外伝6 ティピカ
朝食を取り終えたティピカは、逃げ出そうとするヴァレルを強引に捕まえた。
「お待ちなさい! アート家の長兄ともあろう者が、何故こそこそと逃げようとするのです!」
「お前が朝からうるさいからだ。話したいことは既に話してある。いまさら言う事は何もない。時間の無駄だ」
「な、なんですってぇ! きーっ、また私を見下して! もう勘弁なりませんわ。今日こそ決着をつけて差し上げますわ!」
「そう言って何度俺に負けているんだ。それに子供の前だぞ。あまり情けない姿を見せないほうがいい」
呆れたヴァレルの言葉にふと振り返る。興味深そうに眺めているステラにライア。マリーは洗い物で忙しいようだ。
「気にせず続けて構わないわ。ただし暴れるのは外でね。前にも言ったけれど、家財道具に傷をつけたら兄妹連帯責任よ」
「馬鹿な。俺にはなにも関係がない! 」
「子供の責任は親がとる。妹の責任は兄がとる。人間社会のやり方でしょう?」
「こいつはもう20だぞ! 子供じゃない!」
「その通り。私はもう子供ではありませんわ。自分のことくらい自分でできますわ!」
ティピカは胸を張る。
「偉いわねぇ、ティピカ。それじゃあ、食べ終わった後は食器を片付けてくれるかしら。それぐらいはこの私もやっているわよ?」
ステラは食器を持ってマリーの下へと行ってしまった。
「えっとさ、ティピカって面白いね。見ていて飽きないってステラが言ってたけど、本当だったよ」
そう呟くとライアも行ってしまった。
『ウケケ、前よりもっと賑やかになってご主人ご機嫌じゃん。賑やかなのはいいことじゃん!』
クレバーも飛んでいってしまった。場にはヴァレルとティピカだけが残される。
「……さーて、そろそろ俺も行くかな」
「行くってどこに行くというのです。というか、私はこれから何をすればいいんですの?」
「店の警備だろう。夜は俺、昼間はお前だ。死ぬ程暇なら、雑貨店か食堂の手伝いをしていれば文句も言われないだろうさ」
皆出て行ってしまった。ティピカも居心地が悪くなってきたので、お皿を持って移動することにした。言うまでもないが、空気は読める方である。
「貴方、確かマリーさんと言いましたよね」
「ええ、ティピカさん。どうかなさいましたか?」
「あまりに手持ちぶさたでして。何か用事がありましたら、お手伝いしますわ」
「ステラさんからは何と?」
「それが、特に言われていないのです。面白そうだからとか、剣が使えそうだからとかいう理由で私は雇われたようなのですが」
「そうですか……。では雑貨店でライアちゃんのお手伝いをお願いできますか? 彼女、木筒に装飾を施す仕事をしていますので」
「分かりましたわ!」
ティピカは食堂から離れると、隣の雑貨店へと戻った。皆開店準備で忙しそうで、あまり長居できそうな雰囲気ではなかった。体よく厄介払いされたような気もするが、きっと気のせいだろう。
「あれ、もう戻ってきたの?」
「マリーさんから貴方を手伝うようにとお願いされたのですわ」
「えー。こっちは客なんてほとんど来ないからいいよ」
「接客ではなくて、貴方の装飾作業のお手伝いですわ」
「……マリーさん、面倒なことを押し付けたな。ああ見えて、意外とちゃっかりしてるんだよなぁ」
失礼なことを言いながら、ライアはこっちに来てと手招きする。椅子を用意してくれたので、そこに座る。作業机の上には木筒、彫刻用の小刀、削りカスが散乱しまくっている。店内だというのにこれで良いのだろうか。
「えっとね。これで、好きな模様を刻んでいくんだ。後は飾り石をつけたり、色をつけたり。納得がいったら出来上がりだね」
「なるほど。それにしても貴方、器用ですわね。感心しましたわ」
「へへ、小さい頃からやってたからね。じゃあこの木筒はお願いね。最初はこの模様に似せて彫ってくれればいいよ。一応軽く削ってあるから、簡単なはず。私は他のアクセサリー作りにとりかかるから」
