第三話 人間のゴミ箱
ストック商会を出たステラは、どんよりと曇った空目掛けて大きく伸びをした。契約書と支度金はベックが持たされている。彼は解放を願ったが、ステラは当然却下した。ルロイとしても目付け役は必要だったので特に反対する理由もなかった。
「これで最大の懸案事項が解決したってことね。終わってみればなんてことはなかったかしら」
『ウケケ! その言い方はひでぇ! ご主人の親父さんが可哀相すぎるじゃん!』
「不幸に陥ったのはあの男のせいでしょう。同情をする気にはなれないわねぇ。そんなことより、街で食料を買って帰りましょう。家にろくなものがなかったからね。それと……」
『ウケケ、まだ買うのかよ!』
「ベック一人じゃ寂しいから、面白そうな人間を探しましょうよ。色々な人間を集めて、素敵で愉快な人生談を語ってもらいましょう。ああ、中々素敵な目標ができたみたい。栄えある一人目は、貴方よベック」
ステラがベックの背中を優しく撫でると、ベックの頬に冷や汗が流れる。
「……え」
「帰ったら、貴方のことを根掘り葉掘り聞かせてもらうわ。楽しい物語を期待しているわね」
『ウケケ、どうせろくでもない話だと思うぜ! だってこいつただのごろつきじゃん!』
「それはそれでいいのよ。どんな屑でも人間には変わりないし。ねぇ、ベック」
ステラとクレバーが子供のように笑うと、ベックはよろよろとよろめいた。
ピーベリーの街、中区。ここは比較的マシな層の人間が集まっている。あくまで比較的であるので、当然ながら注意が必要だ。路地裏を見れば、スリ、ごろつき、傭兵崩れなども隙を窺うように身を潜めている。戦いの臭いを感じると、彼らは剣を取り、戦場へと出て行く。もしくは死体の装備を漁りにいく。傭兵は武具を買い、死体漁りがそれを回収、鍛冶屋が修理して、商人が売るという死のサイクルができあがっている。
他所の街の貴族や商人たちも出入りするため、見張りの衛兵の数は多い。だが、たとえステラが襲われても手出しはしないだろう。金のないやつには人権などないのだ。ちなみにここでの目玉は二つ。奴隷市場と闘技場だ。他所から来る金持ちは、取引以外ではほとんどがここを目当てにやってくる。
「本当に素敵な街ねぇ。人間の本性がギラギラと煮えたぎっているみたい。そうだ、私も何人か奴隷を買ってみようかしら」
『ご主人ご主人。既に奴隷は二匹いるじゃんか!』
「自分を奴隷に数えるなんて感心な鳥ねぇ。その割には口が悪いけれど。その頭は何が詰っているのかしら」
『ウケケ、夢と希望だぜ!』
「ふふっ、上手いことを言うわね。感心よ」
ステラが鳥頭を優しく撫でてやると、ご機嫌な様子で飛んでいった。そしてすぐに戻ってきた。そのままベックの頭で羽を休める。軽そうなのが良いのだろう。
「……あの。結局、俺は一体どうなるんでしょうか」
「ルロイとの話の結果、貴方は私の所有物となった。ちゃんとお小遣いもあげる。ただのごろつきやっているよりも幸せに暮らせると思うわ。本当に良かったわねぇ」
銀色の髪を弄りながら、ステラは微笑んだ。ベックは複雑な表情で力なく頷いた。抵抗しても無駄だと悟ったのだろう。それに、お金は入る。大事な何かと引き換えに。
『おーいご主人! 博打でも一発やって、金貨をたーくさん増やそうぜ! それか闘技場で殺し合いでも見て大笑いしようじゃんか! 屑が死ぬのを見るのは楽しそうじゃん!』
「いいわねぇ。ちょっと顔を出しにいきましょう。ベック、しっかり護衛をお願いね。私が死んだら大変よ?」
「は、はい」
「元気ないのね。お尻を叩いてほしいのかしら」
「大丈夫です! わ、分かりました!」
「素敵な返事ね。でもあまりうるさいのは嫌いよ」
『我が儘すぎるじゃん』
ステラは考えた結果、まずは闘技場に行って見る事にした。お金を賭けることもできるし、見物料を払えば殺し合いも見れる。なんて素敵な場所だろう。同族が血を流し、苦しみ絶命する様を見て喜び、それにお金を賭けて商売にする。人間は本当に色々なことを思いつくなぁと、ステラは気分が高揚してきた。
