044.崩壊
黒光りしている剣。
その背後に、何者かが立っている。
二メートル近い体躯。
黒い鎧に包まれている。
兜に隠れて表情は見えない。
だが、友好的ではなさそうな雰囲気だ。
「・・・侵入者・・・確認・・」
生気の感じられない声。
俺の耳朶を打つ。
黒い小手に覆われた両手。
剣の柄にゆっくり近づいた。
俺は全神経を警戒に注ぐ。
ここにいるのが目の前の黒い鎧。
それだけとは限らないからだ。
「・・・リンガン・・・排除・・開始する・・」
周囲にも警戒をまわしていた。
その影響もあったのだろうか?
黒い剣を掴み抜いた黒鎧。
その後の動きに俺は驚いた。
反応は、図体に似合わない速度。
予想以上に早かった。
リラを抱えて飛び上がった俺。
既に目の前に来ていた黒い鎧。
俺達がいた場所。
大剣が薙ぎ払われたのがわかる。
黒鎧を飛び越えた俺。
そのまま、黒い剣が刺さっていたところに着地。
リラを下ろすと、百八十度体を回転させた。
「リラ、あいつの動きは見えたか?」
「う・・ううん。わ・わかんなかった・・」
声が震えている。
足も竦んでいるみたいだ。
しかし、今は目の前のあいつを何とかしないと。
「反応出来ないなら、リラは直接攻撃は無しだ」
ゆっくりと振り返る黒い鎧。
「じゃぁ、ど・どうすれば?」
本当は怖くてたまらないんだろうな。
「とりあえず、あいつ以外が来たら、足止めよろしく」
リラが頷いたのを確認。
俺は、一直線に突っ込んだ。
「侵入者・・・生存・・・リンガン・・・排除・・続行・・する」
リンガンだって?
ハンドルが言ってた。
連れて行かれた兄の名前も同じだったな。
でも、そんな事考えてる場合じゃないか。
剣を大上段に構えた黒い鎧。
振り下ろされる一撃。
紙一重で躱した俺は、抜いた刀で一閃。
しかし、予想に反して弾かれたのは刀だった。
何とか体勢を立て直しす。
距離を取る事には成功する。
横薙ぎに奮われた大剣。
屈んで躱した。
黒鬼の力を刀に纏わせる。
今度は突きを放った。
相手の鎧に少し傷は出来ただけだ。
俺の手が痺れる始末。
「攻撃が効かないわけじゃない? 鎧が硬いのか?」
刀の切っ先を見てみるが、刃は欠けてはいない。
「何らかの方法でダメージを減算しているとか? そんな馬鹿な?」
思考が一瞬の隙を生んだのを理解した。
再び横薙ぎに奮われた大剣。
間に合わない!?
咄嗟に刀で受けてしまった。
そのまま吹き飛ばされた俺は、壁に減り込んだ。
くそ、やばい。
あんな大剣の突き。
喰らったら、上と下にちぎれちまう。
無理やり大剣の刃に、刀の刃を合わせる。
刀を滑らす事で、て何とか逸らした。
大穴が開き、崩れる壁。
ほんの数秒でいい。
動きを止める事が出来ればいいんだけど。
まともに受け続けたら、そのうち刀が折れるんじゃないのか?
何か止めるか、倒すかする方法を考えないとな。
くそ、事前に纏っておくべきだった。
≪黒縛六重≫
これでどうだ?
いや、何ていうパワーなのさ?
あっさり引きちぎりやがった?
くそ、躱すのに動き回るから精神を集中出来ない。
発動させるのに、魔力と妖力を練り合わせなきゃいけないのに。
これでどうだ?
駄目だ、また鎧に少し傷をつけただけだ。
最大出力で銃をぶっぱなすか?
