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極星から零れた少女  作者: 七沢またり


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第十三話 暗転

 ステラは予定の起床時間よりも早く目覚めてしまった。時計を見ると、まだ太陽は昇っていない時間だ。起きてしまったのは、店のほうからやけに騒がしい音が聞こえてきたからだ。


(……うるさいわね。私の睡眠を妨害するとは良い度胸をしているじゃない)


 ライア、マリーである可能性はない。消去法でいくと残る馬鹿者は一人と一匹。さてどちらだろうか。

 寝巻き姿のまま、のろのろと寝室を出て店へと向かうと、誰かを踏みつけて激昂しているライアと、したり顔のクレバーの姿があった。ライアが踏みつけているのは、背中に何枚もの羽が突き刺さっている男。特に珍しくもないごろつきである。

 近くにいたマリーに声をかける。状況が良く理解出来ない。


「これは一体どういうこと?」

「その、店の売上金を狙って、盗みに入ってきたようです」

「……それは、中々興味深い出来事ねぇ。ただし、夜中に来たのはいただけないわ。おかげで私の貴重な睡眠が妨害されてしまったじゃない」


 ステラはそう言ってから、痛みで呻いている男へと近づいていく。足止め狙いの攻撃だったようで、致命傷には程遠い。クレバーが本気なら既に挽肉であろう。運の良い男である。――今のところは。


「な、なんなんだこの鳥は! くそっ、痛ぇよ! 突くんじゃねぇ!」

『ウケケ、面白いものが見たいだろうと思って、生かして捕まえたじゃん! ご主人、早速処刑いっとく?』

「と、鳥が喋った!」

『きっと死ぬ前に夢見てるだけじゃん! これから五体バラバラにしてやるから覚悟するじゃん。ウケケ!』


 目を見開く男。嫌だ嫌だと大騒ぎしはじめると、ライアが、「うるさいこの泥棒野郎!」と頭を小突く。


「ったく、ウチの稼ぎを盗もうなんてとんでもない奴だ! あー、本当にこの街は屑ばかりじゃん!」

「さて、どうしようかしら。この人間の愉快な頭の中を見てみたいけれど、後が大変よね。店が汚れたらいやだもの」


 ステラが腕組みをして悩んでいると、ライアが慌てた様子で咎めてくる。


「ね、ねぇ。冗談だよね? ……もしかして、本気?」

「構造が一緒なのか調べてみたかったんだけど。まぁいいわ。どうしたら良いと思う?」


 ステラはなんだか興味が失せてきた。屑の今後よりも睡眠に戻りたい。


「……衛兵に引き渡してもなぁ。あいつらもどうしようもない連中だし」


 ライアが溜息を吐いている。弱者を助けてくれるような人間は、この街にはいない。この男がそれなりの金を払えば、即座に解放されることだろう。なんの解決にもなっていない。


「仕方ないわね。ベック、縄で縛ってメイスの手下に引き渡しなさい。適当に処理してくれるでしょう」


 殺すか殺さないかはメイスに任せる。とりあえずいえることは、これはいらない。


「お、おい! ふざけんな! 俺を殺したらどうなると思ってんだ! 俺はパルプド組合の鍵師だぜ? ただで済むと思ってんのか!」

「ああ、だから得意の鍵開けで入ってきて、間抜けにもその有様になったと。……本当に睡眠時間がもったいないわ。ベック、宜しく」

「ベック、てめぇからも言ってやれ! 商会と組合との間での揉め事はご法度ってことをよ。それに俺とお前の仲だろう!」

「う、うるせぇ! 俺はてめぇなんて知らねぇ! いいから黙ってやがれ!!」


 ベックが口を封じようと男の顔面を蹴り付ける。悲鳴を上げるが、さらに蹴り付けて喋れないようにしている。


「……ベック、貴方、この男を知っているの?」

「ぜ、全然知りません! 知らないです! あはは、えーっと、縄ってどこにありますかね! さっさと運んじまいましょう!」


 話を明らかにごまかすベック。嘘であろう。だが眠い。聞き出す気力が今はない。

 朝になったら必ず聞き出してやると決意しながらあたりを見渡すと、近くの棚に置かれている縄が目に入る。ここは雑貨店であり、これは売り物だ。だがどうせ売れないので構わないだろう。さっさと終わらせようと、縄へと手を伸ばす。


「これを――」


 手が届く瞬間、急に視界が闇に包まれる。動悸が激しくなり、心臓が破裂しそうである。耳鳴りがひどい。こんな経験は、自分が誕生してから初めてのことである。何かが、体から離れていきそうになる。それを掴もうと、あるいはしがみつこうとしたが上手くいかない。


