051.顎粉砕
こいつは一体何を言っている?
死んでいなかった?
それじゃ、何の為にこんな事をしていたんだ?
「私のオリジナルは、エジソリンガに言葉巧みに騙されたのであろうな。もっともエジソリンガも、私の本当の目的までは気付かなかったようだが」
「どうゆうことだ?」
俺達が話している間、リナは人の切れた人形のようだ。
腕をだらんとさせている。
何処を見ているかも定かではない。
「鎚は封印なのだよ。封印された力がリナを媒介にしているのだ。私のオリジナルは、死すべき運命だった彼女を救う為に、ここを含めたいくつかの実験場を用意したようだがな。愚かなるオリジナルは、鎚に秘められた強大な力を、もっと別の事に使うべきだった。私のようにな」
「大層な事言ってるけど、お前は何に使うつもりなんだ?」
「我々はこの世界では、矮小過ぎる。それは何故か? 力がないからだよ。ならば力さえあれば、強大な力さえあれば、全てを支配出来るとは思わないかね?」
「世界制服でもするつもりか?」
「まさにその通りだよ。私はこの世の全てを力で屈服させてみせる。彼女の力を使ってね」
「ミュー、あいつに何か聞きたい事はあるか?」
俺の質問に、ミューは即座には反応出来ない。
きっと、頭の中が混乱真っ最中なのだろう。
「え? えっと、リナ、お母様が死すべき運命だったって一体何の事?」
「詳細までは知らぬが、彼女は何らかの邪法により、死の宣告を受けていた。残念ながら詳細までは知らぬ。そして解除する方法を知っているとして取り入ったのが、エジソリンガなのだ。もっとも死の宣告を施したのも奴だったようだな。自作自演という奴だよ。今のリナは、その死の宣告を取り除かれた状態だ。だから、持久戦に持ち込めば、彼女が死ぬなのどという甘い考えはしない方が良いぞ」
大雑把には把握出来た。
正直、憤怒を通り越してしまった。
逆に冷静になっちまったけど。
「ミュー、あいつ、ぶっ飛ばしていいか?」
「え? あ、うん、はい。私の分もお願いします」
「何を言っているのだ? さっきまで、逃げるだけで精一杯だったのに」
≪鬼化全解放≫
「な!? 何だ!? この力は一体!?」
≪黒鬼型式肆鬼神喰≫
「何・・あれ? アキトがアキトじゃなくなっていく? これこそが黒き鬼の本当の力とでも言うの? あれじゃ、まるでまるで・・悪魔の化身じゃない!?」
あぁまぁ、そうだよな。
こんな姿見たら誰だって怖いよね。
「リ・・リナ!? あいつをこへぶぉ」
阿呆がさせるかよ。
俺の拳がブラの顎を打ち抜いた。
手加減はしたので、死んではいないはずだ。
殺す前に情報を引き出さないといけないからな。
リナ・シャルドナ=レラ。
可能であればだったけども、彼女は無傷で確保したかった。
ならば、殴れるのは一人しかいないからね。
「ミュー、そこで大人しくしてろ」
俺は闇鬼の鎚の目の前に移動した。
柄の部分に両手をかける。
「ぶぁかぐぁ、それうぉぬけぶぁうちぐぁわのぼうふぇきがやぶぇるぶぉぁ」
加減したつもりだった。
だけど、顎の骨でも粉砕してしまったか?
何言ってるのか、何となくわかったからよしとしよう。
両手に力を込めて鎚を引き抜く。
柄を粉砕してしまわないかちょっと不安だった。
しかし、名前負けはしてないようだ。
抵抗があるも、俺は力任せに引き抜いた。
抜けた直後、黒い光が一直線に天井に放たれる。
いや、天井を突き抜けて空へ放たれているようだ。
気にはなるが、シェリイナを助けるのが先だ。
「お母様!?」
ミューの声が気になった。
でも、後ろを振り向いてる余裕はたぶんない。
闇鬼の鎚を握り締めたままの俺。
一直線に球体のカプセルに向かう。
閉じ込められているシェリイナを救出する為。
予想はしていたが、かなり強固な素材のようだ。
そのうえ、中に存在する闇気が固形化し始めている。
この闇気、意識でもあるのだろうか?