――ピーベリー闘技場に到着した。領主グレッグス・ジョージアの許可の下、堂々と殺し合いが行なわれている場所だ。出場する者は、志願してくる者と、強制されて出てくる者、そして各組織から面子を賭けて送り込まれてきた強者たち。一攫千金を掴む者もいれば、一戦で物言わぬ死体となる者もいる。観客はそれを高みから見物するために金を払い、あるいは賭けて試合の行方に興じる。
受付の男にはひどく怪訝な目で見られたが、ベックがお金を渡すとすんなりと入る事ができた。一見貧相だが、貴族の娘がお忍びできたとでも判断したのだろう。それにしても、一応はこの街の住人だったというのに、ステラのことを見て声を掛けて来る人間が一人もいない。途中、食糧を買ったときでさえ、誰も反応する者はいなかった。実に寂しいことである。
(これからは、色々なことに首を突っ込んで人間を知らなくちゃ。広く深く人間について見識を広めないとねぇ。後50年、全力で生きて死ななくちゃいけないわ)
外から見ているだけと、実際に関わりをもって交流を深めるのでは全然違う。もう見るだけは飽きた。とにかく直接関わりたいのだ。喜怒哀楽、色々な感情がステラを楽しませてくれるはずだ。退屈と倦怠感だけがうずまいていたあの場所とは違う。何もかもが新鮮で興味深い。問題は、ステラの好奇心に体力がおいついていないこと。早急に改善しなければならない。
『お、やってるやってる。良い勝負してるじゃん』
中の試合場では、剣を持った男が死闘を繰り広げている。
「これは、どちらかが死ぬまで続くのかしら」
「い、いえ。降参するか、戦闘不能になるまでです。勿論殺しても問題ありません。ここじゃ上手く負けるのも技術のうちなんで。最期まで降参しない人間は、もう後がない連中です」
一進一退、中々良い勝負に見えるが、体格の大きい方の顔色が悪い。体力の消耗が激しそうだ。そう判断した時、案の定決着が付いた。大柄な男は腹部を切り裂かれ、うずくまったところを斬首された。沸きあがる罵声に大歓声。
「なるほどね」
死に様を見届けたステラが大いに納得していると、隣の男が絡んできた。この街では石ころ以上に転がっているごろつきである。流石にこの手のには飽きてきた。
「へへっ、嬢ちゃん良い趣味してるじゃねぇか。もしよかったら、俺が色々と案内してやろうか? なーに、ちょいと弾んでくれればサービスするぜ!」
「お、おい。悪い事は言わねぇからやめとけって! この人は!」
「てめぇは黙ってろよ。俺は、この嬢ちゃんと直接話が――」
「はい、これをあげるから静かにしなさい」
ステラは躊躇することなく魔水晶を手渡すと、吸収を発動させて即効で昏倒させる。くずおれたところを、邪魔くさいとばかりに蹴り付けて無理やりどかす。力がないので、あまり動かなかったが。
「ベック、目障りだから裏返しておきなさい」
「は、はい」
白目を剥いている男の顔が視界に入るのが鬱陶しい。ベックはいそいそと身体を裏返す。
『おいおいご主人。こいつはいらないのか? 人間を集めるとか言ってたじゃんか』
「これはちょっと趣味に合わないからいらないわ。なんとなく、生理的に嫌って感じがしたの。そういう生の感覚は人間っぽいから、大事にしていきたいじゃない?」
『ウケケ、本当に我が儘だぜ!』
「だって人間だもの。人間はそういうものでしょう?」
ステラはもう一度蹴りを入れると、とりあえず今日はこの辺でと呟き、とっとと歩き出した。後ろから慌ててベックが駆け寄ってくる。
「あ、あのー。本当にもういいんですかね? まだ入ったばかりなのに。一度出たら、入場料は銅貨一枚だって返ってきませんよ」
「体力が尽きる前に、今日は一通り見て回りたいのよ。また今度ゆっくりと見に来ることにしましょう」
体力のなさを今実感している。蹴りを二発放ったことにより顕著である。良く考えると、この歳まで外で碌に出歩いた記憶がない。両親に厳しく制限されていた。身体が病弱だったこともあるが、借金取りから匿うためには仕方なかったのだろう。なんにせよ、歩く事に慣れて行かないといけない。
「ここが?」
「はい、ここら一帯で集められてきた連中が売りに出される場所ですぜ」
「それで、通称ゴミ箱なのね。ふふっ、良い名前じゃない」
