第七話 焦燥
「おはよう」
「……ああ、おはようって、もう起きたのかよ。本当に30分しか寝てないぞ」
「昼間に熟睡するほど馬鹿じゃないのよ。夜寝れなくなるもの。脳を休ませるのが目的だからね」
「一々理屈っぽいなぁ。ぐっすり寝てればいいのに」
「さて、私はこれから魔法の鍛錬をかねて商品製作に取りかかるから、貴方たちは明日の準備をするように。といっても、掃除ぐらいしかやることはないでしょうけど」
「あの、在庫の補充はどうなさいますか? 消耗品がかなり切れているみたいですけれど」
マリーが心配そうに声を掛けて来る。
「今は必要ないわ。雑貨店という名前は残すけど、薄利多売で時間を消費していくつもりはないわ。他人は知らないけど、私は時間の無駄遣いが嫌いだから」
「じゃあ今ある在庫だけで開店するの? もっとちゃんと仕入れて、しっかりと商売したほうが――」
「こんな屑しかいない街で、まともに商売しようとしたから失敗した。ここにはここのやり方があるでしょう」
最後はまともじゃない方法に手を出して更に泥沼。首を吊る羽目になった。ステラが意見を一蹴すると、ベックに視線を向けて呼びつける。
「もう一度ストック商会に行ってきなさい。明日から新商品を販売するから、暇そうな人間を見繕ってこちらに寄越せと伝えて。初日だけサービスしてやるから、必ず来るようにってね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! ルロイ会長にそんなふざけたこといえるわけがねぇ! 本当に殺されちまう!」
「大丈夫よ。私はあいつの新しい金づるだからね。今頃、例の治療薬の効果を知って、幸福の皮算用をしている頃でしょう。利益を囲い込むための算段もね。だから、貴方が殺される心配は全くないわ。堂々と行ってきなさい」
「ほ、本当ですかねぇ」
何の商品にせよ、独占というのは何よりの強みとなる。供給量、値段は付け放題。客の需要が高まれば高まるほど相場は上昇していくだろう。それだけの価値が、あの治療薬にはある。脳の神経を破壊し、廃人にするのが麻薬だ。それを治療できる薬など、ステラにしか製造できない。魔術で治療できるのは肉体の傷だけだ。
「なぁ、例の治療薬ってなんのことだ?」
「私の借金をチャラにした奇跡の薬。麻薬でイカれた頭を叩きなおしてくれる素敵なお水よ」
「そ、そんなものまで作れるのかよ!」
驚愕するライア。嘘だといいたいのだろうが、それで誤魔化されるほどルロイは甘くない。奴隷を買えるほどの金を持っているのだから、それが証拠でもある。
「なぁ、お前さ、本当に何者なんだよ。ただの雑貨屋の小娘のくせに、なんで魔法やら色んな知識を持ってるんだ? おかしいじゃん」
「そうかしら?」
「そうだよ! なぁ、何か秘密があるの?」
興味津々な様子のライア。馬鹿正直に答える人間がどこにいるのだろうか。
「貴方がどうしてこの世に人間として生まれたのか、私に完全無欠に説明できたら、一から百まで教えてあげるわ」
「……10歳の癖に偉そうに! そんなの、神様が私を人間として誕生させることに決めたからだろ。全部神様の思し召しさ!」
ステラは鼻で笑う。残念ながら、ステラの知る限り神などいない。人間の作り出した空想の産物だ。
「不合格。顔を洗って出なおしてきなさい。……ところでベック、貴方はなぜまだここにいるの? もしかして自殺願望でもあるのかしら」
「……へ?」
間の抜けた顔をするベック。実にベックである。
「私は貴方に命令をしたわよねぇ。いくら貴方がベックでも、人間の我慢には限界があるわ。去勢されたくなかったら早く行動しなさいよ?」
ステラが商品棚にあったハサミを握る。多少錆びているが、用途は満たせる。
「は、はいッ、すぐに行ってきますッ!!」
ベックは直立不動で敬礼すると、駆け足で出て行った。見届けた後でハサミを元に戻す。
「ひ、ひでぇ。本当にベックには厳しいよな。ま、あいつは商会のごろつきだから全然同情しないけど」
「それは表面的なものの見方ね。彼はああ見えて喜んでいるのよ。10歳の私にこき使われる事にね。深く観察すると分かるけれど、徐々に快感と満足感を得るようになっている。責められる事が好きな性的嗜好の持ち主なのよ」
「……なぁ、それって嘘だよな?」
「本人はきっと否定するだろうけど、よく見れば分かるわ。ねぇ、マリー」
突然振られたマリーは、動揺しながらも軽く頷いた。
「……その、良く分かりませんが、確かに、本気で嫌がってはいなさそうな気はします。えーと、多分ですけど」
「……うげぇ。本当かよ」
ライアは床に座り込んで、気持ち悪いと呟いた。実に同意見であるが、難儀な性的嗜好を持つのが人間というやつだから、受け入れてあげるか、見守ってあげるべきである。
「あのステラさん、お店は本当によろしいのですか?」