「――あ」

「ステラさん?」

「ス、ステラ!?」


 誰かが悲鳴を上げるのが聞こえた。誰なのかはもう見えないから分からない。こちらへと何かが羽ばたいてくる音を聞きながら、ステラは意識を手放した。

 

「…………」

「――何が原因かは分かりませんが、ひどく衰弱しています。今は安静にして体力の回復を待つしかありません」

「本当に、病気じゃないのか? いきなり気を失うなんておかしいじゃないか!」

「巷で流行しているような伝染病とは、症状が異なります。肉体と精神の疲労が原因としか考えられません。私にはこれ以上の診断はできませんよ」

「……分かりました。こんな朝早くに、ありがとうございました。お代はいかほど?」

「いいんですよ。ストック商会からの頼みです。あちらから請求させていただきます。……どうぞお大事に」


 医者が出て行くと同時に、ステラはむくっと起き上がる。


「今何時かしら?」

「う、うわぁ!」


 死体でも見たかのようなライアの顔。面白いが腹が立つ。


「化物を見たような声を出さないでくれるかしら」

「ステラさん! お身体は大丈夫なんですか!!」


 マリーが珍しく声を荒らげる。


「大丈夫よ。原因は大体分かっているから」

「げ、原因?」

「ただの精神的外傷。両親の死が相当堪えているみたいね。いや、一番堪えているのは母に殺されかけたことかしら。それを想起させるようなもの、今回は縄を手にしようとした時に肉体が精神に引き摺られた。それだけよ」

「……えーと、ちょっと、冷静すぎるんじゃないかな。本当に死んだかと思ったのに! 心配したんだよ!」

「ふふっ、それはどうもありがとう。で、今何時かしら」

「ろ、六時だけど」

「そう。ありがとう」

「……なぁ、本当に、大丈夫なのか?」

「完全とは言い難いわね。体力が弱まっているのは分かるわ。だから、今日は一日寝る。大人しくね」

「それが一番だけどさ……」


 心配そうなライア。マリーは手拭で、ステラの汗を拭ってくれた。


「そういえば、さっきのこそ泥は?」

「ストック商会に医者を手配してもらったときに、ついでに連れて行ってもらった。メイスが後で見舞いにくるってさ」

「あっそう」


 ステラは短く区切ると、目を閉じた。生への意欲と、死への渇望。その二つがステラの中で渦巻いている。それが魂とやらを傷つけているのか。ステラはまだまだ生きなければならないと思っている。だが深層心理ではそう思っていない自分もいるようだ。

 こんな苦しみは、前は感じた事はなかった。ある意味では、貴重な経験をしている。ステラは、それに抵抗する事無く、受け入れることにした。時間が解決するかもしれないし、しないかもしれない。一ついえるのは、封鎖したあの部屋に入るのはやめておこうということ。多分だが、自殺行為となるだろう。

 ならばこの店から離れればよいと思うが、全く実行する気にならない。ここはステラにとって大事な場所なのである。だから、あの不味い珈琲を捨てずに飲み続けたりするのだ。そういう不合理なところも、人間であることの証左なのだろう。


(……ふふっ、こんな姿を見られたら笑われるかしら。それともいつも通り呆れられるのか)


 ステラは一人の頑固な女を思い出した後、静かに眠りについた。今日は、一日体力回復に努めよう。動き始めるのは、また明日からだ。

 




 一日を完全に睡眠にあてた翌日、ステラは気分よく目覚めた。こんなに清々しい寝起きは初めてだ。貴重な時間を費やした甲斐があったというものだ。


「おはよう。今日はよい朝ね」

「……おはよう。もう平気なの?」

「あの、お身体は?」

「ええ、全く問題ないわ。病気ではなく精神的なものが原因だもの。体力のなさは元からよ」

「本当に大丈夫? 顔色が悪いのは元からだから、傍目からじゃ分かりにくくて」


 疑わしげなライア。だが本当なのでこれ以上説明しようがない。まだ病には冒されていない。なんとか抵抗力をつけていきたいものだ。


「自分のことは自分が良く分かるわ。私は思ったよりも心が弱いみたいね。精神的に脆い面が垣間見られる。これは良くない傾向だから、改善していかなければならないわ。どのような場面でも、精神状態を一定にしていく訓練もしなくちゃねぇ」

「あ、ありえないほど冷静すぎるし。全然弱そうに思えないんだけど。というか、お前が倒れたとき、本当に心臓が止まるかと思ったよ。なんというか、まるで糸が切れたみたいで」


