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第六話 星の水

 ステラは両目を瞑り、魔水晶を右手に持って準備が整うのを待っている。マリーは忙しなく動いてグラスをテーブルの上に並べていき、ライアは愚痴を零しながらそれに水を注いでいく。何の変哲もない水である。まだ春になったばかりなので、そこそこ冷たい。

 首絞めから解放されたクレバーも興味深々といった様子で、ベックの頭の上に載っている。やはり軽くて丈夫そうなのがおきに召したらしい。ベックは色々と諦めたようで、無言で従っている。中々殊勝な態度だったのでお小遣いとして銅貨十枚あげておいた。パンなら一個買えるであろう。しかし、買出しに行っていたくせに微かに酒臭いのはどういうことか。まぁ役目を果たしたのならば問題はないのだが。


「ステラさん、準備ができましたけれど」


 マリーの声に、両目を開く。


「うーん、水の飲み比べでもするのか? でも、全部同じ井戸のだぞ? やる意味あるのかな」

「そんな馬鹿なことをしている時間はないわ。私は貴方のように暇じゃないのよ」

「……あのさ、お前って本当に口が悪いよな。一言一言がグサッと来るんだけど」

「早速始めるわよ」


 ライアの軽口を聞き流し、ステラは水晶を掲げる。水晶から放たれる紫の禍々しい光がグラスへと注がれる。


「な、なんなの、この光は」

「……これって。もしかして魔法かぁ!? すっげー、お前、魔術師だったのかよ! 私、初めて見た!」


 興奮しているライア。俺から私に一人称が変わっている事に気付いていない。


『ウケケッ、本当かよ! 凄いじゃんご主人! 俺っちもびっくり!』

「おい、お前は驚くなよ。白々しいな」

『ライアっちはツッコミ鋭いじゃん! そういうの、いいじゃん素敵じゃん!』

「……ねぇ、これが、こんなのが聖なる獣なの?」

『ウケケ、そんなに褒めても何もでないじゃん!』

「全然褒めてないよ」


 面白話を繰り広げる連中を無視し、ステラは頃合を計る。


「これぐらいかしらねぇ。知らないけれど」


 あまりやりすぎると色々とまずいので、直ぐに光を収める。グラスに注がれた水は、泡が生じるようになっていた。


「……あ、光が収まった。って、それより、お前魔法使えるのかよ! 早く言えよ!」

「使えるわよ。言ってなかったかしら」

「聞いてないよ。あー、だからルロイの奴が借金を帳消しに。ったくそういうことかー」


 勝手に納得したらしいライアは、意味ありげに頷いている。マリーは口に手を当てたまま固まっている。


「この身体は見かけ以上に貧弱だからね」

「いや、見かけ通りだと思うよ」

「後、魔法といっても煉獄の炎を出したり、光の矢を撃ったり、肉体を再生させたり、死者を蘇生させたり、自由に空を飛んだりとかは私はできないわよ。ちょっとだけ物の性質を変えたり、何かを吸い取ったり生じさせたりぐらいねぇ」


