第三十一話 晩餐
「何故親睦会で、こんな格好をしなければいけないのかしら?」
「お披露目だよ! 折角買ったのに、一度だけなんてもったいないし。皆見たいって大騒ぎしてたんだよ」
「あっそう」
ステラは食堂で皆に囲まれながら、適当に返事をしておいた。
グレッグスとの会食のために製作した白いシュミーズドレス。綺麗な刺繍が施され、スカートには良く分からないヒラヒラしたものがついている。ステラはティピカの勧めるがままに購入し、仕立て直した上で会食に向かったという訳だ。つまり、ライアたちには初お披露目ということになる。別に嬉しくもなんともない。はっきりいって人形遊びされているのと同じ感覚だ。
「本当に綺麗ですよ、ステラさん」
「ふふっ、それは当たり前ですわ。私がコーディネートしたのですから。本当は可愛らしい帽子とアクセサリーも買ったのですけれど、ステラがつけたがらないんですわ。一体どういうことですの!」
「邪魔だからね」
「これですわ。貴方はもっと女の子らしくお洒落をするべきです」
ティピカが指を突きつけてくる。否と言って分かるような人間ではない。軽く受け流すのが正解だ。
「……前向きに善処する方向で」
「私も昔はそういうの着たなぁ。やっぱり可愛いよね。動きにくいけど」
「? それはどういうことですの、ライア。貴方、貴族の出身でしたの?」
「え、あ、あはは! 違う違う! そんなの全然着たことないし」
「嘘をついても分かりますわ! ステラ、主の命令で聞きだしてくださいな!」
「また今度ね」
なんとなく上流階級の出身であろうことは予測がつく。それ以上のことは、この様子では知ることはできないだろう。無駄なことはしない。時間の無駄だ。
ステラはどうでも良さそうに返事をした後、さっさと椅子に腰掛けた。食堂の客席は片付けられ、机が中央にくっつけられている。テーブルの上にはマリーが腕を振るったご馳走の山が並んでいる。それぞれの好物が作られているようで、骨付き肉やらシチューやら魚のムニエルやら肉饅頭やら本当に多種多様だ。ステラは果物を使ったサラダを依頼した。食べやすさと栄養重視である。
「今日は無礼講だからね。私と店に危害を加えない限り好きにしていいわよ」
「へへっ、そんなことする人間はここにはいないよ。な、ベック!」
「そりゃ勿論です。俺と部下たちがしっかりお守りしますぜ!」
酔っ払ったお前たちが一番心配なんだと言おうと思ったが、なんだか盛り上がっているのでやめておいた。今日くらいは見逃してやっても良いだろう。
「心配するな。俺が酒を控えるからな。お前達は浴びるほど飲んで構わん」
「いいんですか、ヴァレル兄貴」
「構わんさ。常に戦場にいると心がけることが、俺の信条だからな。……とはいえ、一杯だけはいただくつもりだ」
「へへっ、ささどうぞどうぞ!」
ベックが酒を注いでいる。訓練している間に信頼関係が生まれたのか。想定外であったが、良い方向に向かうのならば問題ない。
「それじゃあステラ、乾杯の挨拶を頼むよ。だって、一番偉いもんな。ビシッと一発――」
「乾杯」
ステラはジュースの注がれたグラスをさっさと取ると、椅子に座ったまま一言呟いて飲み干した。
「はやっ!」
『早すぎるじゃん!』
「ぷっ、ステラらしいですわ」
「まぁ、無意味に長いよりはいいが、これだけ早いのもどうかと思うぞ」
皆口々に好きなことを言った後、乾杯の仕草をしてから飲み干していく。そして、配られた皿の上に好きな料理をとっていく。立食形式だそうだ。
「へへ、ほら、肉取ってきてあげたよ! やっぱり肉は骨付きが一番! こう食べたって気がするよね」
「……そんなこと、誰が頼んだのかしら」
「あ、ステラ様! これ羊の腸詰めです。燻製したから、香りがついてて美味しいですよ」
「僕も手伝いました!」
「そう。頑張ったわね。でも、私は別に――」
