046.一度ある事は悪化して二度ある
さっきも注意が散漫で、敵の攻撃を許した。
なのに、再び注意散漫に陥っていた俺。
攻撃されるまで、相手の接近に気付かなかった。
咄嗟に、妖力を全開にして防いだ。
けど、衝撃までは打ち消す事は出来ない。
「こんなところで不様ね」
リラを守るように、俺は声がした方に振り向いた。
そこに立っていたのは、リラ・ミュー。
「前回はいろんな意味で負けましたが、今度こそは勝たせてもらいますよ」
赤紫の髪に黒い瞳。
胸元には、結晶が輝いている。
墨のような色の六角形だ。
その結晶から、溢れ出ているかのような黒い鎧。
胸元をビキニ状に、下腹部をパレオのように覆っている。
手首と足首も覆っていた。
指先は、鋭い刃物のようになっているようだ。
「前回と、同じとは思わない事ね」
俺と彼女の距離。
十五メートルはありそうだ。
何かしらの遠距離攻撃をしてきた。
という事になのだろうか?
直接攻撃をした。
その後離脱する?
俺に気付かれないで、十五メートル離れた?
いやいや、さすがにないだろ!?
どっちにしろリラが背後にいる。
俺は真っ向から受けるしかない。
鈍重であまり好きにはなれないけど。
でも、そんな事を言っている場合ではないしな。
≪黒鬼型式弐防力喰≫
俺の体を覆い始める黒い力。
全身甲冑とでも表現すればいいだろうか。
特に前腕を覆う部分は、打撃武器にも盾にもなる形だ。
躱す事が出来ない以上、攻撃に耐え抜く。
攻撃する以上、何処かに必ず隙が出来るはずだ。
隙が出来たところを、無理やり力で捻じ伏せるしかない。
「やる気になってくれたようですね。それでこそ、倒し甲斐があるというものです。私をがっかりさせないで下さいね!!」
一直線に向かってきたミュー。
その速度は、前回の戦闘よりも格段に早かった。
繰り出される爪撃を、両手の盾で防ぐ。
合間に繰り出される蹴撃。
両手両足から繰り出される攻撃。
俺は翻弄される。
隙を伺う余裕もなんてなかった。
まさに防戦一方。
心の隅っこに、躊躇している自分がいる。
わかっていても思ってしまう。
その気持ちが、拍車をかけているのかもしれない。
一度距離を取ったミュー。
下から上に、斜めに振られた両手。
十本の黒い衝撃波が俺を襲った。
それでも、俺の盾を突き破る事は出来ない。
消耗戦になれば勝てるかもしれないな。
そう思った俺の考えは、浅はかだった。
≪衝撃砲≫
俺の盾に爪を立てた状態。
そこから繰り出された魔術。
前回もやられたはずなのに!?
自分の愚かさに、舌打ちしたくなる。
前回は直撃は食らわなかった。
それでも、あの時とは比較にならない衝撃。
伝播するように、俺の体を襲った。
体中が粉々になる。
そう錯覚するほどの、激痛。
意識を失っていてもおかしくなかった。
着弾点から流れるように走る、複数の衝撃。
意識を失う事は出来なかった。
そう言った方がいい、のかもしれない。
「中々に頑丈ですね」
「そっちこそ、中々にアクロバティックな動きをしてくれるじゃないか!?」
一度距離を置いたミュー。
俺からの反撃を警戒してからか?
攻撃する隙も見出せないのに?
いや、違うかもしれない。
良く見れば、ミューの顔に若干疲れが出てる。
そんな気がした。
何度も、乱発は出来ないのかもしれない。
実はそうじゃないかもしれないけど。
「その硬さ、非常にやっかいね」
「いくら手数が多くても、突き破れない限りは、勝ち目はないと思うけどな?」
俺と視線を交錯させるミュー。
「アキト、あなたは忘れてるのかな? 前回私の行使した魔術を」
前回?
あの時?
俺はそこで、自分の迂闊さに気付いた。
だがどうする?
ここを動くわけにはいかない。
かといって、黒鬼の力を展開した。
それだけでは、ミューの攻撃に斬り裂かれる。
「アキ・・トさん・・」
「リラ、心配するな。すぐ終わらせるさ」
「うん、私の姉妹みたいな人、よろしくお願いします」
ん?
色が変わっている?
何でだ?