 軽度の物質変化、魔瘴発生、生命力吸収。ステラが現在使える魔術。度を過ぎれば当然ひどいことになる。


「いやいや、治癒術はともかく、死者蘇生なんて奇跡はどんな魔術師でもできないって! 失われた魔法じゃん!」

「そうなの?」

「当たり前だろ! 神様じゃあるまいし!」


 体全体を使って強調するライア。うるさいので少し静かにして欲しいところではあるが、時間が押しているので次へと進む。


「それはいいとして。マリー、これに適当に果汁を垂らしていってくれる?」

「え、あ、はい。分かりました」

「量は適当で大丈夫よ。気にせずどんどんやりなさい」


 困惑しながらも、マリーがレモンを半分に切って、その雫をグラスの一つへとたらしていく。――すると。


「な、なんだ!?」

『おー、すげーじゃん!』


 泡が大量に生じると同時に、透明だった液体が鮮やかな黄色へと変化していた。馨しい匂いが辺りに広がる。


「ベック、貴方、飲んでみたいでしょう? そんな顔をしていたわよ」

「お、俺ですか?」

「そうよ。貴方を栄えある第一号にしてあげるわ。さ、グイッと飲みなさい。さぁさぁ」


 有無を言わさずグラスを押し付ける。ベックはまんざらでもなさそうに受け取った。


「つ、冷てえっ!」

「これは嗜好品だからね。どうせなら冷たいほうが美味しいっと思って」

「なるほど、さすがはステラ様!」


 ベックがお世辞を言ってくる。全く嬉しくない。


「ちぇ、ずるいな。俺も飲んでみたいのに。なんで一番がベックなんだよ。俺でもいいじゃん」

『ライアっち、我慢するじゃん!』

「それじゃお言葉に甘えまして。へへっ、悪いなぁライア。こういうのは先輩優先と昔から決まってんだよ」

「ちぇっ」


 口を尖らせるライア、譲ってあげてもよいのだが、万が一ということがある。こういうことはベックがお似合いである。


「さぁ、早く飲んでみて」

「ええと、本当に飲んでいいんですか? へへっ、こんなに注目されると照れますぜ」


 やけにもったいつけるベック。鬱陶しい。早く飲め。


「同じことをまた言わせるの?」


 睨みつける。面倒だから押し倒して無理矢理その口に注ぎ込むか。グラスを握り締める。


「申し訳ありません! い、今すぐ飲みます!」


 ベックはグラスの中身を一気に飲み干した。そして、くーっと唸った後、満足の表情を浮かべる。


「…………う」

「ど、どうなんだ? 教えろよベック」


 余韻に浸っているベックに、ライアが声を掛ける。


「いやっ、これは美味いっすよ! 美味すぎる!! エールとはまた違う爽快感がありますぜ! 口内に広がる果実の甘さ、馨しさ、さらにこの弾ける泡と冷たさが合さった爽快感! こりゃあ間違いなく売れますぜっ! 俺が保証してもいい!」

「とりあえず、成功かしらねぇ」

「へへ、こんな糞寂れた店でこんなものが飲めるなんてなぁ! いやぁ役得役得! 日々のストレスがふっとぶぜ!」


 大変失礼なことを言っているが、今は流しておく。一号になってくれたのでそれで打消しだ。


「そう? それは良かった。マリー、他のにも垂らしてみてくれる?」

「はい!」


 ニコニコ笑顔に変わったマリーが、苺、葡萄、オレンジ、林檎などを次々に垂らしていく。赤やら橙、紫、琥珀色などなど、これまた賑やかな色へと変化していった。


「な、なぁ!」

「何かしら、ライア。あらあら、可愛いお口から涎が垂れているわ。貴方、はしたなくってよ」


 わざとらしくお嬢様言葉を使い、ライアを挑発する。


「そんな意地悪しないで、俺とマリーさんにもこれ飲ましてくれよ! ずるいじゃんかよ!」

「別に良いけど、一杯だけにしておきなさい」

「やった! へへ、じゃあこれもーらいっと! マリーさんもほら! 飲んでみようよ!」

「ありがとう、ライアちゃん。ステラさん、いただきますね」


 二人はグラスをもち、ゆっくりと口を付けていく。爽快感がたちまち口に広がったようで、一瞬の驚きの後、笑顔へと変わる。

 ちなみに、ステラは全く飲むつもりはない。珈琲のほうが宜しいし、この液体にはそれなりに問題があるのだ。嗜好品だから、仕方がない。自分は飲まないのでどうでもよい。


「ねぇ、美味しかった?」

「はい、こんなに美味しい飲み物、飲んだことありません!」

「ああ、本当に美味しい!! こいつなら何杯でもいけるよ。な、これ、お代わりしていいんだよね?」


 無邪気な笑顔のライア。全然心は痛まないが、警告だけはしておくとしよう。後で恨まれるのも心外だ。


「大量に摂取するのは止めたほうがいいと思うわ。ただ、貴方がどうしてもというなら止めないけれど。好きなことをして、そうなるのも人生の一つだと思うし。やりたいことをやってそうなるなら本望よねぇ」


 ステラがかわいそうにといった目で眺めてやると、ライアの幸せそうな笑顔は凄い速度でしぼんでいった。


「……な、なんだよ。その意味ありげで不吉な言葉は。しかもなんでそんなに哀れむような視線なんだよ」

「まぁ、そんなにすぐに身体に影響はでないと思うけれど。短期的には精神が高揚する作用もあるでしょうし。先のことはその時になれば分かると思うわ。ふふっ、美味いものには裏がある、ああ、良い言葉ねぇ」