ステラがちょこんと乗っけた菜っ葉の上に、骨付き肉三本、腸詰めがばらばらと五本並べられる。
「あ、気がつきませんで申し訳ありませんでした。ステラさんが食べたいと仰っていた林檎パイです。ついでに芋のパイも作ってみたので、是非試してみてください」
マリーが大皿からパイを切り離し、ステラの皿に乗っけていく。おかしい。何もしていないし頼んでいないのに山盛りだ。人間の自発的行動は素晴らしいがときに理解出来ない。
「…………おいしそうねぇ」
「そりゃそうさ。俺たち皆で用意したからな! な、皆!」
「はい!」
ライアが問いかけると、少年二人が元気良く声をあげる。サリィもくすくすと面白そうに笑っている。どうも子供として見られているような気がしたが、今日は構わない。無礼講だ。
「ははは、人気者だな」
「からかわれているだけよ。お人形みたいにね」
「そう言うな。子供たちは皆、お前のことが気になっているみたいだぞ。歳が近いのに、妙に大人ぶっているからな」
「それは褒められているのかしら?」
「勿論だ。今日くらい、子供のふりをしてはしゃいでも構わないだろう」
「あの子たちみたいに?」
妙に騒がしい方向へ視線を向ける。ティピカとライアが骨付き肉の取り合いをしている。他にもたくさんあるのだが、一番美味しい部位らしい。子供のように口を調味料で汚しながら、二人で肉に齧りついている。馬鹿である。
「我が妹ながら、実に恥ずかしい。あれで20を超えているのだから、恐ろしいだろう?」
「恐ろしいわねぇ」
『恐ろしい話じゃん』
「ついでに嫁の貰い手もいないんだ。悲しい話だろう?」
「悲しいわねぇ」
『悲しい話じゃん』
ヴァレルの軽口に合わせながら、ステラは腸詰を口に放り込む。クレバーの口にもついでに突っ込む。独特の香りが鼻につくが、そんなに悪くない。香りがしみこんだ肉汁が滲み出て、旨みを引き出している。パンをちぎり、スープにつけて食べる。中々の味である。
「少しは食欲が湧いたようだな」
「そうね。あれには負けるけれど」
星屑酒を煽っている一団――ベック連隊。すでに酔っ払っているらしく、床に座り込んで料理と酒を貪っている。汚らしいのだが、特に嫌な顔をしている者もいない。営業中なら躾なければならないが、今日は許す。
『最近、ベック偉そうじゃん。ベックの癖に生意気じゃん!』
早速クレバーが羽ばたいてベックをからかいに行った。偉そうなのが癪に障るのだろう。誰に似たのかは知らないが、性格が悪い鳥なのだ。
――と、豪快に扉が開く音と共に、派手な髪色をした馬鹿が現れた。オーソン一家のアポールだ。お供二人に酒瓶と大量の紙袋を抱えさせての登場。
「いよう、グレン雑貨店の諸君! なにやら愉快な宴を開いていると聞いたから、俺様も来てやったぞ! ほら、酒に料理も持ってきた!」
「こりゃ、アポールさん! 本当に来たんですか!」
ベックが喋ってしまったらしい。相変わらず口が軽い男だ。
「ったりめぇよ。ストック商会とうちの一家は手打ちが済んで、今は友好関係にある。つまりだ、交流を深める事は街の安定につながるってことよ! ほらほら、てめぇらもさっさと入りやがれ!」
二人だと思ったお供は、あっと言う間にその数を20まで増やしてしまった。勝手に入り込んでベック連隊の間に入っていくと、酒を好き勝手に煽っていく。自分達用の酒は持ってきたようだ。追い出しても構わないのだが。
マリーに目配せすると、穏やかに笑って頷いている。問題なしということか。この店のことは彼女に一任してあるから良しとする。
ステラは見なかったことにして、料理を味わう事に専念しようとした。早速邪魔がはいった。
「いよう」
「こんにちは、アポール」
「なんだよ。正装じゃなきゃ駄目なら先に言えってんだ」
「違うわよ。これは遊ばれているだけ」
「そうなのかよ。……折角ならもっと派手なほうがいいんじゃねぇか?」