 倒れたときに悲鳴をあげたのはライアだったか。こちらは動転すると地の部分がでるらしい。いわゆる、女らしい部分である。歳相応なので別におかしいことではない。


「自分のことを客観的に判断することは大事なことよ。人間の人生は短いのだから」

『ウケケ、いつものご主人じゃん! 流石じゃん! 動きも口もキレキレじゃん!』


 嬉しそうに飛びついてくるクレバー。やけにまとわりついてくる。羽が邪魔臭いので、手で乱暴に払う。


「――邪魔よ」

『うげっ。……ひどいじゃん! 俺っち、心配で心配で今日は四時間しか寝てないのに! あんまりじゃん!』

「いつもは何時間寝ているのかしら?」

『きっちり五時間じゃん。ご主人よりも早起きじゃん。夜明けと同時に飛び回るのは超ご機嫌じゃん』

「あっそう」


 鳥の答えを聞き流す。実にどうでもよいことを聞いてしまった。鳥が何時間寝ていようとステラの人生には何の影響もない。この無駄な知識がいつか役に立つときが来るのだろうか。


「……ところで、肝心なことを忘れていたんだけど。こそ泥が入ってきたとき、商会の夜間警護は何をしていたの? しっかり警備していたら、正面から侵入されるはずがないでしょう」


 裏口から侵入されたのならともかく、店の入り口から入ってくるというのはどういうことか。クレバーがいなければしてやられていたということだ。この鳥はこう見えて警戒能力がある。化物やら軍隊でも入ってこない限りは対処してくれるはずだ。


「……ああ、あいつら? 酒盛りした後で、全員ご機嫌に熟睡してたよ。……何故かベックもそいつらと酒飲んで寝てたんだけど。捕まえた後で叩き起こしたんだ」

「お、おいライアッ! ステラ様には言うなってあれほど言っただろ!! バレたら俺がどうなるか説明しただろうが!」

「言うに決まってるじゃん。嫌というほど説教してもらいなよ。警備の連中に酒すすめるなんて頭悪すぎだろ」


 ライアの冷たい言葉。ベックに視線を向ける。ベックは誤魔化すような笑みを浮かべてから視線を逸らす。実にベックであった。


『ウケケ、俺っち知ってるじゃん。ベックは『夜は俺の時間だー』って得意気に酒あおってたじゃん。ついでに偉そうに警備連中に酒を振舞ってたし。いつかご主人に目に物見せてやるとか息撒いてるのも聞いちゃったじゃん! 俺っちがいるから、ご主人は死ぬまで安全安心だけどなー!』

「…………」


 ステラは無言のまま、思わず天井を見上げた。無能なのは我慢しよう。仕方がない。それは納得した上で使っている。だが、余計なことを率先して行い、自ら隙を作り出すというのはどういうことだ。この男はどういう思考回路をしているのだろう。実に気になるところだ。一度頭を開けてみるか。再起不能になるだろうけれど。


『それだけじゃないじゃん。なんと、さっきのこそ泥はベックの知り合い! 俺っちぜーんぶ知ってるじゃん。俺っちの目と耳は超素敵な性能じゃん?』

「どういうことかしら」

『情報を一杯渡した挙句、警備に酒を振舞うようにまんまと乗せられてたじゃん。本当に馬鹿じゃん』

「この、糞鳥ッ!! あ、いえ、違うんですステラ様!」

「……黙りなさい」


 喋るのも億劫だが、言葉を絞り出す。体力的なものではなく、感情の爆発を抑えている。癇癪を起こしている時間が本当に惜しい。


「お願いです、きょ、去勢だけはご勘弁を! お願いします!」

「明日の太陽が昇るまでドブ川掃除でもしていなさい。目障りよ」


 死体がドブ川に放り投げられ、それから浮浪者が身包みをはぎ、野良犬やら烏やらが死肉を漁る。たまに教会の人間が物乞いを雇って綺麗にさせることもある。回収した死体の数だけ、グレッグスに寄付を要求しているようだ。ならば、街の住人としてたまには慈善活動とやらを手伝ってやることにしよう。


