。まだ何かを隠している。人間というのは秘密を抱えるもの。それを色々知りたい。だが、無理矢理聞き出すのは逆効果。これはゆっくりと進めていく事にする。マリーについても同様だ。


「別に命令して聞きだそうとはしないわ。貴方達は私のものだから、慌てる必要はないし」

「そ、そっか」


 安心したらしいライア。分かりやすいのも良い点だ。


「皆さん、もうすぐ食事ができますよ。すぐにお出しして宜しいですか?」

「……悪いけれどマリー、今日の夕食は、スープだけでいいわ」

「ステラさん、体調が悪いんでしたら、食べやすいものを別に作りますけど」

「……これから、更に魔法の訓練をしないといけないの。今は食欲が全く湧かないから、いらないわ」


 なんとなく、今日はもっといけるような気がする。気分は悪いが集中力はその分増している。研ぎ澄まされているとでもいうべきか。そのような時には徹底的に訓練を行なうべきだ。


「私に魔法のことは良く分かりませんが、その様子では無理です。お願いですから今日は止めて下さい。あと、もっと食べる量を増やさないと、身体が」


 身体を作るのは食事。それは分かっている。だが、今は死ぬ程食べたくない。受け付けない。


「私のやることに口出しは不要よ。同じことを二度言うのは大嫌い」


 ステラは言い切ると、目を怒らせたライアが詰め寄ってくる。


「おい、意地を張るなよ! いいから鏡で自分の顔見てみなよ。本当にやばいって!」

「余計なお世話よ。貴方は好きなだけ自分の顔を見ていなさい」


 つい口から嫌味が溢れ出る。気分が悪いのでつい言葉が刺々しくなってしまった。


『おいおいご主人、何をムキになってるんだぜ。ちょっと頭冷やしたほうがいいじゃん。60まで生きるんじゃんか』


 クレバーの諫言に更にカッとなるが、目を閉じて頭を冷やす。また、焦ってしまったようだ。非常に良くない傾向だ。


(慌てない、慌てることはない、慌てても良いことは何もない)


 三度念じて、冷静になった。なってはいないけれど、なったことにする。


「分かったわ。夕食を無理矢理詰め込んで、寝ることにする。無理は良くないものね。ええ、貴方達が全面的に正しいわ」

「い、いきなり素直になったな。なんかキレかかってる気もするけど」

「どうも激しやすい傾向があるみたい。身体に似合わず、ね。ある意味では人間らしいかもしれないけれど」

「子供っぽいんだけなんじゃないか? というか、十歳だし、全然おかしくないんだけどさ」

「貴方に言われたらおしまいよ」

「なんだよそれ! 本当にひっでぇなー」

「でも安心しました」


 ほっと安堵したマリー。まるで自分のことのように胸に手を当てている。その目はえらく優しい。まるで、自分の子供をみるような目。なぜそれが分かるかといえば、ステラは知っているからだ。自分を愛してくれた母の目を。

 なんとなく静かになってしまった居間で、ステラたちは穏やかな時間を過ごすのであった。

 



 夕食後、戸締りをしようとしたベックが困った顔でこちらにやってくる。


「あの、ステラ様」

「なに。用件は簡潔にね」

「はい。ステラ様にお客人、いえ、お客様です。なんでも、グレンの友達だったとかなんとか。どうしても話がしたいらしくて、顔もえらい必死で、そのー」


 しどろもどろのベック。いまいち要領を得ない。


「客の名前は」

「――あっ。え、えーっと」


 一番肝心なことは聞いていないらしい。


「……貴方は本当にベックね」

「えっと、へへ、ありがとうございます」

「今のは実に貴方らしい言葉ね。……もう一度確認して、刺客じゃないと判断したら中に入れなさい。武器を持っていたら追い払っていいわ」

「分かりました」


 ベックが再び店の入り口へと向かう。居間からでは入り口の様子までは分からない。ベックが刺されたら直ぐに戦闘態勢を取らなければならない。


「し、刺客って、なんだか物騒だなぁ」

「そういう可能性も考慮しておかないとね。なんだったかしら。西区のパルプド組合とストック商会は敵対しているらしいから。注意するに越したことはないわ」

「えっと、俺たちには関係ないのに?」

「関係あるわよ。どちら側かといえば、私達は確実にストック商会に属している。だからよ」


 父の仇になるであろう商会に属する。普通ならばありえないかもしれないが、別に構わない。その方が早いし利益につながる。あれを吹き飛ばすほどの魔力の行使は、命の危険がある。利用するだけしてやればよい。