「あら、白は駄目かしら」
「……別に駄目じゃねぇが。お前の肌の色に合いすぎてて恐ろしいぜ」
「なら問題ないわねぇ。貴方が恐ろしいかどうかなんて、私には全く関係ないもの」
ステラはくすくすと笑うと、アポールのグラスに酒を注いでやる。今日はサービスだ。目を丸くしたアポールの顔がまた面白い。
「すまねぇな、いきなり押しかけちまってよ。前もって聞いたら、お前は断るとおもってな」
「そうね」
「……正直な奴だぜ。ったく。今日は礼を言いに来たのさ。俺に花を持たせてくれた礼をな」
ステラはなんのことかと、片目を瞑って考える。該当するのは、パルプド組合殲滅の一件か。確かに、アポールの武名をあげることにはつながったが、利用したのはこちらなのでお互い様である。
「別に大したことはしてないわ。私は舞台を用意しただけ。演じたのは貴方達でしょう」
「それでもだ。名を上げる機会なんて、今まで用意されたことはなかった。全部親父がやっちまってたからな。だが、あの件でようやく俺を認めるようになりやがった。へっ、ざまぁみやがれってんだ」
アポールが乱暴に酒を口に入れる。そして、ステラの皿にあった骨付き肉をとって齧りだす。
「ところで、外が騒がしいのは聞いているかしら? こんなときに話すことじゃないけれど」
「ああ、親父も毎日ピリピリしてるぜ。グレッグスの野郎がはっきりしねぇなら、俺が出て行ってやるとか大騒ぎだ」
「やめさせた方がいいわよ。今は息を潜めて情報を集めることに専念したほうが賢明。この忠告もサービスだけど」
「……分かった。なんだかな、その格好とその冷徹な目で言われると、つい頷いちまうぜ」
「将来が楽しみでしょう」
「へっ、恐ろしいの間違いだ。これから数十年の付き合いになるかと思うと鳥肌が立つぜ」
友好関係の間はいいが、敵にまわる可能性も当然ある。そこまでいけるかは、間もなく来る難局を無事越えてからの話になるが。
「お手柔らかにね」
「それはこっちの台詞だ。あー、酒は飲まないんだよな? ジュースってのも味気ないが、ほら、飲めよ」
「どうもありがとう」
ステラは言われるがままに好意を受け取っておく。流れに任せるのもまた人間の生き方らしい。ヴァレルが偉そうに語っていた。そのヴァレルがティピカをつれてやってきた。
「なんですの、この賑やかな髪の人は。ステラ、付き合うにしても相手を見ないといけませんわよ!」
アポールの髪は、赤と黒の二色で染められている。目立ちたいという現われなのだが、正直邪魔臭い。目に入らないようにするのに苦労する。ステラのものだったならば、即座に刈り上げてやりたいところだ。
「て、てめぇ。俺様を誰だと思ってるんだ? 俺様はあのアポール一家の――」
「喧嘩するなら、外にたたき出すわよ。嫌なら静かにしなさい」
「お、おう」
「一々怒っていたら寿命が縮まるだけよ。もっと余裕をもちなさい。それが器の大きさの証明となる。度量の小さい男ほど大きな声を上げたがるものよ」
「そ、そうか。分かった。参考にさせてもらうぜ」
「今日はやけに殊勝な態度だけど、悪い物でも食べたの? とてもあのときと同一人物とは思えないわねぇ」
ステラが口元を歪めると、アポールはそっぽを向いた。
「うるせぇな。あれだけ恥をかいたところを見せたら、もう怖いものなんてねぇからよ。成長できるなら、俺様はなんでも取り入れるぜ」
アポールはそういいきった。なるほど、成長する伸びしろは結構あるようだ。このまま成長し、敵対関係になった場合は少々面倒なことになりかねない。人を惹き付ける魅力というのは、後に備わる物ではない。
「将来が楽しみね。成長できる人間には、興味を惹かれるわ」
「お前、何歳だっけか?」
「言わなかったかしら? 10歳よ」
「俺様は17歳だ。……なんだか世の不条理を感じるぜ」
