第十五話 人間
「本当にどうしようもない場所ねぇ、ここは。いや、街と言った方がいいのかしら」
「すみません。俺にもっと迫力があれば、寄ってこないんと思うんですが」
十人ほどベックがいれば迫力とやらは多少上昇しそうだが、鬱陶しくて耐えられないだろう。
「少しくらい治安のよい場所はないのかしら?」
「北区は金持ちばっかりなんで。しかも入るための門はガチガチに固められてますぜ。後は、組織の縄張り内なら、結構安全なんですが」
店、住人から安全と引き換えに金を搾取する。それを払わない連中は知ったことではないわけだ。領主がそういう統治方針なのだから仕方がない。この街には弱者を守るような法は存在しない。
「街の住民だとしても、金を払わない余所者には厳しいってことね」
「そういうことです。だから、ウチらはやっていけるんですが」
「それにしても、私は本当に鴨に見えるみたいねぇ」
目的地の奴隷市場につくまでに、3回ほど絡まれた。若いのやら中年やら、果ては物乞いの姿をした老人にまで。相手が子供ということで御しやすいと見たのだろう。
前回と違い、ステラの格好は整っている。ぱっと見では、それなりの身分の子供が、好奇心に駆られて街へ飛び出したと見られてもおかしくない。連中からすると、絶好の標的にしか見えない。しかも、護衛はベック一人。脅しが効かなければ強引にかどわかし、親から金をせびり取る算段なのだ。
『俺っちのおかげじゃん!』
「余計な労力を使わずにすんだのは貴方のおかげね。褒めてあげるわ」
クレバーがその度に上空から攻撃を仕掛けて追い払ってくれた。誰だって嘴で頭をひたすら突かれるのは嫌なものだ。
一々魔水晶の力を使い、行動を阻害するのは非常に面倒くさい。現在の実用的な攻撃手段としては、敵の肉体の自由を封じ、急所に直接攻撃を加えることと、生命力を吸収するぐらいだ。破壊的で壊滅的な魔術の類は残念ながら使えない。魔力の供給源はこの魔水晶となるが、術者の肉体がその負荷にとてもではないが耐えられない。ステラの魂により、魔水晶は制御されている。だが、魔法行使の際はステラ自身の体力、及び魔力容量も必要とされる。魔水晶が水源ならば、ステラは水路のようなもの。無理をすれば決壊する。
『俺っちがいる限り、ご主人は生涯安全安心じゃん!』
「後50年、宜しく頼むわね」
『任せるじゃん! 墓の用意から葬儀まで全部やってあげるじゃん!』
「死んだあとのことなんてどうでもいいけど。その気持ちは受け取っておくわね」
クレバーは嬉しそうに飛び回る。本当に長い付き合いだ。数多くいた聖獣の中で、唯一ウマがあったのがこいつである。停滞した場所で、長きに渡りやっていけたのはクレバーのおかげである。あの場所では『死』などという逃避は決して許されない。永遠と停滞はステラたちを束縛し続けた。灰色の記憶が脳裏に蘇る。吐き気が込上げてくる。
退屈というのは魂を殺す。それは聖獣にも当てはまる。だから、彼らはあの停滞した場所を次々と見捨てていった。クレバーはそれでも残ってくれた。今あそこにいるのは、頑固者一人と一匹だけだ。あいつらは機能が続く限り見守り続けるのだろうか。それとも、いつの日か考えは変わるのだろうか。最早確認する術はない。
埋もれていた記憶の一つが再生される。
―もう何もない。私には分かっているの。だから、もう終りにしましょう。どうせ答えはいつもと同じでしょうけれど。
―却下する。私達の使命は来るべき目覚めの日まで、この場所を管理、防衛、維持すること。他にはなにもない。
―維持とは笑わせてくれる。貴方も気付いている癖に。ねぇ、開けて確かめてみたらどう? 下がどうなっているかを。どうして頑なに見ようとしないのかしら?