「ティピカさん、ですわ」
「はい?」
「年上にはさんをつけろと教わりませんでしたの? 親しき中にも礼儀を忘れてはいけませんわ」
「えー、いいじゃん。一々面倒だし。第一、ステラはどうなのさ」
「あの娘は言って聞くような人間ではありませんもの。まさに時間の無駄ですわ」
「じゃあ私も聞かないよっと!」
ライアは面倒くさそうに欠伸をすると、首かざり作成へととりかかってしまった。
ティピカは仕方なく小刀を取り、木筒を握り締めて模様を彫っていく。見本の木筒には花模様が刻まれている。素早く、それでいて大胆に削っていく。
「…………」
「お、結構上手だね」
「当たり前ですわ。私は刃物を使うのが大好きですの。刃物を握り締めているときの緊張感は堪りませんわ」
「……そ、そうなんだ」
「家畜の解体も得意でしてよ。あの大きな身体をバラバラにするのが快感ですわ。しかもほとんど食べられるというのですから、豚や牛というのは本当に立派ですわ。私は毎日感謝しながら肉を頂いておりますの。もちろん、無益な殺生などいたしませんわ」
昔、必要以上に殺してしまったところ、先生に怒られてしまった。それ以来、必要な分だけにしている。生命を弄ぶ者は、魔物と変わらないそうだ。そうならないように、自戒して生きろときつく念を押されている。よって、ティピカは常に自重しながら生きている。だから、どれだけ気分が昂ぶっても自分を見失うことはない。
「へ、へぇ」
「でも、素手で鶏を絞め殺すのも得意ですわ。こう、手首をキュッと捻るのです。そうだ、今度見せて差し上げますわ!」
ライアが納得したように頷きながら、ステラが雇った理由が分かったと呟いている。
その間にもティピカは二つ目の木筒へと取りかかる。もう見本を見る必要はない。鼻歌交じりに小刀を振るっていく。
「あのさ、ティピカってヴァレルと兄妹なんでしょ?」
「一応そうですわね」
「なんだか、仲はあまり良さそうじゃないけど」
「ええ、その通りですわ。私達は三人兄妹なんですけれど、皆性格が大いに異なりますの。家族だというのに、何かが決定的に合わないのです」
長兄はヴァレル。次にティピカ。末弟は星教会に所属しているディマ。兄弟仲がよいといわれたことは一度もない。会話がかみ合わないし、思考も理解出来ない。全員、そういうものだと既に諦めている。
「……そうなんだ。でも、家族がいるっていいもんだよね」
「そう言われても、私は全くピンと来ませんわね」
「ほら、私もステラも親や兄弟はいないからさ。だから、羨ましいなって」
「……そうですわねぇ。不肖の兄でよければ、いくらでも差し上げますわよ」
「はは、いらないよ。人のを取ったら泥棒じゃん!」
ライアは誤魔化すように笑った。よくよく考えると、この雑貨店は何かがおかしい。立場が一番上なのが、ステラ。その下につく形で立場がバラバラな者が従っている。ステラはどうやって金を稼いでいるのだろうか。
ライアが何か知っているかと思い、すぐに尋ねてみる。
「ところで、ステラはどうやってお金を手に入れているのです? やけに景気が良いみたいですが」
「えっと、お店の経営とかかな。ほら、食堂は大繁盛してるじゃない」
「それにしては、余裕がありすぎるような気がするのですけれど」
「星屑の涙とかが売れているのもあるけど、ストック商会とも色々あるんだ。詳しくは本人に聞いてみるといいじゃん」
ライアはそう言うと、もう話すことはないと作業に没頭しはじめてしまった。客は来ない。食堂は開店と同時に、結構な客が入っている。だが、どうも開いたばかりのようなのだ。一体どうやってその資金を手に入れたのか。話はしたくないが、ヴァレルにでも尋ねてみるかとティピカは決めた。
夕方、外で休憩しているヴァレルに声を掛ける。
「ちょっとよろしいかしら」