 心の奥底に、皆殺しにしてしまえという物騒な声が湧き上がっているのだが、それは押し殺しておく。命と引き換えに何かをするにはステラはまだまだ若すぎる。60になったら考えても良い。

 ベックが、太り気味の中年の男を連れて居間に戻ってくる。ステラは見覚えがある。確か、父の親しい友人のドミニクとかいう名前だったはずだ。人付き合いが苦手なステラも一応知っている。以前は家族同士付き合っていた。ドミニクの一族は西区で鍛冶屋を営む職人。顧客はもっぱらごろつきやら傭兵、剣闘士である。まぁ、そっち側と縁が深い人間ということだ。


「……よ、よう、ステラ。本当に久しぶりだな。相変わらず顔色は悪そうだが、なんとか元気みたいだな」

「…………」


 ステラが冷たく見据えると、ドミニクが動揺を見せる。


「い、いや、そうじゃない。その、あれだ」

「こんばんは、ドミニクおじさん。確か、一年ぶりだったかしら?」

「……ああ。実は、グレンと、ルアナが死んだって聞いて、それでよ!」

「あら、どうして知っているのかしら」

「星教会のシスターに聞いたんだ。それで、もういてもたってもいられずに」

「星教会? どういうことかしら」


 ベックに視線を向ける。


「えっと、俺の相棒と、ご両親は、その、教会で葬ってもらいました。いくらなんでも、いつも通りドブ川にポイってのはちょっと」

「余計なことには気が回るのね。一応褒めてあげるわ」

「ありがとうございます!」


 てっきり、ストック商会ご用達の死体処理場にもっていったと思っていた。別にそれで良かったのに。きっと、寄付を要求されたことだろう。それを請求してこなかったのはベックなりの気遣いだったのか。単に忘れていただけかもしれない。

 全く気が利かないと思っていたが、そうでもないのかもしれない。評価を1点だけプラスしておく。ようやくプラスマイナス0だ。


「……その、俺には全く事情が分からないんだが、なんでストック商会が、お前の後見をしてるんだ? さっき聞いた話じゃ、借金がなくなったとか」

「ふふ、ちょっとした縁があってね。それで、借金は完全になくなったの。そして、今日は新しい船出の日で大忙しだったのよ? もっと早く来てくれればおじさんにも新商品をプレゼントできたのに」

「……な、ならいいんだけどよ。俺はてっきり、ルロイの奴に奴隷として買われたたんじゃないかと思って。それで」

「こんないつ死ぬか分からないような餓鬼を買う人間なんていないでしょう」

「そ、そんなことを言うもんじゃない。お前もきっとルアナに似て美人になるさ」


 ドミニクが愛想笑いを浮かべながらお世辞を言う。


「――ふふっ、それにしてもドミニクおじさん。どうしてそんなことを聞くのかしら。貴方は、お父さんの親友でしょう? なら、一番に聞くのは、“どうしてグレンとルアナは死んだのか”じゃないのかしら。おかしいわねぇ」

「……うっ、そ、それは」


 ステラの嗜虐心が増加していく。目の前の誠実そうな職人は、見かけとは裏腹に屑である。乗ったグレンも屑だが、罠にかけたのはこいつだ。こいつが上手い話があるなどとグレンを唆し、必ず儲かる仕事がある、俺も全力で金を出すなどと毎日煽った。こいつはルロイに借金があり、それを減らしてもらう代わりに、親友を売ったのだ。ステラはそれを知っていた。


(ああ、だからか。病弱の上に、人間不信。外に出れば借金取りに追いかけられる日々。ふふっ、この家は私の唯一の安息の場所だったってことね)