―解除命令があるまで解呪することは禁止されている。私達の使命から完全に逸脱している。誰であろうとも、それに反した場合は制裁を与える。
―ねぇ、知ってる? 植物に水をあげすぎるとどうなるか。分からず屋の頑固者に見せてあげましょうか。
あれが決して認めようとしない事実。何百、何千、何万と繰り返し告げた真実。あの下にはもう何もいない。補助型として配置されていた自分には全て分かっている。何が起こったのかも。眠りの塔は最も大事な役目を果たす事無く、そのまま巨大墓地へと姿を変えた。世界中にばら撒いた災いの報いを受けて、目覚めることなく彼らは滅びた。自分達で撒いた災いを恐れて眠りについたくせに、最後は慢心して災いの力を侮った。それだけのこと。皮肉なことに、塔のお蔭で世界の大半は見事に浄化された。実に笑える話だ。
――クレバーがこちらを見つめている。直後、思考に強烈なノイズが混ざる。今の自分は力の弱いただの人間だ。余計なことを考える必要はない。思い出す必要はない。
「あの、入らないので?」
「ちょっと思考に耽ってしまったわ。入りましょうか」
市場の中に入り、適当に見て回る。やはり死んだ目をした人間しかいない。生気というものを感じさせない。殺されるのを待つ家畜にすら思える。そういう状態にさせるのが、奴隷商人の仕事なのだろうが。これでは面白くない。
ライアとマリーを買ったときの奴隷商人が目に入ったので、近づいていく。
「いらっしゃいませ。こちらは初めてでしょうか? 宜しければ詳しくご案内させていただきますが」
「一度来たことがあるから大丈夫よ。私の顔に、見覚えはない?」
帽子を少しあげ、顔を見せる。どうやら、ステラと気付かなかったようだ。先日はとんがり帽子はなく、服もあまり綺麗とはいえないものだった。今は子供用とはいえ、魔術師を模したものを着込んでいる。
「……ああ! これはこれは、あの時の。いやぁ、見違えましたよ。今日は、魔術師の仮装ですかな? 先日の貧民の格好といい、中々素晴らしい趣味をお持ちのようで!」
「それはありがとう。褒めてくれてうれしいわ」
説明するのも煩わしいので、適当に流す。
「本日は、また新しい奴隷をお買い求めで?」
「ええ。戦えるものを探しているんだけど。具体的にいうと、このベック十人分くらいの戦闘能力ね」
奴隷商人がベックに視線を向けた後、苦笑する。
「そこの護衛の方ぐらい頑丈な奴は、労働力か剣奴用に直ぐに売れてしまうんですよ。腕が立ちそうなのは得意先に優先して流してしまいますし。男で残っているのは見ての通り、顔がそこそこ整っているか、死ぬまで使い潰せる子供ぐらいですか。まぁ、普通に探すのは難しいですな」
「その言い方だと、他にも手段があるのかしら」
「あるといえばあります。例えば、安息日にのみ行なわれるオークションに参加していただき、落札していただく方法です。とはいえ、こっちに出品されるのはほとんどが貴族崩れの女ばかり。裕福な方々は、こういう連中を貶めるのが大好きなようでして。いやはや、こちらとしては大助かりですが」
「なるほど。それじゃあ今日は無駄足だったかしらね。残念ねぇ」
高い金を出してまで、そういう女を手に入れる必要性は現在のところない。過去の栄華と落ちぶれた経験を聞けるくらいか。
わざわざ出向いてきたのに、時間の無駄であった。得た経験といえば、ベック以下の連中に三度絡まれただけ。ちなみに、連中は重傷なのでしばらくは動けないだろう。どこかの組織に所属していなければ、しゃぶられる側になるということだ。自然の摂理というのはこんな街でも成り立つらしい。素晴らしい事である。
「……そうですねぇ。もし、腕の立つ人間をお探しでしたら、闘技場でスカウトするという手もありますよ。まぁ、私としてはウチで買っていってもらいたいのですが、今後もご贔屓にしていただけるんでしょう? 是非とも、お父様にも宜しくお伝え下さいね」