『センスある名前じゃん。人間も中々やるじゃん』
ピーベリー奴隷市場。木の檻に入れられた者もいれば、比較的扱いの良い者もいるようだ。武力、技術、知識に優れる者は、高く売れるため待遇も良い。その逆は当然ごみ同然の扱いだ。木の檻に大量に入れられ、野良犬よりひどい有様である。
今は戦争が頻発しており、親を亡くした子供、夫を亡くした妻、または没落した元貴族たちがこうして集まってくる。まともな主人を得られるかどうかは、まさに神のみぞ知るという奴だろう。
取引形式は二つ。オークションに賭けられた者を競り落とすか、商人と直接取引して買い取る。人気になりそうな者はオークションに賭けられるので当然値段が跳ね上がる。美しい娘たちは当然ながらこちらへと流される。
それらを興味深そうに眺めるステラ。当然ながら奴隷市場の衛兵たちに不審な目で見られるが、ベックを従えていることで納得された。護衛つきでお忍びでやってくる馬鹿な貴族もかなり多いのだ。ステラの姿は貴族には到底見えないものだったが、お忍びでわざとということもありえると勝手に納得されていた。
「同族たる人間を商品として売る。本当に色々考えるわね。誰が最初に考えたのかしら」
『さぁー。多分神様じゃね?』
「ありえるわね。残念ながらいないけど。いや、もしかしたらいたのかしら? そもそも神って何かしら」
『神様は神様じゃん』
頭の悪い答え。ステラはふと違和感を覚える。クレバーはこんなに頭が悪かったか。そもそも、語尾がこんなだったか。こんなに喧しいものを果たしてステラは傍に置いていたか? であるならば退屈を覚えただろうか。疑念が生じるが、クレバーはクレバーであることに違いない。それだけは分かる。
「貴方、そんなに頭が悪かったかしら」
『いきなりひどいじゃん』
「長い時間を生きればそうなることもあるのかしらねぇ。異端というやつ?」
『ウケケ! ご主人が言うと説得力があるぜ! ウケケケ!』
「貴方もよく笑っていられるわね」
『笑うしかないじゃん』
「そういえば、もしも、私が記憶を取り戻さなければ、あのままここに売られていたのかしら? それぐらいしか小娘にできそうなことはないものね」
ベックに尋ねる。
「え、えっと、その。その通りです。今までも大抵そんな感じで。絞るだけ絞って、最後は始末するか売り飛ばすのがいつものやり方でして」
バツの悪そうなベック。また折檻されるのではないかと脅えているのだ。
「一体幾らぐらいの値段が私にはつくのかしら」
「えっと、餓鬼――子供で、肉付が悪いと、いいとこ銀貨10枚ってとこかと。飼うのにも食費が掛かりますんで」
市場の檻を見回してみる。確かに、年齢が低いものは大抵銀貨10枚前後か。容貌がそこそこ良さそうなのには上乗せされている。案の定女の方が値段が高い。
「私は銀貨10枚の価値しかないのかしら? 安いわねぇ」
「……多分もっと安いかと。病気を持ってそうなのは本当に売れないので。えっと、ステラ様は、顔色があまりにも。さっきも言いましたが食わせるのにも金が要るんで、ぽっくり逝かれると丸損ってわけで」
「ふふっ、正直ねベック。ま、一度くらい檻に入るのも悪くない経験かもしれないわね。新しい世界が見えるかも」
『それってただの変態じゃね?』
「そうかしら。人間の悲哀を感じられそうじゃない? 悲しくて震えちゃうかも」
『ウケケ、俺は鳥小屋に入れられてるときいつも悲哀を感じてたぜ! 一応聖獣なのにひでぇじゃんか!』
そんな記憶はない。鳥小屋に収まるような大きさではなかったはずだ。いや、あの場所が鳥小屋というのであれば納得だ。ステラはあそこを墓標と認識していた。実に的確な表現だと思った。今もいるであろう墓守は何をしているだろうか。二度と会うこともないので、特に興味はない。
「まだあるのかしら?」
『知らない。終わってる場所のことなんてどうでもいいじゃん』
「その気楽さが本当に羨ましいわ。長生きの秘訣かしら」
ステラが褒めると、嬉しくなさそうに嘴を鳴らした。