考えている時間はないな。
俺は手に持っている闇鬼の鎚を叩きつける。
球体のカプセルに衝突する寸前、神気を流し込んだ。
ちょっと流し込んだだけだった。
しかし一瞬で、球体の外側が広範囲に溶ける。
想像以上にオリジナルはやばいなこれ。
自分が纏っている半鎧状の黒鬼の力を信じて、俺は突っ込んだ。
黒いドロドロした中を抜ける。
内側の壁は既に存在していない。
侵蝕されつつある内側の液体。
伸ばした手に触れる温かさ。
一気に手元に引き寄せる。
≪黒球≫
同時に唱えて俺達を包む。
引き寄せた温かさを一瞬確認する。
シェリアナさんとほぼ瓜二つの顔。
白い髪の女性。
彼女で間違いなさそうだ。
数瞬で溶解した黒球。
俺は彼女も半鎧状の黒き鬼の力で包む。
いそいでその場を離脱した。
「ふぅ、もう少し長いしたらやばかったかもしれないな」
そのままミューの元へ向かう。
予想だにしてない状況に陥っていた。
「くろうぃきおぎぃ」
もう何言っているかわからないブラ・アルパ。
彼は、手に短剣を持ってミューを人質に取っている。
「一難去ってまた一難か?」
その割には、ミューは平静だな。
ウィンクした彼女。
俺は状況の推移を見守る事にした。
シェリイナさんを抱きかかえているってのもあるけど。
それにしても、最近妙に女性の裸に縁があるな。
ってこんな時に何考えてるんだ?
「お父様、いえ、ブラ・アルパ。あなた、私の得意分野忘れてないかしら?」
嘲笑するようなミュー。
俺にはその意図がさっぱりわからない。
「くずぉむずぅめぬぁなぃをいぇてりゃぁ?」
本当、何言ってるかわからん。
「何故私が、相手に接近しなければ効果の薄い魔術を覚えてると思うの?」
俺には見えていた。
でも、おそらくブラには、反応出来ない。
何が起きたかすらわからなかっただろうな。
ブラの顎に頭突きを叩きこんだミュー。
三十センチ以上身長差があるから出来る事だな。
余りの痛みに、彼は短剣を取り落とす。
次の瞬間、ブラは宙を舞っていた。
ミューの一本背負い。
綺麗に決まったな。
ブラは完全に白目を向いている。
「リナさんは?」
「意識を失っているだけ」
ミューが指差した先、リナさんが寝かされていた。
「シェリイナさんに服を着せないとな。目覚めた時に勘違いされるのは後免被りたいから」
「誰に勘違いされるのかしらね?」
何故、そこでジト目で俺を見る?
「とりあえず、お母様の隣に寝かせて」
ミューの指示で、隣に寝かせた。
「それじゃ、アキト、下の層の娘もお願い」
「了解」
何か不貞腐れたというか、拗ねたような声なのは何でだ?
「そういえば、さっきの謎の黒い光は?」
背後から聞こえる衣擦れみたいな音。
たぶん、意識のない相手に服着せるのって大変なんじゃ?
「わからないけど、すぐ消えたわ」
「そうか。何だったんだろう?」
≪黒縛六重≫
念の為、俺はブラを身動きが出来ないように縛り付けた。
「それじゃ、まかせた」
「わかってる。アキト、お願いね」
早く助けて来いってことね。
「了解。それでどっから下りるんだ?」
「シェリイナのいたカプセルの更に奥」
ミューの声質から呆れている雰囲気を感じた。
「わかった」
俺はそのまま、振り向く事なく、再び奥へ向かった。
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階段を下りると、直線の通路。
その先には、扉が見える。
扉の両隣には、無造作にフルプレートらしき甲冑が転がっていた。
「あの扉の奥か?」
進みながら良く見てみる。
扉の上部や、全身甲冑のところどころが溶け始めていた。
天井もいたるところに穴が開いている。
「やばいんじゃないのか?」
徐々に早足になり、気付けば俺は走っていた。
鉄格子の窓らしきところ。
かすかに水色の何かが見える。
扉の前に立った俺。
上部が徐々に溶け始めているのも構わず、押し開けた。
そして、俺の目にはいってきた光景。
一人の少女が、椅子に座り俺を見ていた。
青紫のドレスに、水色の髪、白い肌。
耳が少し尖っている。
水色の髪の色合いが、リラとは少し違う。
その事を覗けば瓜二つの少女だった。
「見たらわかるね。確かにそうだなってそんな事言っている場合じゃない」
感情のない眼差しだった。
だが、気付けば熱を帯びたように揺らめいている。
「ここから出るぞ」
彼女に近づいた俺は、有無を言わさず抱かかえた。
抵抗する事なく、俺の首に両手を回す少女。
「私、黒き鬼様に触れているのね」
妙に艶かしい彼女の声が耳を打つ。
その場で反転した俺は我が目を一瞬疑った。
溶けて穴だらけの天井。
扉に近い程、溶解の度合いが酷い。
鉄格子の窓も、壁も上の部分が既に存在をなくしている。
「リラ、さん、舌噛まないように口は閉じててくれ」
「はい」
俺は、刀を抜くと横薙ぎに振り抜く。
即座に、前に加速した。
放たれた黒い刀撃が、壁を吹き飛ばす。
吹き飛ばされ、一瞬開かれた空間。
迷う事なく飛び込んだ。