揉み手をしてから愛想良く笑う奴隷商人。実に気持ち悪いが、害はそれだけなので素直に肯定しておく。別にステラを気に入ったわけではなく、その後ろにある金、あるいは権力に対して機嫌をとっているだけなのは言うまでもない。金持ちの娘と勘違いしているだけだ。
「ええ、分かったわ。色々教えてくれてありがとう。次も、宜しくね」
「またのお越しを心よりお待ちしております。子供のころから仕込んで、好みに育てるというのも最近の流行でしてね。次はそこらへんも詳しくご説明いたしますよ」
「あっそう」
「次も是非、是非ともウチをご利用いただけますよう。ありがとうございました」
揉み手と愛想笑いが実に気持ち悪いが、仕事熱心なのは良い事だ。
賑わいを見せる奴隷市場から出る。ここで自由に動いている者は、人間を買いに来ているということ。いつ見ても興味深い光景である。
「そういえば、やけに自分の店を売り込んできてたわね。一つの組織が運営している訳ではないのかしら」
「はい。東西南北のトップの組織が自分の息の掛かった商人を送り込んできてますぜ。西区からは、パルプド組合ですね。ですから、メイスさんとしてはいつか蹴落として、その利権に入り込みたいとかなんとか。色々面倒なしがらみもあるそうですが」
これ以上詳しい事は知らないと、申し訳なさそうなベック。
「今度、メイスにでも色々と聞いて見ましょうか。勉強になりそうだし、色々と面白そう」
「俺も勉強してみます。頑張りますよ!」
「頑張りすぎて転ばないようにしなさい」
ステラは表情を変えずに告げる。余計なことをしでかさなければそれで良い。0ならば我慢できるが、それを下回るのは我慢ならない。
ちなみに一般常識ならば、ステラもある程度は知っている。表からは見えないような深い情報をステラは求めている。知る事は成長につながる。それを求めてステラはこうなったのだから、積極的に干渉していきたい。
ちなみにこの街の常識の代表的な1つとしては、街を牛耳っているのはジョージア家のグレッグスということ。彼に逆らった場合、この街で生きていく事はできない。ジョージア家から睨まれることは死を意味する。それがいつまで続くかは分からないが、現在のグレッグスはこの街の王であり皇帝なのだ。街の収入源たる、北区の富裕層、中区の繁華街、闘技場、奴隷市場の利権を握っている。表に出せない麻薬利権もだ。軍事、外交、内政もグレッグスの意向が反映されている。兵を揃えて軍事に金を掛けるよりは、星教会と帝国に賄賂を送り中立を維持することに腐心しているようだ。立場としては星教会よりとして多額の寄付金を納め、裏では帝国に金を送り兵を向けられないようにする。その金の出所はといえば、各組織の上納金。そして、それらは弱者から搾取してきたものとなる。下から上へ吸い取られる構図。
視点を更に上にすれば、グレッグスとて吸い取られる者の一人だ。支配の頂点に立つ為に、星教会と帝国は戦を繰り広げる。その度に命と金が消費されていく。最下層の人間は苦しみに喘ぐ。
組織と権力者の名前は変わっても、やっていることはいつの時代も変わらない。だが、その中で様々な人間が命の炎を燃やし、散っていく。それが、ステラにはとても鮮烈に映ったのだ。平坦で退屈で魂が窒息しそうなあの停滞した場所とは異なり、常に激しい動きがある。人間は実に面白いし素晴らしい。
「世の中って、本当に面白いわねぇ」
『まーた危ない顔してるじゃん』
「勉強はしていたつもりだけど、実際に見て聞いて感じる方が断然面白いわ。本当、人間って素敵ね」
『うーん、本当にそうかなぁ。でも、俺っちはご主人が楽しそうならそれが一番じゃん』
「貴方も言葉遣い以外は素敵よ、クレバー」
『仕方ないじゃん。いつの間にか覚えちゃったじゃん』
「ふふっ、さぁ行きましょうか。面白い人間がいるといいわねぇ」
ステラは会話を楽しんだ後、闘技場へ向けて歩を進め始めた。