適当に商品を眺めてみる。老若男女、どの奴隷も死んだような目をしている。死人同然だ。死ぬ気力もないのだろう。流れるままに生きればそれで良いというのが見てとれる。あまり欲しいとは思わない。似たような経験を語られても、あまり面白くない。だから、ベックのような人間も一人でよいのである。
期待はできないが、一応確認しておくことにする。
「ベック。貴方、何ができるの?」
「へ、それは、どういう意味で?」
「ああ、ごめんなさい。質問が漠然としすぎていたわ。貴方の得意なことはなにか聞こうと思って」
「えーっと、借金取立てはそこそこでしょうか。あとは縄張り巡回とかはよくやってました」
「腕に自信は?」
「……そこそこあるつもりなんですが、商会じゃまだ下っ端の身で」
「あっそう」
借金の取立てに自信があるそうだが、ステラ相手に失敗している。ステラがいなかったとしても両親を死に追いやっている時点で失敗だ。目的である金の取立てができていない。縄張り巡回も商会の看板あってこそのもの。
「家事はできるの? 接客は? 金勘定は得意?」
「……飯は酒場で適当に。洗濯やらは商会の奴隷たちにやらせてまして。接客やら金勘定なんて一度も」
「あっそう」
大体の能力は把握できた。典型的なごろつきである。組織の威を借りて弱者を脅し、それより強い者が現れるとへりくだる。家事全般を任せるのも止めた方がよさそうだ。となると、雑用兼店の護衛もどきが適任だろう。
不要な気もしたが、栄えある一個目の所有物なので捨てるのはもったいない。記念という人間的なものは大事にしていきたい。無駄だというのは分かっていて、あえてそれを行なう。実に人間らしい。
「あ、あの?」
「さて、どれくらい必要かしら」
「な、何がです? 代金のことですか?」
「店番と私の話し相手兼暇つぶし、それと家事全般を担当する人員の数よ。私は健康状態を優良に保ちたいから、睡眠時間は5時間は欲しいの。本当は寝る間も惜しいのだけれど、妥協してこれくらいかしら。ああ、健康のために昼寝もしなくちゃ。そのためにも、できるかぎり不必要な作業はやりたくないわね」
『本当に我が儘だぜ! 自分の飯くらい自分で作れっての!』
「うるさいわねぇ。これからの50年を有意義に使うには、身体だけじゃなく頭をしっかり使わないといけないわ。人生短いからね。家事に費やされる時間は金を払うことで節約するわ。時間を金で買う。素敵な言葉ねぇ」
ステラはひらひらと手を振った。これから毎日身体を鍛え、人間を観察し、話を聞いて、見て回らなくてはならない。この街に飽きたら別の場所に移り、また同じことをやる。そして途中で種を入手して子供を産む。人間の素晴らしいところは、その継承能力の高さだ。生きた証を残すというのは、実に人間的である。
「えーと、四、五人ぐらい買えばいいんじゃないですかね。た、多分ですけど……」
ベックがあからさまに適当に答えたので、ステラは眉を顰める。
「考えて、その答え?」
「う、いえ、それぐらいかなぁと」
「適当に答えを言うのは止めなさい。答えを待っている時間がもったいないわ。……と思ったけど、それが貴方が貴方である証左だろうから、仕方ないわね。ええ、実に貴方らしくていいわ、ベック。あなたは実に、本当にベックね」
『人様をベックベックって、ほんとに酷いご主人だぜ! よう相方、頑張って生きていけよ?』
「あ、ああ、ありがとうよ」
よく分かってないベック。ステラは直感を頼りに近くの檻へと向かい、商品の品定めをする。
「まず一人目は、このおばさんにしましょうか。特に理由はないけど、家事の経験が豊かそうじゃない?」
疲れきって、髪がぼさぼさの中年の女を指差す。黒い髪には白髪が混じり、実際よりも年配に見える。首からさがった木札には、マリーと書かれている。値段も安い。
「……え?」
「貴女よ、マリー。ステラ雑貨店の店番兼家事担当として、買い取ってあげるわ。ふふっ、こんな小娘が、人間を“買い取ってあげる”ですって。こういう感情をなんていうのかしら」
『ウケケ、それって愉悦じゃね?』
「それも多少はあるけど、多分悲哀もあるんじゃないかしら。そういうのが混ざり合った複雑な顔をしていない?」
ステラがクレバーを見つめる。