 最後の安息の場所で、最も信頼する人間に手を掛けられた。そこで少女の物語は終わるはずだったが、魂の記憶を取り戻してしまった。そういうことだ。


「私は全部知っているのよ、ドミニクおじさん。商会からの借金は減ったのかしら? 本当におめでとう。私も0になったから、気持ちは良く分かるの。肩の荷が下りた気分でしょう?」

「そ、そうじゃないんだ。これには訳があるんだ!」

「ふふっ、気にしないで。私の両親はいなくなったけど全然寂しくないの。私のものになった人間がここには三人もいる。本当に嬉しいわ」

「ス、ステラ、許してくれ。こんなはずじゃ、こんなはずじゃなかったんだ! ルロイの野郎に俺も嵌められたんだ! 何が借金を減らしてやるだ! 俺たちはあいつの掌の上で」

「ええ、ええ、そうでしょうね。死ぬまで追い詰めるつもりはなかったんでしょう、優しいドミニクおじさん。全部分かってるわ。そう思い込まなくちゃ、大事な親友を嵌めるなんてできないものねぇ」

「ス、ステラ」


 泣きそうな顔になるドミニク。ステラは満面の笑みを浮かべた。


「いいのよ。死んだ人間のことはもう気にせず、楽しく幸せな人生を送ってね。おばさんに宜しく」

「お、俺は。そうだ、なぁステラ、何か手伝ってやれることはないか? 俺にできることなら何でも――」

「何でも? 何でも聞いてくれるの?」

「あ、ああ。望むなら、お前の面倒くらい見てやれるさ。そうだ、もっと男手があれば助かるだろう。俺の息子を手伝わせてもいいさ」


 心にもないことを言うドミニク。今日の雑貨店の盛況のことは当然知っているだろう。しかも商会が後見しているとなれば利益がでるのは確実。ただ単にお零れに預かりたいだけ。ステラの体の奥底から、抑え切れなくなった感情が水漏れのように滲み出る。これは憎悪とでも表すのが適当だろうか。今までに経験のない感情だ。目の前の男を八つ裂きにしてやりたいという欲求を抑える事に苦労する。


「なら一つだけあるわ、優しいドミニクおじさん。一刻も早く私の目の前から消えてほしいの。私は許してあげるつもりなんだけど、どうも、精神が安定しないの。この屑を殺せっていう甘美な声が胸の奥から響いてくるのよ。でもね、この家に、これ以上、血の臭いを、染み付かせたくないのよ。だって、ここは私の」

「な、何を言って」

「――死にたくないなら、とっとと消えうせろってことよ。生かしたまま臓物を抉ってやろうか? お前のような屑は、さぞかし素敵な悲鳴をあげるんでしょうねぇ」


 ステラは口元を歪めると、魔水晶を取り出す。その不吉な輝きを見たドミニクは、腰をついて悲鳴を上げたあと、転げそうな勢いで逃げ去っていった。本能的な恐怖を感じたのだろう。流石は機を見るに敏な男である。あれなら長生きするに違いない。真似はしたくないが。


「甘かったかしら?」

『騒ぎになるから仕方ないじゃん。良く我慢したじゃん。あれなら後で俺っちが始末しておくじゃん』

「今は放っておきなさい。今後、あれがどういう生き方をしていくのか観察してみたいじゃない。それに、やりようなら幾らでもあるし」


 あの様子では、まだ商会の借金は相当残っているのだろう。ルロイに嵌められたと言っていた。ならばメイスを使って更に追い込んでやっても良い。色々と面白そうな玩具だ。精々踊り狂ってもらわなくては。絶対に許さない。


「それにしても、面白い悲鳴だったわね。生理的に受け付けないけれど」

「……あの、ステラ? その、こんなとき、なんて何て言ったらいいかよく分からないけど」

「せっかくだから聞かせてもらおうかしら。どうぞ、私のライアお姉さん?」

「あれだ、元気出せよ、うん」


 ライアが肩を撫でてくる。振り払おうと思ったが、なんだか疲れたので放っておく。


「ふふっ。実に陳腐だけど、素敵な言葉ね。貴方の気持ちはありがたく受け取っておくわ」


 不器用に慰めてきたライア。無言で抱きしめてくるマリー。中々気が利く連中である。――自発的に行動できる人間は、やはり素晴らしい。

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