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極星から零れた少女  作者: 七沢またり


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第十八話 忘却

 ヴァレルに抱えられてグレン雑貨店へと帰宅する。到着した頃には陽は完全に落ちており、ランタンと月の明かりだけが街を照らしている。酒場、娼館、賭博場はこれからが稼ぎ時だろう。彼らのような仕事には、平日や安息日などは関係ない。


「ここよ」

「……グレン雑貨店、か。中々風情のある店構えだな」

「素直に薄汚いと言っても構わないわ」

「俺はこういう所の方が落ち着く方でね。……ところで、外の連中はなんだ?」


 ヴァレルが視線を向ける。気だるそうに道に座り込んでいる若い男たち。酒瓶はもっていないが、その代わりに星屑の涙と米菓子をぱくついている。得物である剣やら短剣は一応手の届く範囲においてあるから、警備する意志だけはあるようだった。


(これがメイスが派遣できる精一杯の人員。金勘定やら悪巧みは得意のようだけど、荒事関連は全く駄目みたいね)


 金庫番などと嘲られている一因か。金は確かに重要だが、力がなければ舐められる。ないのであれば金を使ってでも揃えなければならない。それでこういった面子ばかりしか集められないということは、人を見る目がない。だから商会の後継者として選ばれないのだ。


「一応、ウチを警備してくれている人員ね。この店はストック商会所属らしいから」

「それなのに、わざわざ護衛が必要ということか」

「狙われるだけの理由があるのかもしれないわねぇ。それに、この面子に何か期待できそうかしら?」

「……非常に納得できる理由だな。とりあえず、中に入っても構わないか?」

「問題ないわ。降ろして頂戴。ここまでどうもありがとう」


 感謝の言葉を述べると、ヴァレルは奇妙な顔をする。


「何かしら?」

「ははは、素直に感謝されるとは思っていなかったのでな。思わず面食らったぞ」

「労働の対価として言葉を述べることくらいなんでもないわ」


 そう告げて、店の中に入る。座って談笑していたライア、マリーがこちらを向く。


「おかえりなさい、ステラさん」

「お、おかえり」

「ただいま。店はどうだったかしら?」

「今日もお客さんの入りは上々でした。ただ、品揃えが悪いという意見も頂きました」


 マリーがメモを見ながら報告する。模範的な働きぶり。店の経営自体を任せても良いのかもしれない。はっきりいって、ステラにはやる気がない。雑貨店の店主として一生を終える気はさらさらない。折角の人生なのに世界が小さすぎる。店は大事だが、もっと色々な人間と関わりたいのだ。


「それは、雑貨店として? それとも酒場もどきとして不足ということかしら」

「両方です。希望としては、薬草、包帯、火打ち石、浄水石、保存薬などを大量に入れて欲しいと。持ち運びできる食料品も欲しいそうです。後は席をもっと増やして欲しいと」

「そう。席については一旦保留。仕入れ関連は商会を通して勝手に行なって構わないわ。マリー、商品の選別、発注数量などは貴方に一任する。好きなようにやりなさい」

「さ、流石にそれは。お金のやりとりも必要ですし。そこまで私が勝手にする訳にはいきません」

「貴方を信用して任せる事にするわ。もちろん、増えた仕事についての代価も支払う。星屑の涙については、今後も私が責任をもって製造するから、それは心配いらないわ」


 ステラがそう告げると、暫しの間マリーは困惑していたが、真剣な顔で頷いた。


「……分かりました。お引き受けします。私なりに全力を尽くします」

「そんなに思いつめなくても良いわ。失敗しても貴方のせいにはしない。気楽にやるといい。……さてと、何か言いたい事でもあるのかしら、ライア。さっきから私の顔をじーっと見つめているみたいだけれど。そんなに愉快な顔をしている?」