 ステラは色鮮やかな液体が注がれたグラスを傾ける。見栄えは抜群だ。宝石のような輝き。思わず飲みたくなること間違いなし。ステラは飲まないけれど。


「おい、これ、なにかまずいのか? 頼むからはっきり言ってくれよ」

「飲みすぎなければ、“多分”、大丈夫よ。多分、お酒と同程度の悪影響。ほら、肉だって食べ過ぎれば脂肪がついて太るし、水も飲みすぎればお腹を壊す。それと同じことよ」

「…………」

「まぁ、私は飲まないからどうでもいいし。多分、大丈夫よ。ふふっ、多分って曖昧な言葉、いいわよねぇ」


 繰り返し多分を強調しておく。長期間摂取した場合どうなるかなど実験してないから全く確証はない。魔瘴を使って液体の性質を変化させている。少なくとも、体に良くはない。推測では酒程度だろう。


「お、お前って奴は! やっぱりこれ毒なのかよ! なんてことするんだよ!」


 うげーと吐き出そうとするライア。ステラは大げさなと笑う。


「毒とまではいかないから安心して。それは本当。それぐらいなら全然平気よ。人間の回復力の方が上回るから。――多分」


 しっかりと多分を付け加える。後で責められるのはやはり心外である。


「……本当に?」

「私は嘘は(あまり)つかないから、信じていいわよ。ふふっ、信じる者には星神だかなんだかの慈悲があるのでしょう? なら平気よ。どんどん掬われるといいわ」

「…………」


 疑わしい視線を受けたので、もう一度同じたとえで説明してやる。


「お酒も飲みすぎると、倒れたり死んだり人に迷惑をかけたりするでしょう。だから、飲みすぎ注意ってちゃんと掲示するし。それにもかかわらず飲みすぎた屑のことなんて、私の知ったことじゃないわ。人の忠告を聞かない屑が何人死のうが、私には全く関係ないし」


 ステラがはっきりと断言すると、クレバーが肩に飛び乗ってくる。


『ウケケ! ご主人もうちょっと言葉を優しくしないと! これからお客様を相手にするんじゃん。人間たちの間には、客は神って言葉もあるみたいじゃん』

「――鴨?」

『惜しいじゃん』

「鴨じゃなくて神だよ。なぁ、お前わざと間違えてるよな?」


 ライアが口を挟んでくる。マリーもそれに続く。


「あの、ステラさん。商売をする以上、誠実さを心がけた方が。商売の基本は信用と信頼です」


 実に素敵な考えである。人を陥れることしか考えていない連中に聞かせてやりたい。ステラは感動した。拍手してあげたいくらいだ。


「え、笑顔が怖いよ」

『しーっ。そういうこと言うとおこられるじゃん。ご主人、意外と気にする方じゃん』

「ふふっ、マリーの言う通りね。じゃあ、お客様に不幸な事故が起きないよう、最大限の注意を払うようにしましょう。信用と信頼は商売の基本、か。ふふふ」

「あ、ありがとうございます、ステラさん」

「でも自己責任という言葉もあるわよねぇ。だからお客様が構わないといったら、無理に制止することはやめましょうね」


 先手をうっておく。折角考えて作成したのだから、やはり売れたほうが嬉しい。


「は、はい」

「本当に大丈夫なのかなぁ。まぁ、酒だって一種の毒みたいなもんな気もするけどさ。普段真面目な奴がいきなり暴れたりするもんな」


 ライアはあまり納得していない様子だが、ステラはこれ以上どうにかするつもりはない。それどころか、二倍、三倍の効力を持つものを売ろうとしている。馬鹿が病みつきになって金を落として言ってくれればこれ幸いである。主な客層は西区のごろつきになるのだろう。今までこの店から搾り取っていったのだから、奪い返しても全く問題ない。


「心配性ねぇ。私は飲まないから知らないけど。第一、この街の屑が何人死のうと本当に知ったことじゃない。屑の人生には全く興味がないから関心がもてないの。ごめんなさいね」

『ご主人ご主人。また言葉がやばいじゃん!』

「この街の、まともな人間じゃない方々がどれだけお亡くなりになられても、私は一切関知致しません。悪しからず」

「……丁寧な言葉で言いなおしても、本質は全然変わってないと思うよ」


 ステラはそれを聞き流し、グラスの液体を口に含む。飲み込みはしない。味は問題ない。身体への影響も、多分大丈夫だろう。それを確認し、立ち上がって流し場へ行き吐き出す。