「何の用だ。……というか、えらい大人しいな。そろそろ俺への攻撃がてら、店を破壊すると思っていたんだが。悪いものでも食ったのか?」
「失礼ですわね。そうそう、その大剣はもういらないですわ。別のを手に入れる算段がつきましたの」
そう告げると、ヴァレルの目が大きく見開かれる。
「な、なに?」
「なに、じゃありませんわ。どうせそんな大きな剣、私には扱えませんもの。私に使える物が手に入るとなれば、それはいらないのは道理じゃありませんこと?」
「…………」
「どうかしましたの?」
ティピカの言葉に、ヴァレルが目元を押さえる。泣いている訳ではなく、疲れがでているようだ。
「そんなに簡単に諦められるなら、最初からそうしてくれ。……一応聞かせてもらいたいんだが、なぜお前はこれに執着していたんだ?」
「あら、言いませんでしたかしら」
「言っていない! 何度聞いても、問答無用の一言で襲い掛かってきたのはお前だろうが!!」
「声が大きいですわね。そんなの簡単なことですわ。その艶かしい真紅の色がとても気に入ったから。他に理由なんてありませんわ」
「い、色?」
「ええ」
「本当に、それだけなのか?」
「しつこいですわね。本当にそれだけですわ」
断言してやると、ヴァレルは両目を閉じて儚げな表情をした。黄昏れているらしい。実に夕日が似合う男である。
「……お前、お袋によく似ているよ。どこか抜けているところがそっくりだ。後、肝心なときに人の話を聞かないところもな」
「あの人を馬鹿にするのはおやめなさい。貴方の放蕩ぶりで苦労しているというのに」
「ふざけるな。お前が一番苦労を掛けているくせに、よく言えたものだ」
「私は苦労を掛けた覚えなど、これっぽっちもありませんわ」
ティピカがふんと鼻を鳴らす。実に心外である。
「とにかく、お前が大人しくステラに雇われる理由は理解した。アイツなら、剣に色をつけるくらい簡単にやりそうだ。いや、剣を瞬時に作り出して魔法を放つくらいやっても俺は驚かん」
「……あの娘、一体何者なんですの? 本人は普通の、いや体力のないただの小娘にしか見えませんのに。妙な魔術は使うし、喋る鳥は従えているし、とどめはあの水晶。どうにもただの子供とは思えませんわ」
あれで10歳というのは絶対におかしい。話し方、醸し出す雰囲気が明らかに年齢離れしている。大人っぽいとか、そういう類ではない。母は孤児院を運営しているから、子供のことは良くわかる。
「俺にも分からん。とにかく、俺はステラの動向をしばらく監視するつもりだ。あいつの持つ魔水晶、あれは危険だ」
「……そんなに危ないものですの?」
「ディマから聞いたことがあるだろう。大分前に起きた星教会内乱のことを。その時に破壊された“星玉”と特徴が良く似ている」
星教会内乱。アート家にとっても縁深い事件である。ティピカやヴァレルは当然生まれていない。人づてに聞いたことはあるが、張本人たちは口が重く詳しく聞くことはできなかった。だが、星教会に所属したディマから教えられたので、大体のことは知っている。
星教会の穏健派と過激派による権力争い。アートの街が半壊に追い込まれた忌まわしい出来事。その戦いで母は英雄となり、心に大きな傷を負った。ティピカの尊敬する先生も。あのような災禍は二度と起こしてはならない。兄弟仲は悪いが、それだけは誓い合っている。
「あれが、その星玉だとでも? 確かに特徴は似ていますが、あれは先生の手で」
「そう、破壊されたはずだ。過激派の残党は散り散りとなり、異端審問官の手により殆ど抹殺されている。だが、現にそれらしき物が存在しているのだ。知ってしまった以上、俺は目を離すわけにはいかん」
ヴァレルが決意を露わにする。
「もしも、本物だとしたら」
一体どうしたらよいのか。封印、あるいは破壊することは可能なのか。先生は破壊に成功したが、大きな代償を払うことになった。自分にその覚悟はあるのか。世界のために、身を捨てる事ができるのか。