 ライアの方へいきなり振り向いてやると、うひゃっと叫んでひっくり返りそうになっている。相当びっくりしたようだ。反応が面白い。


「い、いや、その、驚いてただけさ。マリーさんが店長代理を勤めるなんて思わなかったから。結構大胆なことするよな」

「そうするのが一番だからよ。私よりもこの店を上手く経営してくれると思う。はっきりいって、私はただの世間知らずの小娘だからねぇ。今の私では信用を得るのは難しいわ」

「よく言うよ。そんな人間がこんなに上手くやれるかっての」


 むくれるライア。だが、まだ何か言い足りないようだ。口がもごもごしている。


「で、まだ何かあるのかしら?」

「……えっと、朝、言い過ぎちゃったことなんだけど。こんなに好きにさせてくれてるのに、勝手なことばかり言っちゃって。本当にごめん。俺、こんな感じだから、言葉遣いとか悪くって。その、なんというか」


 しどろもどろに謝罪してくる。彼女にとっては大事なことなのだろう。


「別に気にしていないわ。むしろ、貴方の反応を見て色々勉強させてもらっているからありがたいの。人間の面白さ、奥深さ、浅はかさ、貴方は色々な面を持っている。だからもっと自信を持つといいわ。私はそれをじっくり観察させてもらうから」


 ステラが褒めてやると、ライアはうーんと苦笑いを浮かべた。


「褒められているような貶されているような。なんだか微妙な気分だ」

「貴方は私のものだから。自分の物を貶す人間はいないでしょう」

「うーん、じゃあベックは?」


 ライアが間髪いれず尋ねてきたので、「あれは特別よ」と即答する。

「なんだよそれ」とライアは噴き出し、ようやくいつもの様子に戻った。そして、入り口に突っ立ったままのヴァレルに視線を向ける。先ほどからちらちらと視線を送っていた。何者なのか気になっていたようだ。


「えーと、その人が、買ってきた……あー、雇ってきた新しい護衛の?」

「ええ」


 ライアは奴隷とは言葉に出さない。人間を金で売り買いするのはやはり受け入れられないのだろう。


 ステラは別に気にしたりはしない。あそこは一種の保留場だと思っている。あの奴隷市場がなくなれば世の中良くなるかといえばそうじゃない。奴隷たちは勝手にどこかで野たれ死ぬだけだ。金もなく、頼る人もなく、行く場所さえないから、彼らはあそこに売られてきた。それがかわいそうだと思うのなら、全員を買い取ってやり、住む場所と働く場所を与えて面倒を見てやれば良い。だが、奴隷候補たちは次々と現れる。全員助けてやれるはずもない。では誰を助け、誰を見捨てるのか。生と死を選別する基準は。それを行なう者はまるで神のようではないか。――あの塔の下で塵となった者たちは、それを選別する者たちであった。自分たちこそが最も優れている。だから時を越えて再び復活するために眠りにつく。だが見事に塵となった。実に笑える話だ。


「おーい。人の話を聞いてるか? さっさと紹介してくれよ」

『ご主人ご主人。また遠いところへ行っちゃってるじゃん』

「ちょっと考え事をしていたわ。こういう時間も、私が生きていく上では必要なの。ただ、あまり時間は残されていないから考え込んでもいられないけれど。本当、人生って短いわよねぇ」


 ステラは心から溜息を吐いた。だが、短い分だけ充実した毎日だ。とても楽しい。退屈や停滞とは無縁である。だが短すぎる。短いからこそ充実している。だから悲しい。泣けてくる話だ。