「それは素晴らしいわ。悟ったことについて是非詳しく聞かせて頂戴」
ステラが興味津々で尋ねると、アポールはひどく嫌そうな顔をして、肉に齧りついた。その様子を見ていたヴァレルとティピカは大きな笑い声をあげた。
宴もたけなわ、真っ赤な顔で横になる者や、机に突っ伏して寝ている者まで現れた。クレバーはグラスに嘴を突き入れたまま目を回している。アポールは隣でつぶれている。ヴァレルに酒を注がれまくっていたのは見ていた。ティピカは酒に強いらしく、平然とした顔でお代わりを注いでいる。
それでもまだまだ食堂は賑やかだ。子供たちは酒を飲んでいない分、元気がありあまっている。ベックたちに可愛がられて、無邪気に遊んでいる。普段ではまず見る事ができない光景だろう。
ライアがステラのもとへとやってくる。これ以上は入らないとステラは手で制する。どれだけ食べたか本当に分からない。いつもの三倍は食べた。
「もうお腹一杯なの? 勿体無い。ちゃんと保存しておくから、後で食べろよな!」
「分かったわ。資源を無駄にしてはいけないものね」
食べ切れなかったときはクレバーの口にでも押し込むとしよう。
「はは、ステラって結構けちくさいよね。使うときはたくさん使うのに」
「無駄が嫌いなだけよ。必要以上に溜め込むつもりもないけど」
「はは、本当に経営者の鑑だなぁ」
給料でやる気がでるなら、気前良く払ってあげた方がよい。ヴァレルとティピカ以外は、確かにステラに買われた者たちだ。だが、ただ働きで酷使しているだけでは労働に身が入らないだろう。利益が上がっている以上、彼らにも還元していくのが筋である。
第一、お金を必要以上に溜め込んでも、特に欲しい物がない。雑貨店はあのとおり寂れたまま健在である。食堂やらなんやらはマリーが好きにやればいい。口出しするつもりもない。
「やる気があるなら、貴方も店を出していいわよ。通りの空き家を利用して、工房でも作ったらどうかしら」
「お、俺が店を? 本当にいいの?」
「利益をあげられるだけの技術を身につけたらね。最低でも私を納得させなさい。マリーみたいにね」
「よーし、見てろよ。びっくりするようなのを作ってやるからな!」
ライアが気合を入れている。そして、暫くすると神妙な顔つきになる。
「あのさ。ちょっと疑問に思ったんだけどさ」
「なにかしら」
「ベックやその手下や、アポールとかって、いわゆるごろつき――世間でいう悪人って奴じゃん?」
「そうね」
「でも、今日は凄く楽しかったし、話していても全然普通だった。言葉遣いは悪いけど、悪人って気がしなかったんだ。なんでなのかなって」
「それに答えるには、まず悪人と善人を定義しないといけないわ。長くなるけどいいかしら」
ステラが覚悟を問うと、勘弁してくれとライアは苦笑する。
「そんな難しいことじゃなくってさ。ただ、どうしてこういう面もあるのに、弱いもの虐めをするのかなって。ストック商会にしろオーソン一家にしろ、街の弱い連中から金を搾り取ってるじゃん。厳しく取立てしたり、ひどいときは殺したりさ」
「そうね」
「でも、今日みたいな感じなら、協力していくこともできそうじゃん。そうすれば、この街だってもっと良くなると思うんだよ」
「色々な面があるのが人間でしょう? 一見善良ぶっていても、家族相手には外道な人間だっているじゃない」
「うーん。それはそうかもしれないけど」
「私は極めて善良に生きているつもりだけど、叩き潰した連中からすれば極悪人になるというわけ。人間の評価なんて見方によって色々変わるものでしょう」
「……き、極めて善良?」
ライアが疑わしげな視線を向けてきたので、一度咳払いをする。
「少し真面目に説明すると、今日友好的に話せたのは、私に力があると知ったから。貴方達はその身内だからね。対等の付き合いをするには、それなりの物がないと駄目ということ」