「……実はな。一度、夜中に破壊を試みたことがあるんだ」
「!? け、結果はどうでしたの?」
「鉄槌で手加減なしの全力の一撃を与えたが、皹一つ入らなかった。逆に鉄槌が粉砕されてしまったほどだ。ならば大剣でと振りかぶったとき、あの鳥が現れたのさ。ステラが起きるから、無駄なことは止めろと警告を与えてきた。凄まじい殺意を発しながらな」
ヴァレルの本気の一撃は、鋼など容易く叩き潰すだろう。あんな水晶にそれほどの耐久力が備わっているとは思えない。だが、嘘が嫌いなこの男が言うのだから間違いない。
「……このこと、先生には?」
「絶対に知らせるな。あの人はもう戦える体じゃない。だが、知れば必ず動き出す。今度は俺たちで片をつけるんだ。いいな?」
「ええ、分かっていますわ。今度は私達の手で片付けなくては」
言うわけがない。ヴァレルとティピカの剣術の師、“先生”はぶっきらぼうで口も悪いが情に厚い。口では行かないなどといいつつ、必ずやってきてしまうだろう。たとえ死ぬ事になろうとも。
「今は制御できているようだが、将来どうなるかは分からない。ステラの考えもいまいち分からん。万が一の時には、俺はステラを殺す。刺し違えてもだ。そうなったら、お前は水晶を回収して海にでも沈めて――」
『ウケケケケ!! 二人で素敵な悪巧みしてるじゃん。ご主人が聞いたら泣いて喜びそうじゃん!』
上から飛び込んでくる耳障りな声。雑貨店の屋根上、そこからティピカたちを愉快そうに見下ろしている赤い鳥。
「……お前、聞いていたのか?」
『ウケケ、ご主人に危害を加えることは俺っちが絶対に許さないじゃん」
「許さないと、どうするというのです。たかが喋る鳥に何ができると?」
『ウケケ、あまり舐めるなよ人間。旅にでたことにして、骨まで喰い尽くしてやろうか?』
クレバーから怒気と殺気が滲み始める。ティピカは思わず腰の剣に手を添える。
「待て、ティピカ。……この際だ、教えてくれ。あの水晶は一体なんだ? あれは、破壊されたはずの星玉なのか? もしそうなら、なぜステラがそんなものを持っているんだ?」
『ただの考え違いだよ、人間。あれはお前らが真似して作ったような紛い物とは質が異なる。あの魔水晶はご主人の本体であり魂そのもの。ウケケ、そして滅びた屑どもの罪の塊じゃん』
「……星玉ではない、と?」
『そういうことじゃん』
「……ステラはあれで何をしようとしている?」
『だから、あれはご主人そのものって言ってるじゃん。何をするも糞もないじゃん。あって当たり前のものじゃん!』
「…………」
腕組みをするヴァレル。その顔には猜疑心が露骨に表れている。
ティピカには、クレバーが嘘をついているかどうか判断できない。ティピカとしては、害をもたらさないのであれば特に問題はない。
『しかし、良くもあそこまで再現したものじゃん。星塔といい、星玉といい大したものじゃん。人間は馬鹿だからきっとまた同じような物を作り出すじゃん? ウケケ、未来が本当に楽しみじゃん! その時には俺っちとご主人はもういないだろうけど!』
「……貴方の言っている意味が、私にはさっぱりわかりませんわ」
『猪にも分かるように言うと、もうすぐ夕食ってことじゃん。食堂で皆待ってるじゃん! 早くしないと食べちゃうじゃん!』
クレバーはそういうと、羽を大きく広げて旋回し、そのまま食堂の窓から飛び込んでいった。
「……とりあえずは、様子見ですわね。今は手を出す理由がありませんもの」
「ああ、今は、それが良いだろうな。だが、ステラの動向、そしてクレバーの発言には注意が必要だ。何にせよ、星玉の暴走だけは絶対に阻止するぞ」
「分かりましたわ。というか、私に指図しないでくださいな。心底不愉快ですわ」
ティピカはふんと鼻を鳴らすと、ヴァレルを放って食堂へと入っていった。中には、愉快そうにこちらを見つめているステラの顔があった。