さっきまでは墨のような色一色だったはずだ。
上の方が白く濁ってる?
違うかもしれないけど、試す価値はあるか。
左手で持ち直した黒牙梓。
右手で鞘から抜いた。
≪無限空間≫
目には見えない。
しかし、魔力が広まっていくのがわかる。
黒牙梢で狙う。
その手もあったが、当てる自信がないのでやめた。
≪空間固定≫
無限に広がる空間。
その範囲を固定する魔術ってところか?
前回は使わなかった。
閉鎖空間であれば、壁にあたる。
するとそこで、固定されるのかもな。
何て分析してる場合じゃないな。
≪魔力消失≫
やはり、そう来たか。
俺が纏っていた黒鬼型式弐防力喰。
あっけなく砕け散る。
別にそれはいい。
問題はこれからのミューの行動。
どんな攻撃をしてくるかだ。
上から下に、Vの字を描くように振られたミューの手。
俺はその動きを見ていた。
十本の衝撃波が、俺に向かってくる。
背中に黒い翼を広げたミュー。
上空へと飛び上がる。
正面と上からの両面攻撃。
俺は、鞘と刀を構えて、彼女を待ち受ける。
交差は一瞬。
俺が全身に纏っていた黒鬼の妖力。
十本の衝撃が、たやすく切り裂く。
同時に、真っ直ぐに振られたミューの右手。
俺の首を狙っていた。
ミューの顔が一瞬、苦悶に歪んだ気がする。
彼女の右手を、鞘で外側に弾く。
空中で体を捻ったミュー。
弾かれた右手の勢いも利用したようだ。
だが、即座に勢いを殺せるわけがない。
彼女は突進の力を、横回転の力に変化させた。
そのままの状態で、中空で一回転。
下から俺の顎を狙う左足。
状態を仰け反らせつつ、右側に体を傾かせる。
左肩を切り裂かれたが、俺は無視した。
彼女が大地に両手を付く。
反動で俺から離れようとしている。
俺は彼女の背中に、前蹴りを放った。
くの字に吹き飛ぶミュー。
更に前に踏み込む。
その勢いのまま、彼女を追った。
空中で体制を立て直すミュー。
俺に振り向いた。
視界外の出来事のはずだ。
彼女は俺の動きを、把握出来てないだろう。
予想通り。驚愕の表情を浮かべていた。
黒牙梓の間合。
ぎりぎりになるように、刀を下から振り上げる。
狙うのはただ一点。
彼女の胸にある六角形の結晶を斬り裂いた。
だが、駄目だ。
まだ、浅い。
完全に斬り裂く事は出来なかった。
六角形の結晶に刃先は届いた。
だが、完全に斬り裂く事が出来てない。
振り上げた刀を振り下ろすべきだ。
しかし、二撃目を繰り出すのが遅すぎた。
一気に距離を取られた。
リラと同じ顔。
無意識に躊躇してしまったようだ。
最後の一歩の踏み込みが甘い。
これではもう、俺の間合には入ってこないだろうな。
「勝利を確信して、突っ込んだ私が馬鹿だったようです。正直危なかった。まさかこれがエネルギー源だと見破られるとは思いませんでした」
「色が墨のような色から、一部変わっていたからね。踏み込みが微妙に足りなかったけどな」
「なるほど。対した観察力です。私を傷つけないように配慮でもしたのでしょうか?」
「どうだろうね?」
たぶん、躊躇したんだろうけどな。
「甘いですね。命の遣り取りをしている最中なのに。相手を気遣うなど愚かですよ!?」
「そう言われると、ぐうの音もでないな」
「これで終わりにさせてもらいます」
両手を下から振り上げようとしたミュー。
黒い衝撃波が来ると待ち構えた俺。
直後、結晶が砕け散る。
六角形の結晶。
中心から広がるように砕けた。
胸の中心から空気中に粉が舞う。
そして徐々に広がっていく。
黒い鎧が、空気に溶けてるかのようだ。
だんだんと粉々になっていった。
予想外の目の前の展開。
唖然とした俺の表情。
訝しげに首を傾げたミュー。
彼女も悟ったようだ。
羞恥に胸と股間を隠した。
いや、これは不可抗力ですよ。
まさかこの展開は予想してませんでした。
そんなきつい眼差しで睨まないでください。
「やはりあなたは、少女の裸に興味があるんですね。私達の裸が見たくて堪らないんですね!?」