「生活費を稼ぐ手段は確保するけど、繁盛させることに興味はないわねぇ。慣れてきたら、貴方とマリーに店を貸して上げてもいいわ。その時は好きにやりなさい」
「……気前がいいのか、ただ考えてないだけなのか、本当に分からないな。いや、お前は馬鹿じゃないとは思うんだけど」
「ふふっ、最終的な判断は貴方に任せるわ」
奥の部屋に篭り意識を集中する。魔水晶に左手を乗せ、右手を前に出し光球を作る。これをできるだけ持続させることで、身体を慣れさせ、魔力の容量を上げていくのだ。ついでに近くに置いてある水の入った瓶に光を曝す。――発生と状態変化の魔術を維持する。
「……くうっ」
しばらくすると、眩暈が生じ光球が弾けた。製品作成という目的は達成できた。だが、こんな初歩的なことが10秒も持たせる事ができない。後何度繰り返せば、魔水晶の補助を必要としなくなるのか。こうなったのは嬉しい事だが、この身体の貧弱さにはあきれ果てる。体力がない、魔力がない、いつ病にかかってもおかしくない。まともに歩けば一時間で疲れが出る。家族も友もなく、残った財産といえばこの寂れた雑貨店のみ。
「……でも大丈夫。これから一つずつ手に入れていけばよい。焦る事は何もないわ」
そう自分に言い聞かせるが、どうも動悸が治まらない。たった50年で、本当にそれらは手に入るのか。能力を使い、借金はなくなり、生活費が手に入る算段はついた。だが、それだけで終わりにするつもりはない。色々やりたい。とにかく知りたい。50年、全力で駆け抜けたい。だから、本当は、体力の強化やら魔力の強化などに時間を費やしたくはないのだ。
「……ちッ」
苛々が収まらず舌打ちして、机の上に置かれた帳簿を乱暴にどける。激しい音を立てて、壁にぶつかる。感情が制御できなくなっている。無性に癇癪を起こしたい気分だ。嵐のようななにかが、胸の奥から沸きあがってくる。理解し難いが、人間独特のものなのだろう。受け入れなければならない。
『ご主人、まだ二日目じゃん。そんなに慌てると、すっ転んで余計に時間がかかることになるじゃん』
「分かっているのだけれど、気分が収まらないのよ。どうしてかしら?」
『それがご主人が死ぬ程憧れた人間って奴じゃん。多分、両親の死の動揺が収まっていないじゃん』
「…………なるほど」
しばらく沈黙したあと、無言で頷き、大きく深呼吸をする。そして、再び意識を集中して光球を作り出す。できるかぎり、心が平穏になるよう努めて。
(不安定すぎる。動悸は相変わらず治まらない。焦りばかり生まれてくる。クレバーの言葉が正しいということかしらね?)
誰にともなく問いかける。そんなことは自分にしか分からないと皆が答えることだろう。だが、自分にも分からない場合は、どうしたら良い。ライアならば神にでも頼るのだろうか。だが、自分にそれはできない。だって、いないのだから、信じることなどできようはずがない。
(なんにせよ、鍛錬を繰り返さなくちゃね。明日は相当な数がでるはず。時間がもたないのであれば、回数を増やして補えば良い)
「ス、ステラさん、顔色が真っ青ですよ!」
店へと戻ると、準備をしていたマリーが慌てて近寄ってくる。様づけで呼ぶのがどうもなれないようだったので、さんづけで構わないと許可を与えた。呼び捨てのライアに比べればマシである。別に呼称にこだわるつもりはない。彼女達は私のものなのだから、そんなことで目くじらを立てることもない。ただし、ベックは別だ。あれが生意気な口を聞いたら、時間を費やしてでも調教しなおす。それぞれやり方というものがある。
「大丈夫よ。ちょっと魔力の鍛錬に精を出しすぎただけ。心配いらないわ」
「でも、顔色が」
「前も青白かったけど、今はそれを通り越してどす黒いぞ。なんというか、そのまま目瞑ったら――」
「ふふっ、死体みたい、かしら? 今のは中々面白い冗談ね」
「いや、全然冗談じゃないんだけど。本当に血の気がない顔してる」
ライアの言葉を聞き流し、並べられた木樽へと近づく。倉庫にあったのを引っ張り出し、6個ほど並べさせてみた。もちろんベックにだ。先ほどからの鍛錬の成果でもある水が注がれている。往復しての運搬はもちろんベック。苦労しただけあって、そこそこもつだろう。
「この左のは銅貨50、真ん中は100、右は500で売るわ」
「うん? 全部同じじゃなかったのか。というか、銅貨500って。そんな額で買う人間いるのかなぁ」
大体、パンが一個銅貨30。500枚ともなれば一日の食費と同等ぐらいか。かなり吹っかけた値段だが、右のものは質を重視したのでそれで良い。
「違うわ。一般人向けは左側。更なる刺激を求める者には真ん中。右は頭がおかしい人間向けね。ここから金を搾り取る」
「……それぞれ効果が違うのか」
ライアが恐る恐る右の樽に触る。流石に飲んでみようとは思わないようだ。ベックもこそこそと後ずさりしている。試されるのではないかと期待しているのだろうが、在庫がもったいないので放置だ。