「ステラ様、どうかお許しを! 今回のは違うんです。あいつが勝手にやらかしただけで」

「――黙れ。お前と会話をしている時間が惜しい。とっとと出て行きなさい。もう一度言うわ。目障りよ」


 ステラは視界に入れるのも邪魔くさいと手で払う。少し評価をあげてやればこれだ。情けなくて言葉もない。が、ベックなので仕方がない。


「ス、ステラ様!」

『運が良いなぁベック。でもそのまま逃げたりしたら去勢してやるじゃん! 嘴で大事なところを摘んでやるじゃん! ウケケケ!』


 クレバーが飛び掛ると、ベックは慌てて店からでていく。


「これで静かになったわね」

「ベックは本当に仕方ないなぁ。そんなに悪い奴じゃないと思うんだけど。……あ、でも借金の取立てしてたんだっけ。やっぱり悪い奴だな、うん」


 同情して損したとライアは舌を出す。


『ご主人、お仕置きはしないじゃん?』

「……あれに労力を使うのが惜しく感じたのよ」


 ステラは少々疲れを覚えたので、目元を押さえる。


「……ねぇ、本当に元気になったの? また強がってないよね?」

「強がってまた倒れるほど愚かじゃない。まぁ、まさか縄ごときで倒れることになるとは思わなかったけど。今回のが想定外だったことは認めるわ」

「…………」

「先に言っておくけど、私に対して悪巧みしないほうがいいわよ」

「しないよ。そんなひどいこと、私はしないって!」


 嘘は言っていないようだ。ライアはどこでどう育ったのか、馬鹿がつくほど生真面目だ。言葉遣いは悪いし、ステラへの態度も不遜な割に。食事などは丁寧に食べるし、着替えや身だしなみもしっかりと整える。


「……えっと、何かな?」

「人間観察」


 ステラの返答に顔を引き攣らせるライア。


「そういうのは口に出さない方がいいと思う。うん」

「できるかぎり善処するわ」


 ステラは人の顔を観察するのが得意である。昔から。その度に、嫌な娘だと嫌われていた。無理もない。こんな不健康そうな子供に、まじまじと見つめられて喜ぶ人間はそういないだろう。父もその一人だった。


「一応言っておくけれど、私は縄が苦手なんじゃないの。ほら、見てみなさい」


 ステラが棚にあった縄をなんでもないかのように振り回す。前回のは気の緩みが原因だ。そうだと分かればもう倒れることなどない。


「あ、あれ?」

「あてが外れて残念ねぇ。もしかして、寝ている間に括りつけてやろうとか思っていたの?」

「だから、そんなことしないって。人が嫌がることをするなんて俺は嫌だし。自分がやられたら嫌なことはするなって、父様がいつも言ってた」

「実に殊勝な心がけね。まぁ、私に手を出して何かあったら、魔水晶が暴走してこの街が吹き飛んじゃうかも。あれは、私が制御しているのだからねぇ」

「え?」

「疑うなら、やってみてもいいわよ。お勧めはしないけれど」

「やらないけどさ。それって冗談だよな?」

「さぁて、どうかしらねぇ。折角だから試してみる?」

「だから試さないって!」


 ライアのムキになる様子を見て、ステラは笑った。やはり反応が面白い。からかいがいがある人間だ。



 しばらくの後、身体を休めているステラを見舞いに、メイスがたくさんの花束と果実を持って現れた。金の卵を産む鶏のご機嫌とりのためとはいえ、ご苦労なことである。ステラは両方をありがたく受け取っておき、派遣された警護が糞の役にも立たなかったと文句をつけておいた。メイスは神妙に謝罪した後、今度は信頼出来る人間を配置すると告げてきた。


 ちなみに、こそ泥は無事に処分されたようである。ルロイから横槍が入るまえに、処分してしまったとのことだ。「全面抗争を避ける為に、揉め事をさけようなどという考えでは、組合に良い様にされるだけ。老いてからの父は甘すぎる」と不愉快気に吐き捨てた。「商会の縄張りを荒らす連中には、誰だろうと厳罰を与える。でなければ示しがつかない」と強く言い切った。安全を保証してやる代わりに、縄張りから金を搾取する。これが崩れたら商会は成り立たないと。中々思い切りが良いと、ステラは感心した。とはいえ、自分の手を汚すのでない。果たして追い込まれたときにその覚悟があるのかどうか。楽しみである。


 それはともかく、まともな警護、護衛を探す必要がありそうだ。信頼できる人間とやらも当てに出来るとは限らない。むしろ、今回は幸運であった。自分の所有物を壊されたり殺されたりしたら腹立たしいことこの上ない。よって、早急に改善する必要がある。


(とはいえ、どうするのが最善かしら)


 できれば、戦闘能力がベック十人分に相当するような人材を探したい。しかし、そんな人材は街の組織がスカウトしてしまっているはず。ならば奴隷市場だが、そんな人間が奴隷として売られているものなのだろうか。


(……この前は見かけなかったけど。とにかく、明日いってみる事にしようかしら)


 ステラはとりあえず、珈琲をマリーにお願いしてゆっくり考えてみる事にした。肉体強化、魔力の訓練はいまいち捗らないが、目先の問題を解決することも重要である。

 

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