『ご主人、泣くことないじゃん。笑った方が素敵じゃん』

「私は泣いてないわ。いきなり失礼ね」


 心を読み取る能力もないくせに、目聡い鳥である。長い付き合いだから仕方がない。


「……短い短いって。本当に生き急ぎすぎだろう。ステラはまだ十歳じゃないか。俺より年下なんだよ? それで短いって言ってたら、俺の立場がないじゃないか」

「人は人、私は私。何よりも大事なのは私の意志よ。そして、私に残されているのは、後たったの――」

「五十年、だろ? それだけあれば十分だっての! もっとゆとりを持って生きたって」

「最後、這い蹲って死ぬ時に後悔したくないから、日々を精一杯生きるのよ。これは私の生きる方針ね。だらだら生きるなんて冗談じゃない」


 あれもしたかった、これもしたかった、などと思いながら血反吐を吐いて死ぬのは嫌だ。短かったけれど十分生きたとそれなりに満足して死にたいものだ。


「まぁそれはともかく、早く紹介してくれよ。ほら、なんだか困ってるじゃんか」

「気を遣ってくれて助かる。実のところ、少々居心地が悪かったところだ」


 手持ち無沙汰のヴァレルが困ったように立ち尽くしていた。


「へへっ、いいっていいって。それにしても、着てる鎧は凄いし、こんな立派な大剣、俺見たことないよ! 本当に強そうだなぁ。凄い凄い!」

「彼は、元剣闘士のヴァレル。ヴァレル・アートよ。今日まで闘技場で働いていたのを雇ったの」

「へー、剣闘士か! それは凄いなぁ。道理で凄い剣持ってるわけだよ。あ、俺はライアっていうんだ。一応、この店の手伝いみたいなのをやってるんだ。これから宜しく!」

「私はマリーと申します。ステラさんの店で働かせていただいています。これから宜しくお願いしますね」

「二人とも、丁寧な紹介をありがとう。俺はヴァレルというものだ。今日から迷惑をかけることになるが、宜しく頼む」

「へへっ、それにしても剣闘士かー。その紅い大剣は飾りじゃないんだよな! 本当に格好良いじゃん! すげーじゃん!」


 ライアが興味津々にヴァレルに近づき、大剣を観察している。女のくせに、少年のように無邪気にツンツンと触り始める。ヴァレルは危ないぞと警告しながらも、特に怒ったりはしない。


「勿論だ。今日からしっかりと用心棒として勤めさせてもらう。警備や護衛だけじゃなく、肉体労働も喜んで引き受けるから遠慮なく言ってくれ。大体の事はこなしてみせる。孤児院の手伝いをしていたから、家事も多少はできる」

「そ、そうなのですか?」

「ああ、任せてくれ。実は、食事についても少々うるさいほうでな。そのうちステラの食事内容について口を出させてもらうかもしれん」


 何となく嫌な予感がしたが、何事も経験だ。訳の分からない食材、調味料が使われていない限りは我慢する。


「それは助かります。ステラさんの食事内容は私も色々と考えてはいるんですが。後で是非お話を聞かせてくださいね」


 話が勝手に進んでいく。ステラとしては出されたものを完食するだけ。


(マリーはともかく、この大男が家庭的とは想像もしなかった。人間、話してみないと分からないものね)


 そのうち、マリーと一緒にエプロンをつけさせて接客を担当させてみようか。大きな身体に花柄エプロン。意外な組み合わせで面白そうだ。そんな邪悪なことを考えていると、ヴァレルがこちらを見て嫌そうな顔をした。剣闘士だけあって勘が良いらしい。


「へへ、凄い良い人雇ったみたいじゃん! しかも人間もできてるし。どっかのベックやごろつき共に聞かせてやりたいじゃん」


 さっきから語尾がクレバーだなと思いながら、ふとベックがいないことに気がついた。家出でもしたのだろうか。


「そういえば、ベックはどうしたの? 見当たらないけど。もうすぐ夜間の警備でしょう。あの馬鹿は何をしているの」

「なんか人が変わったみたいに裏庭を耕してたよ。時間には戻るってさ。折角だから野菜の種を渡しておいたけど。それでいいんだよね?」


 そういえば裏庭を耕せと命令していた。あまりにどうでも良い事だったので記憶から消去してしまっていたようだ。一応所有物なのだからもう少し気を配ってやる必要がある。気配りと言うのは人付き合いの潤滑油らしい。メイスの格言集に乗っていた。気を配るというのは、つまり存在を覚えておくということだ。忘れないように注意しよう。どうでもよくなった場合は、下級ごろつき、役立たず、馬鹿者、屑、糞虫のいずれかに進化する。