「とにかく、これを売り物にするわ。客の前で今の変化を見せてやったら目でも楽しめるから余興にもなる。その後は口で爽快感を楽しんでもらう。材料は水と、果実、それに私の労力ぐらいかしら」

「つまり、俺とマリーさんが、それを売ればいいんだよな?」

「そういうこと。私が魔力の鍛錬のついでに作成して、貴方たちが店で客に提供する。持ち帰りも勿論良いわ。下手に日用品やらを売るより儲かりそうでしょう」


 疲れたーと両手を伸ばすと、ステラは壁にかけられた古びた時計を確認する。もうお昼である。昼食を取り、適度な睡眠をとらなければならない。


「お昼ご飯にしましょうか。マリー、手早くお願いね。食べたら私は30分程睡眠を取る」

「……の、呑気にお昼寝かよ」

「寝る子は育つらしいじゃない。私はまだ十歳。今はこんな状態でも、二十歳までには立派に回復させてみせる」

「なんというかさ、子供のくせに人生設計完璧って感じだなぁ。もっと気楽に生きたほうが人生楽しいと思うけど」

「気楽に生きるなんて死んでもお断りよ」


 食事のために机の上を片付け始めたマリーを尻目に、ステラは体力温存のために椅子に深く寄りかかる。あれだけのことなのに、少々身体のだるさが残る。吸収は問題ないが、あれ以上の急激な状態変化、及び、強力な術に関しては行使を極力控える必要があるだろう。身体を慣れさせなければ、後遺症が残る可能性もある。廃人になるなどごめんだ。


「うーん、やっぱり美味しいなぁ。これで身体に良ければいいのに」

「……あれだけ文句を言ってたのに、結局もう一杯飲むのね」

「だって、捨てるのもったいないし。まぁ、お酒なら俺もちょっとだけ飲んだことあるしさ。あれぐらいなら、大したことないかなぁって」

「自分を律することができないのね。主として悲しいわ」

「……うるさいなぁ。いいじゃんかよ」


 一気飲みしたあと、くーっと片目を瞑るライア。自分を律する事ができない代表格のベックも、負けじと四杯目にとりかかっている。そして、クレバーも鳥の癖に嘴を突っ込んで飲んでいる。情けない連中である。


「……珈琲が飲みたい。マリー、珈琲を今すぐ淹れて持ってきて。熱くて濃厚な奴をお願いね」

「あ、はい、分かりました」

『ご主人、あれは飲みすぎると後で切れたとき頭痛がくるじゃん? 控えめにした方が』

「あれは別よ。あれがないと、私は生きていけないわ。だからばら撒いたんじゃない」

『ご主人の執念は凄いじゃん。俺っち、本当に感心するじゃん」


 目的のためなら努力は惜しまない。貯蔵が後数年しかもたないという段階で、ステラは珈琲を再び手に入れるために、栽培方法と効能を書いた手紙と種子をばら撒かせた。余計な介入は無用という反対意見を強硬に押しのけて。この世界で流行することはなかったが、細々と製造だけは行なわれている。クレバーにはその成果をちょくちょくと取って来てもらっていた。教えた見返りということで許してもらおう。


「お褒めの言葉をどうもありがとう」

「なんだよ。お前だって律する事ができないんじゃないか」

「私はいいのよ。貴方達の主だから。主のやることに口をだすんじゃないわ」


 ステラはぷいっと横を向くと、マリーが持ってきた珈琲に口をつけるのであった。マリーが気を利かせてつけてくれたミルクと砂糖には当然手をつけることはない。基本的に珈琲はブラック。でもたまには砂糖やミルクも入れる。好きなように、気の向くままに飲めばよい。それが以前からのステラの流儀である。


「……顔が苦いって言ってるみたいだけど」

「まだ舌が慣れてないのよ。それより、人の顔をジロジロみるのは止めなさい。失礼よ」

『ウケケ、そうだぜライアちゃん! 影からこっそり楽しむのが通のやり方なんだぜ! 見つかるようじゃまだまだ甘いじゃん!』

「クレバー、まだ締めたりないみたいね? 一度頭を開けて脳の構造を見てあげましょう。ほら、こちらへいらっしゃい」


 豚のような悲鳴をあげて飛び去っていくクレバー。まだ半日も過ぎていないというのに、やけに疲れてしまった。さっさと昼寝をして、体力を回復する事にしよう。ステラはそう心に決めるのであった。

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