『そうかなぁ? 顔はそう言ってないじゃん。わくわくしてる顔じゃん』
「私が言うのだからそうなのよ。さてさて、後二人くらい選びましょうか。どれにしようかしらっと。直感を大事にしたいわねぇ」
次は力仕事ができそうな男がいいだろう。波長が合いそうな人間はいないか探す。壮年男性で、役立ちそうな人間はいなかった。大抵、そういう人間は労働用として買われているそうだ。残っているのは、少年ばかり。見目麗しいのは、別の目的の人間が買っていくらしい。残りは、身なりが小汚い者ばかり。いわゆる、ベックの子供版である。能力も当然お察しだろう。教育してもいいが、今は即戦力か目を惹くような面白いものが欲しい。
「……残念ながら男は今回は保留ね。つかえそうな人間が本当にいないわ。ベックみたいなのばっかり」
『そういうのはもういらないじゃん。買わなくても転がってるし。お金は大事じゃん』
「貴方の言う通りね」
「ひ、ひでぇ」
ベックが肩を落としている。
「最低でも店番を任せられそうな人間を探しましょう」
と、そこにみすぼらしい襤褸を被った少年から唾を掛けられた。そちらへ向き直ると、勝ち誇った笑みを浮かべる少年がいた。
「その歳で人間を品定めとは大したご身分だな、この糞が! へっ、ざまぁ見やがれってんだ!」
「こ、この餓鬼、お客様になにしてやがんだ! ぶち殺すぞ!」
「へっ、お前ら全員地獄に落ちればいいんだ! この悪党ども!」
ぼさぼさの金髪、埃塗れの体に顔。木札の名前は、ライア。銀貨10枚。一見、他の奴隷と大して違いはない。だが、反抗的な目つきが実に面白いとステラは思った。実に面白い話が聞けそうである。
唾を袖で拭ってから、ライアの檻を指差す。
「これに決めたわ。ねぇ、そこの貴方」
「は、はい。どうか今回はご容赦を。無礼をした分、金を支払いますので。それに、この餓鬼は今すぐぶち殺します! まずは両手両脚圧し折って、最後はドブ川に放り込んでやる!」
「死んだほうがマシだ! この豚野郎!」
「そんなことをしては駄目よ。これからそれを買うのだから。あっちの檻の、マリーとかいう中年女と、そこのライア。二人を買うわ。ふふっ、やっぱり背徳的よね。妙にぞくぞくしてくるのはどうしてかしら?」
『やっぱり変態だからじゃね?』
「うん、なんの声だ?」
上から聞こえてきたダミ声に、奴隷商人が不審そうにあたりを見渡す。
「気のせいでしょ。さ、それよりさっさと取引を済ませましょう」
「本当に、こいつらでいいんで? もっとマシなのは幾らでもいますが。こいつらは売れ残りで、お世辞にも」
「私が決めたと言っているのよ。なら問題ないでしょう」
「へ、へぇ。それじゃ、サービスさせてもらいますんで、それでさっきの件はどうか水に。――では、これくらいでいかがでしょう」
中年女と、小汚い少年の命は、実に安いものだった。宝石一つ分の価値もない。ステラは問題ないと軽く頷くと、指を鳴らしてベックに支払いを行なわせる。完全に支配者と従者。たった半日の付き合いだというのに、ベックの反抗心はほぼ消えうせている。調教は順調のようだ。
「へへっ、毎度ありがとうございます。また、必要でしたらいつでも私にお声を。また新しいのを入荷しておくんで。お嬢様には、もっと若くて活きの良い男もご紹介できますぜ。まだ早いかもしれませんが、若い頃から色々調教するってのもアリですぜ」
「必要なときがきたら、お願いするかもね。それじゃあ、皆行きましょうか。店に戻ってから、これからのことを話しましょう。珈琲が切れてきて、ちょっと頭が痛くなってきたからね。この痛みは、人間になっても変わらないのね」
『あそこで珈琲なんて飲んでたの、ご主人だけだったじゃん』
「珈琲は退屈という感情を和らげてくれるのよ。唯一役に立つ遺産だったわねぇ」
ステラはこめかみを抑えると、ためいきをつきながら、帰路へとついた。おろおろとするマリー、反抗心露わなライア、虚ろな瞳をしたベックを引き連れて。
誤字脱字は都度直していきます。感想は全て読ませていただいております。いずれ返信したいと思っておりますが、ちょっと時間が。申し訳ないです。でも空き時間で頑張りたいと思います。