「……ええ、手間が省けたわ。彼には野菜栽培を任せましょう。成果が楽しみね」

「なんかあったのか? 今までになくえらいはりきってたけど。多分、途中でバテるよ、あれは」


 それを繰り返して体力は増えていく。ステラも同じことをする。どちらが音を上げるのが早いか。ステラは絶対に止めるつもりはない。


「さぁ。良く分からないわねぇ。ただ、少し褒めてあげただけよ」


 ステラはそう言って、椅子に腰掛けた。


「そういえば、貴方、他に私物はないの? あるなら商会の人間に取りにいかせるけれど」

「この皮袋に入っているだけだな。基本的に、余計なものは持たないことにしているんだ」


 中身が詰った皮袋を見せてくる。


「それはどうして?」

「金さえあれば大体なんとかなるからだ。余計な私物が増えれば重荷となり、いざというときに不利となるからな。常在戦場の心得というやつさ」


 どこの言葉かは知らないが、なんとなく意味はわかる。ヴァレルは己を鍛える事に生きる価値を見出しているようだ。それがなぜステラについてくるのか。それを知る日が来るのが実に楽しみである。ステラは自分の髪を軽く触ってから微笑んだ。


(そういえば、髪を触るのが癖になっている。これも新しく身につけたものになるのかしら。興味深いわ)


 以前の自分には癖はあっただろうか。記憶に靄、或いは虫食いが生じていていまいちはっきりと思い出せない。クレバーあたりなら知っているに違いないのだが。何故か知らないがあまり喋りたがらない。今の人生を楽しむのに必要のないものだからと。

 と、再び考え込みそうになってしまったので、話を繋げる。


「なるほどねぇ。ところで、貴方の寝る場所なんだけれど――」

「どこでも構わないさ。野宿にも慣れている。雨風凌げるだけで楽園みたいなものだ」

「寝る時は倉庫を自由に使って頂戴。普段は警備も兼ねてこの店内で寛いで構わないわ。外にいる連中も必要なら勝手に使っていいから」

「色々と手配してくれて感謝する。至れりつくせりだな」


 ヴァレルはそう言うと、大剣を外してようやく腰を下ろした。


「貴方に任せたいのは夜間警備と、私の護衛。睡眠時間は朝から昼過ぎまで当てて頂戴。午後は私が命令しない限り自由時間よ。休日が欲しい場合は私に言ってくれれば手配するし、他についても柔軟に対応するつもり」

「よく分かった。ちなみに、警備しながら訓練していても構わないかな? 勿論、仕事を怠るつもりはない」

「仕事をこなしてくれれば好きにしていい。仮眠を取ろうが何をしようがね」


 常在戦場の心構えのヴァレルならば、心配はいらないのだろう。気配を感じたら即座に起きて叩き潰すぐらいのことはしてくれそうだ。


「これで盗人が来ても安心だな! 外の連中はもういらないから追い払っちゃおうか。昼間は店で騒いでてうるさいんだ」

「警戒線みたいなものだからいてもらいなさい。役立たずでも声ぐらいはだせるでしょう。どうせ金を払っている訳でもないし」


 ステラが言い放つと、それもそうだと納得する。そうそう万が一はないとは思うが、彼らの悲鳴が聞こえたら緊急事態ということだ。ステラの城はこの頼りない雑貨店。あまりに防御が貧弱なので、そのうち改築することも考える。


(お金はメイスにでも出させるとしましょう。守りやすくなるとでもいえばなんとかなるでしょうし)


「ところで、先に言っておきたいことがあるんだが――」


 ヴァレルが重々しく口を開く。先ほどまでとは違い、深刻そうな表情だ。


「何かしら」

「もしかしたら。……いや、ほぼ確実に、厄介事がやってくると思う。そのときは、すぐに俺を呼んでくれ。即座に対処しないと被害が増すかもしれない」

「あらあら、一体何がくるのかしらね。まさか、伝承のドラゴンかしら?」


 ステラがからかい気味に尋ねると、ヴァレルは今までで一番嫌そうな顔をした。


「――そうだな。一言で例えるなら、嵐だな」

「嵐?」

「動物に例えると、猪だ。嵐の如く場を掻き乱し、猪の如く突っ込んでくる。人の話はあまり聞かない」

「……必ず食い止めなさい。誰なのか、何なのかは今は聞かないから」


 ステラは少し頭が痛くなってきた。どうやら珈琲が足りないらしい。マリーに早速注文することにした。彼女の淹れた珈琲は苦味と酸味のバランスがとれていて実に素晴らしい。

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