表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
極星から零れた少女  作者: 七沢またり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/41

外伝1 ベック

 ベックは買出しを終えると、中区の酒場でくだをまいていた。テーブルの下には袋に入った卵やらミルク入りの瓶やらが置かれている。西区でも買えるものをわざわざ中区まで出向いたのは、ストック商会の人間に見つかるリスクをできるだけ避けようと思ったからだ。子供に言われて食材の買出しに遣われているなど、恥ずかしすぎる。見られたら何を言われるか分かりはしない。


「ったくよお、酒を飲むのになんで気を遣わなくちゃいけねぇんだ? どうして俺だけこんな目に!」

「おいおい、あまり騒ぐのはやめてくれよ。ここがどこかは分かっているだろう?」

「分かってるっての。ほら、これで高い酒なんでもいいからもってこいよ!」

「へへ、景気がいいねぇ。分かったぜ、自慢のワインを持ってきてやる」


 酒場のマスターがニヤリと笑って、ワインのコルクを抜きグラスへと注いでいく。馨しい香りがここまで漂ってくる気がする。


「ほらよ」

「…………」


 口をつける。確かに美味い。これで厄介なことさえ抱えていなければ最高の気分だったものを。ベックは改めて深く溜息を吐く。


(……なんでこんなことに)


 別におかしなことに首を突っ込んだ訳ではない。ストック商会の仕事としていつものように借金の取立てに回り、いつものようにグレンの店へ行っただけ。

 それがどうだ。グレンとその妻は首を吊り、娘のステラは化け物に変わっていた。妙な水晶をもち、身体を操る魔術を使う。それにより相方は喉を切り裂かれて死んだ。子供のくせに人を殺す事に一切の躊躇がなかった。あの時のことを思い出すと心底恐ろしい。話しかけられる順番が違っていたら、ベックはこの世にいないのだから。


「いようベック! わざわざ中区まで出張ってくるなんて珍しいじゃねぇか。元気にしてたかぁ?」

「……話し掛けて来るんじゃねぇよ。てめぇはパルプド組合の人間じゃねぇか」

「へへ、つれないこというなよ。ここは天下の中区だぜ。西の縄張り争いはここに持ち込まないのがルールだ。そうだろ?」

「まぁそうだけどよ」


 話しかかけてきたのはパルプド組合の構成員。手癖が非常に悪いが、鍵開けの技術を買われて雇われているらしい。ベックとは一応顔を知っている中だ。借金の取立て中に、何度か衝突したことがある。殺し合いにまでは発展しないようにぶつかるのがコツだ。死にたくはないが、仕事はしていると上の人間にアピールしなければならない。下っ端は下っ端で苦労しているのだ。


「最近全然見かけなかったが、なんかやらかしたのか? まさかジョージア家に雇われたってんじゃねぇだろ?」

「ちげぇよ。グレン雑貨店って知ってるか? 今はあそこの警備だ」


 実際には違うのだが、見栄を張る。ステラの奴隷ですなどとは言えない。大笑いされるのがオチだ。


「あー、なんだか星屑の涙って奴を売り出したとか。あそこの親父にそんな商才があったとはなぁ。へへ、今度お邪魔しねぇと」


 男が厭らしく笑う。グレンのことは知っているらしい。弱い奴からは徹底的に絞るのがこの商売のやり方だ。嫌がらせも兼ねて脅しにいっていたのだろう。商会としてはみかじめ料を取っている以上、守るというのが建前ではある。が、会長のルロイは組合との全面抗争は望んでいないらしく、あまり面倒な揉め事を起こすなという指示が出ている。あちらも同じようなのだが、こういった連中が大人しく従うことはない。上の目を盗んで、小銭をせびりにいくのは良くあることなのだ。


「親父じゃねぇよ。今は顔色と目つきの悪い娘しかいねぇよ」

「ん、蒸発でもしたのか?」

「死んだよ。グレンもルアナもな。首つって逝きやがった」

「へぇそうかよ。じゃあ娘一人で店を切り盛りしてんのか。でもよう、繁盛してるんだろ? 泣ける話じゃねぇか。けけっ」


 どうでも良さそうに酒をあおる。だが、その目は獲物を見つけたような欲望の光が見て取れる。ベックは一応警告しておいてやる。


「手を出すのはやめておけよ。あの娘、なんでか知らねぇがメイスさんのお気に入りなんだ。わざわざ警備を寄越すくらいだからな」

「へへっ、あんな金庫番のことなんか知らねぇなぁ。まぁ、ガルドの野郎が出てくるなら話は別だが。ありゃ狂犬みたいな奴だからな。口の前に手がでてきやがる」

「……おい、俺の前で悪く言うのはやめろ」


 誰かに見られていたり、聞かれたりしたらまずい。止めなかったベックも制裁対象となる。特にガルドだけはヤバい。乱暴で血の気が多い。ベックたち下っ端からも恐れられている。だが、その分だけ武力と統率力については頼りになる。軍隊経験のあるガルド率いる構成員たちは通称ガルド連隊などと呼ばれ、西区で幅を利かせている。商会きっての武闘派だ。