「まぁそうだよねぇ」
「後、弱者に傲慢に振舞うのは、自分がその立場に回りたくないからよ」
自分がされる前に、人を陥れる。それがこの街の人間のやり方だ。
「……やられる前にやれってこと?」
「最底辺に回ったらどういう目に遭うか、こいつらは嫌というほど知っている。だから、力を振るい己の強さを誇示しようとする。落ちたくないから」
「……落ちたくないからかぁ」
「ええ。最底辺まで落ちたらどうなるか、貴方は身をもって知ったでしょう?」
「…………」
「でも貴方は私に見出されて這い上がった。ならこの機会を活かしなさい、ライア。私もそうやってここまで来た。貴方にもできるはずでしょう」
「……うん」
ライアは暫し考えたあと、真剣な顔で強く頷いた。
「やる気に満ちた人間の顔はいつ見ても素敵ね。主として実に誇らしいわ」
「お前はいつもそんな顔をしているよ。だから、皆、ついていくんじゃないかな」
「それはありがとう。でも、褒めても何も出ないわよ」
「はは。けちだなぁ、やっぱり」
ライアは笑う。ステラも微笑んだ。
「……なぁ、さっきの話なんだけどさ。皆が協力しあって幸せに暮らすのは、無理なのかな」
「協力しあって幸せに? 実に曖昧な表現ね」
「うーん、力やお金の有無で差別されない平等な世界っていうのかな。何か良い方法があるような気がして。だってさ、人より力やお金があるからって、何をしてもいいって訳じゃないと思うんだよ」
「…………」
「きゅ、急に黙ってどうしたんだよ」
「貴方がいきなり立派なことを言うから唖然としただけ。ねぇ、熱でもあるんじゃない?」
「し、失礼な!」
「ふふっ。貴方みたいな人ばかりなら、世界はもっと平和になるでしょうね」
「人を能天気みたいに言うなよ!」
ライアが頬を膨らませて怒っている。からかっているわけではなく、本気で感心したのだ。
「褒めているのよ。ただ、貴方の考えは立派だけど、真に平等な世界の実現なんて無理でしょうね。まぁ、どうしても挑戦したいというなら、まず大勢を纏める指導者にならないといけないわ。そして、その地位を維持するための力を持ち、反対する者の口を塞ぐために力を振るう必要もある。実現するのは中々大変そうねぇ」
それを完璧に成し遂げたとしても、最終的に矛盾が生じる。絶対的な支配者がいるということだ。秩序を維持するために力を振るい、異なる意見は抹殺する。破綻が生じればそれを切り捨てて、自らの考えと同じものたちだけで生き延びようとする。幸福で平等な世界を維持するための不平等。それは本当に理想郷なのだろうか。
――その偽りの理想郷を、永久に生き長らえさせようとした者たちがいた。醜く無様な有様になっても。自分たちの墓穴を築き、墓守を置いて永遠に世界を管理させようとした。来るべき復活の日を夢見て。だが結局は滅びた。
あれは認めようとしないが、彼らは間違いなく滅びたのだ。墓穴に眠っているのはもはや塵に過ぎない。あれはそれを最後まで認めようとしなかった。切り捨てた者たちが、この世界に生き残って繁栄したというのも皮肉なものだ。
そこまで考えたところで、ステラの思考にノイズが入る。記憶を覆い隠すように、赤い羽のようなものが散らばり塗りつぶされていく。クレバーを思わず見ると、こちらをジッと見つめていた。今のステラには不要な記憶だったらしい。ステラが軽く手を上げると、再びクレバーは眠りに落ちた。
「……やっぱり無理かなぁ。人間って、なんだか悲しいね」
「でも、それが人間でしょう? さぁ、黄昏れてないでご馳走を食べたらどう?」
「よーし、へこんでないでヤケ食いだ! ほら、ステラも食べようぜ!」
「だから、私はもう入らないと言っているでしょう」
「いいからいいから!」
欲望や感情に囚われた利己的な人間がいる一方、ライアのような人間もいる。千差万別、だからこそ人間は面白い。




