第5話 竜の夢(4)
「バーゼン、何故急にこのような暴挙に及んだのです?
仮にも領内第2の都を任され、父様から最も信頼されていたあなたがこのような愚かな真似をする理由が私には理解出来ません」
目の前に立つ男へと問い掛ける。
ルートセイム領でバーゼン・セルドックの名を尋ねれば、まず、出てくるのが誠実と言う言葉。ついで公正明大と言う感じでしょうね。
少なくとも、空き巣狙いのような卑怯な真似をする男じゃない。
「……姫様はこの国をどう思われます?」
「…どういう意味かしら?」
無能な王族と金の為に国を乱す官僚に寄生された落ちる寸前の果実。それが私から見た正直な祖国の実状。
しかし私は貴族。表立ってそんな事を言える訳がない。
そんな事を言えば容易く内乱へと向かう。現状かろうじて王国法が守られているのは高位竜族であるお母様と私が王家を立てているからに過ぎないのだから。
そんな中で私が反意を口にすれば瞬く間に反乱軍の首謀者に変えられてしまう。
……本音を言えば、その方がこの国の為だとは思う。
けれど、それをすればお父様との婚姻の際に王家を護る事を誓約しているお母様とは必ず戦う事になる。
そんな事になれば、ルートセイム領の領民を大いに苦しめるだろうし、混乱に乗じて妹へ悪意をもって近づく者も出てくるかもしれない。
…自分勝手と言われればそれまでかもしれないけれど、私にとって1番大切なのは家族であり、見知った領民達なのだ。
他領民の為にそれらを危険に晒す事は出来ない。
「そのままの意味でございます。
この国と民の未来について、姫様のお考えを伺いたく思います」
「…暗いでしょうね。今の王国は民を虐げ過ぎている。
本来ならすでに、革命が起きていても不思議でない状況です。
未だにそこへ到らないのは私達の影響でしょう?」
「そこまでお分かりならば、私の行動も理解されている事ではありませんか?」
「………私にお母様を討てと言いたいのですか?」
自分でも声が低くなっていくのが分かる。けれど、抑える事は出来なさそう。
「この国を思うなら、それこそが最善の選択肢のはずです。
…いつか王族から賢王が現れるなどと悠長な事を言っていては手遅れになります」
「それでも断ると言ったら?」
「申し訳ありませんが予定の変更はございません」
「私を捕らえ従えようと言うのですか?」
「はい。お覚悟下さい」
あまりにも自然に剣を構え直すバーゼン。
…普通の受け答えをしていたからすっかり騙されていたようね。
どう考えても、竜族たる私を打ち倒すにはこの男では役不足。ましてや、生け捕りをしようと言うなら1000騎の兵を持っても不可能だと言わざるを得ない。
そもそも、生け捕った所でどうやってお母様と私を戦わせる事が出来ると言うのか。
計画性もない。手段もない。あまりにお粗末な行動と言うしかない。
剣を振るう。
無造作と言っていいほど軽く胴を凪ぎ、返す刃で首を断つ。
「さようなら。愚かな謀反人よ」
倒れゆくバーゼンだったモノをすり抜けて、丘を目指す。
決戦の地となっているはずのシムクの丘を。