「ああ、悪い悪い。俺もまだ死にたくねぇしな」


 ちなみに金庫番というのはメイスの蔑称だ。暴力沙汰が得意ではないメイスは、交渉と金を稼ぐ能力で副会長という地位におさまっている。だが、それでは構成員からの信頼は掴めない。こういった仕事で最後にものをいうのは武力だ。余程人をひきつける魅力、金でもあれば話は別だが。例外というのは存在する。領主のグレッグスも一見ただの貴族だが、謀略の限りを尽くして街を押さえている。ベックには真似できそうもないが。

 ストック商会においての力関係は、会長であるルロイ、次に会長補佐のガルド、そしてメイスという順番だ。後継者は正式には指名されていないが、ガルドで決まりというのがおおよその予想だ。ベックも以前はそう思っていた。こうなってしまったので、もうどうなろうが関係ないが。


「とにかく俺は警告したからな。なにかやらかしても俺には関係ねぇ。後で恨むなよな」

「へへっ、ありがとうよ。……それより噂なんだけどよ。うちのボスとそっちの会長が極秘で会ってたらしいぜ。噂になってる時点で極秘でもなんでもねぇけどよ。けけっ」

「なんでだ?」

「俺にも分からねぇが。もしかすると、組合と商会の合流なんて話もあったりしてよ。そうすりゃ西は一つにまとまるぜ」

「いやいやそれはねぇだろ。縄張り争いでで何人死んだと思ってんだ」


 面子を守るぶつかり合いで、構成員は血を流し命を失っている。縄張りが接していればそういうことは多発する。抗争に発展しないのはお互いに最後の一線を越えないように自重しているだけだ。自重しないとどうなるかは、常に死体が散乱している南区を見れば分かる。あそこはやりすぎた結果、大小組織が乱立してさっぱり分からない。グレッグスも争いが波及しないよう、中区への道を厳重に封鎖している。上を目指したいなら乗り込むという手もあるが、ベックにその度胸はなかった。


「どうなるかねぇ。ま、命があって、金をがっぽり儲けられればどうでもいいのさ。それより、雑貨店の警備連中とこれで美味いものでも飲んで食えよ。子守も大変だろうしよ?」


 男が気前よく銀貨を寄越してくる。断る理由もないのでベックは受け取る。


「えらく気前がいいじゃねぇか」

「なに、下っ端同士仲良くしたっていいじゃねぇか。長い付き合いになるかもしれねぇ。それじゃあ警備の連中にもよろしく言っておいてくれよ?」

「分かった。お前の事は伝えておくよ」

「そりゃ助かる。それじゃあやる事ができたから、またな」


 男は鼻歌を歌いながら立ち去っていった。

 



 気の済むまで飲んで食った後、ベックはようやく立ち上がった。この金で女を買いに行こうかと悩む。だが、ステラの顔を思い浮かべるとなんだか気分が萎える。あの冷たい視線、白い顔、冷徹な物言いを想像すると何故か鼓動は緊張で早くなるのだが。恐らく、命の危険を感じるからだろう。決して妙な趣味があるからではない。ベックにそんな趣味はない。

 しばらくどうするか考えた結果、次の機会にまわすことにする。男の言う通り、酒を買って帰ることにしよう。警備の連中もそろそろ警備に飽きがきている頃だ。一緒に飲み食いしてウサを晴らさせてやろう。


「マスター、適当に酒を見繕ってくれよ。土産にしたい」

「分かった。サービスでつまみもつけとくぜ」

「ありがとうよ」


 店を出たベックは、両手一杯に荷物を抱えて帰宅する。あたりは薄暗くなり、店の前ではライアがランタンに火を灯している。


「おい、帰ったぞ。ほら、頼まれていたもんだ。これでいいんだろ」

「遅いよ! いいんだろじゃないよ全く。どこほっつき歩いてたんだよ。買い物が終わってたんなら店を手伝ってくれたっていいじゃないか」

「うるせぇな。俺は警備担当だ。他のことは知らねぇな。やることはやってるんだからいいじゃねぇか」

「雑用もやることに入ってるだろ! ステラがベックにも手伝ってもらえって言ってたし。ベックも聞いてただろ!」

「キャンキャンうるせぇ。俺の知ったことかよ」


 ステラが店の中に見当たらなかったので、ベックは強気に出た。この時間は魔術の訓練と称して、水晶相手ににらめっこをしているはず。だから全然怖くない。いずれはあの水晶玉をぶっ壊して、痛い目を見せてやるつもりだ。酒がいい感じに回ってきたのでいつもの恐れの感情が鈍っている。


「おい、どこいくんだよ。もうすぐ夕食の」

「今日はいらねぇ。俺は警備しているって伝えておいてくれや」


 やかましいライアを無視して、買ってきた酒を持って、外で見張りをしている警備連中の下へと向かう。今日はこれから夜通し仲間と酒を飲み食い物を詰め込むつもりだ。あの日からろくなことがなかった。たまには羽目を外しても、神様だって何か言ったりしないだろう。

 ステラの恐ろしい満面の笑みが浮かぶ。ベックは首を乱暴に振ってそれを追い払うと、ふらつきながら歩き始めた。

ベック、調子に乗るの巻


月曜日は夕方の更新が厳しいかもしれません。

ですのでいまのうちに投稿しました。

間に合ったらやります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