「貴方たちがさっき試したのは一般向け。あれの二倍が真ん中。右は三倍以上。私の予想では、爽快を通り越して、舌と喉、胃には灼熱を帯びたものが走るでしょう。最初は悶絶しちゃうかもしれないわ」
「そんなもの売るつもりなのかよ!」
「勿論よ。痛みを超えたところに快楽を見出す人間もいるらしいの。だから私が好意で用意してあげた。灼熱の後には吹雪の如き清涼感が包んでくれる。これにはまったら、多分生涯離れられないでしょうねぇ。ふふっ、それがどんな人間なのか本当に楽しみ」
ステラは笑って、椅子に腰掛けた。ちょっと立っているのが疲れてしまった。
「大丈夫ですか、ステラさん」
「全く問題ないわ。今日は夕食を食べたら、ちょっと早めに寝る事にするけど。本当は、これから資料でも買いに行こうかと思ったのだけど」
「資料、といいますと?」
「とりあえずは本かしら。色々な知識や歴史を吸収し、新しい情報を手に入れたかったの。ま、それはいずれやることにするわ」
「……なんというか、運動したり、鍛錬したり、勉強したり、新しい商品を開発したり。本当に忙しいなぁ」
「当たり前じゃない。だって、後たったの――」
言葉を遮り口を挟んでくる。
「50年しかない、だろ。この二日の間に何回聞いたやら」
「分かってるなら一々言わせないで」
「――時間の無駄だからか。でもさ、その割には、話好きだよね」
「同じことを言うのは嫌いだけど、貴方達のことを知るのは無駄なことじゃない。むしろすすんで話をしたいと考えている。ベック以下の人間と話すのは限りなく時間の無駄だと思うけれどねぇ」
『ひでぇ! それってベックも含まれてるじゃんか!』
「当たり前よ。私が何とか我慢出来ないギリギリのラインがそこね。妥協するのは難しそう。自己嫌悪で死にたくなるでしょうから」
名付けてベックライン。これ以下とは話をする必要はあまりないだろう。ベックを知ることで分かった。ごろつきどもの過去や経験は大体似たり寄ったりで、話を聞くだけ時間の無駄である。
『本当にひでぇ!』
「お、俺の存在って、一体」
「あら、いたの?」
「さっきからいたんですが……」
そういえばいたかもしれない。商会に命令通り伝言を届けたのだろう。仕事を達成したので、ステラは慰めてあげる事にした。
「貴方の存在にだってちゃんと意味はあるわ。確かに、今まではこの街の糞虫だった。でも安心して。無意味な人生を送ってきた分、これからは充実した日々を味合わせてあげる。よかったわね」
「……ええと、はい、わかりました」
ベックは観念したように溜息を吐いた。彼が生き残っているのは、二分の一の賭けに勝ったからである。生きているだけ相当な強運なのだが、本人は気づいていないようだ。
もとを正せば、借金をしたグレンが悪い訳であり、それを取り立てにきたベックともう一人はとばっちりな気もする。嵌めた人間が悪いか、騙された人間が悪いか。難しい問題だ。だが別に知ったことではない。ステラは善人になりたいわけではない。降りかかる火の粉は払うまで。
「……ま、まぁベックはともかく。この水、何て名前で売るんだ? まさか、美味しい水とかじゃないよな?」
「人間らしい詩的な名前を用意したわ。その名も、星屑の涙。歴史ある宝石みたいでしょう?」
「まぁ、素敵な名前ですね」
「……なんだかお前には似つかわしくないような気がするけど。……で、その名前の由来は?」
「変化する際に生じる輝かしい光と、弾ける泡の儚さを称して、かしら」
『ウケケ、嘘くせーじゃん! 本当のところはどうなんだ、ご主人?』
「この街に、星の数ほどいる屑共が泣きながら飲み続ける姿からよ。ふふっ、素敵な名前でしょう?」
「……あーあ、聞くんじゃなかったよ」
ライアがやれやれと立ち上がり、食事の準備に取りかかる。マリーが既に仕込みを終えているので、後30分もすれば料理は出てくることだろう。ステラはここにすわり、体力と精神力を回復しなければならない。ベックは、雑巾を抱えて床掃除。彼の寝床はこの店の売り場だからである。今まではストック商会の館で雑魚寝していたそうなので、大して変わりはないだろう。つまり、全く問題なしだ。
マリーとライアには店員用の部屋を当てた。かつては店員を住み込みで雇えるぐらいの財力はあったということだ。少なくともステラが生まれてからではないのは確かだ。
「さて、明日がどうなるか。なんだか楽しみねぇ」
『ご主人、流石に明日は無理しない方がいいじゃん。本当に倒れるじゃん』
「無理なんて全然してないわ。私は一日一日が楽しくて仕方がない。変化する日常がこんなに楽しいなんて、私は知らなかった。干渉すれば変化が起こる。話しかければ声が返ってくる。ああ、私は今とても充実しているわ」
ステラはくすくすと青白い顔で笑った後、軽く咳き込んだ。




