第8話 眷族の隠し事
「何の事ですか?」
…全く、隠したいならせめて、こちらの目を見て話すくらいの度量を持つべきだと言うのに。
「何の事も何も、自分で白状したじゃないか。
これで気兼ねなく抱き締めることが出来るようになりましたっと
つまり、お前は俺との間にある前世の因縁を隠していたと言う事だろ?」
「それは現世での兄妹と言う間柄を気にしなくても良いと言う意味で…」
「別に前世で主従だから現世で恋人関係になれるとか、そう言う事はないのに?」
「心積もりの問題ですよ?
やっぱり、ブラコン扱いは心外かなって……」
…うむ。何か他にも隠し事がありそうだな。
それを隠したいから事前に記憶を持っていた事を話したくない訳だろ?
…どうやって前世の記憶を保持していたかしかないな。その方向で揺さぶりをかけるか?
「そういえばフィー、俺は自分が死んだ後の状況を知らないのだが教えてくれるか?」
「そうですね!
その辺の報告は重要です。
まず、アリス姫と姫の嫁がれたレーテ伯爵家についてです。
姫は70まで生きられ、最後は4人のお孫様に囲まれながら穏やかに天へ召されました。
伯爵家自体はそれより3代、少なくとも私が死を迎えた時点では大過なく存続していました。
ルガスタ王国も同じく存続してはいましたが王家に求心力はなく、とある教団による助成でかろうじて残っている状況でした」
「そうか。アリスは幸せな人生を送る事が出来たか…」
…良かった。乱世を貴族として生きるには優しすぎる妹を最後まで支えられなかったのは、数少ない心残りだったから。
「はい。
只、たった独りで死地へ赴かれ、その亡骸さえ戻る事のなかった姉様の事についてだけはずっと悔やんでおられました」
「独りでルディオンへ挑んだのはしょうがない事だったのだがな…」
人々を闘争へと駆り立てる軍神、理の最上位足る『神』の権能に背く事は王族級の竜にさえ叶わない。
その権能に対するたった1つの例外が理を外れた存在、天位魔法使いであるアナスタシアだったと言うただそれだけの話だ。
…あれ? 何故死体が残らなかったのだ?
竜族とて普通にその亡骸は残るし、魔法の素養が魂に由来する以上、天位魔法使いだって遺体は残る筈だ。
現に俺以外に存在を確認出来た2人は遺体を納めた慰霊碑があると史実書で読んだ記憶がある。
「フィー、何故遺体を回収出来なかったのだ?
ルディオンが向かって来ていたのだ、よもや野盗に奪われたと言う事はないだろう?」
…そう訊ねた時、一瞬だけフィーの眉にシワがよった。
なるほど、これが先程から俺に対して行っている隠し事に関わる事か……。
とは言え遺体が消えた程度、隠す必要はさほどない。眷族なのに主の亡骸を保護出来なかった事が恥ずかしいのか?
そう言えば、遺体が消えた事件と言えば、1つ思い当たるのがあるな。
昇華と呼ばれる現象。ルディオンを探す旅をしていた時、聖女と呼ばれていた少女の死に出くわした事があった。
あの時、少女の亡骸は最初輝き、そのまま、まるで砂糖が水に溶けるように消えてなくなった。
周囲の人々、特に神官と呼ばれていた連中はあれを昇華、人から神の御遣いへの昇格現象だと言っていた。
そして、俺の前世、アナスタシアも実はいくつかの教団で聖女認定を受けていた。
「もしかして、俺も昇華をしていたのでは…」
! グゥゥゥ!
そこまでを口に出した所で強烈な痛みが胸を襲った。
心臓を締め付けるような痛み、…明らかにおかしい! 先程までと違い今の俺は前世のアナスタシアの身体をしている。
人とは比べ物にもならない強靭な竜族の身だと言うのに…。
何故これほどの痛みを伴う現象が?
「姉様! しっかりしてください!」
俺を揺さぶるフィーの声にかなりの焦りを感じる。どうやら、俺は倒れたらしい。これはまずいな…。
先程より深刻な状態だな、少なくとも方舟に触れた時には倒れた事は自覚出来た。
『皆! お願い直ぐに保健室まで来て!
姉様が!』
思念対話?
フィーが呼び掛ける相手となると……。
『何をやっとったのじゃ、姉御!』
叱責する低い声色の思念。ボル?
『いえ、これは姫の勘の良さを考慮出来なかった私の失策です。
狼のせいではありませんよ』
自責を孕んだ弱気な声色の思念。多分これはクレス。
『そんな事より、急いでシア姉のところに向かわないとだよ!
クレ兄なら、このパターンも考慮してたんでしょ?』
幼さを残す声色の思念。ルーだな。
『そうですね。…邪魔をするな!』
『クレス?』
『失礼。
道を尋ねてきたジジイを叩きのめしたところです』
『それは駄目じゃろ!』
『安心してください。
姫をアウト・コール呼ばわりしたくそジジイですから』
『ならば良…』
『良いわけないでしょ!
なんでクレ兄もボル兄もシア姉の事になると直ぐに箍が外れちゃうかな?』
『おや、烏は報復しないのですか?』
『そんな訳ないでしょ! もうちょっと目につかないように注意するだけ!』
『ルシアも大概じゃのう…』
…ああ、懐かしいな。眷族達と旅をしていた時はいつもこんなだった。
気になるのは眷族の中にミーシャとリリエムの思念を感じないことかな。
2人とも無事に再会出来ると良いのだけど…。
! 気をそらすのも限界みたいだな。情けないがどうにも意識が保て……な………。