いや、駄目だな。
ここを崩落させかねない。
万が一命中しなかった場合。
俺が即座に動けなくなる。
白熱する思考。
その割には、俺は打開策を見出せない。
背後からのリラの視線を感じる。
何が起きているのか、見えていないんだろうな。
周囲が破壊されていく。
結果だけが見えてるんだろう。
そんなどうでもいい事を考えていた俺。
振り下ろされた大剣を、横に飛び退いて躱した。
「さてどうしたものか? リラ、俺達の動きは見えているか?」
首を横に振るって事は、やっぱり見えてないか。
「何かダメージは与えないで足止め出来る魔術はないか? 沼とか何でもいい、あいつの足・・って」
くそ、話す余裕もないな。
危ない危ない。
あんな大剣が、顔の横を通り過ぎるのは冷や汗ものだな。
「でも、私じゃ動きについていけないんだよ?」
その疑問ももっともだよね。
「一瞬位しか無理かもしれないが、動きは俺が止める」
あの人は神気とか呼んでたけど。
本当は、あんまり使いたくはいんだよな。
でもこの際、しょうがないか。
動きを止める位だ。
なら、体への負荷もそんなに大きくないだろうしな。
問題はどの段階でぶつけるかだ。
どのタイミングが一番効果があるだろうか?
大剣を振り下ろすタイミングが一番いいか?
そんなタイミングがくればいいのだけど。
大剣の振る速度は馬鹿力で納得できる。
けど、あの鎧であの速度は、まじで反則だろ?
くそ、ちょっとでも油断したら直撃喰らいそうだ。
何だ?
少し動きが鈍ってきているのか?
「ぐっ!?」
考えに没頭出来る状態じゃなかったな。
一歩遅かったら、頭と体が分断されてたかもしれない。
でも、さっきより動きが鈍くなっている。
それは間違いなさそうだ。
それじゃ、何でだ?
動いた時の負荷に、体が追いついてない?
いや、そんなまさか?
「ゴ・・・・ガガガガガガガガ・・・・」
何してんだ?
振り下ろしたままの剣。
持ち上げようとしてるっぽい?
何で?
さっきまで余裕で振り回してたのに?
持ち上げれない?
小手の隙間から染み出しているのは何だ?
黒い液体?
まさか血なのか?
ここの奴等に何かされた影響なのか?
「ア・アキトさん、一体何が起きてるの?」
「俺が聞きたいよ」
≪黒縛六重≫
さっきと違って、引き千切る力もないようだな。
止めをさすべきか否か。
いや、こんな所で時間を潰してるわけにはいないな。
「表にいた奴等、入ってくる様子はなさそうだな? 追いついてもおかしく無さそうなのに」
「うん、なんでだろう?」
「こいつがいるからか?」
「侵入者・・・ウゴゴガガ・・・」
「痛みに呻いてる、ようにも見えなくも無いけど、迂闊には近づけない。どうしたものかね? うん、無視して先へ進もう」
「うん、わかった。でもアキトさん、体は大丈夫なの?」
「ん?あぁ、何とかね」
「壁に減り込んだのに?」
「体だけは頑丈なのさ」
「・・・・そう、それならいいけど」
「壁に衝突する寸前に、これで衝撃を吸収したからね」
≪黒球≫
俺が手の平サイズで出した事で、安堵したようだ。
本当は真っ赤な嘘なんだけど。
余計な心配させて泣かれたりする。
そうゆうのはごめん被りたいからな。
「さっきの以外は誰もいなさそうだな」
俺達二人は、先程の場所から更に奥に歩き出した。
たぶんリンガンという、ハンドルの兄かもしれない黒鎧。
少し迷ったが放置して、先に進んだ。
視界に入る壁や床、所々罅割れている。
かつてここで、激戦があったのだろうと思われる通路。
一つ一つ部屋の中を確認して行く。
ほとんどの部屋は、扉が既に存在しない。
もしくは、半ばから砕けている。
しかし、中には開かないものもあった。
歪んで開かない扉は抉じ開ける。
錠により閉じられていると思われる扉はぶち壊す。
長い年月放置されていた。
その為、どの扉もさほど苦労する事もない。
簡単に壊す事が出来た。
「何で誰もいないんだ? 表にはあれだけいたのに?」
「おかしいよね。私達が侵入しているのはわかっているはずなのに」
「なんだ?」
何か下から突き上げるような衝撃。
微かにだが、感じられたような気がしたが。
「何か凄いほんの僅かだけど、揺れたような?」
「リラも感じたなら、俺の気のせいってわけじゃなさそうだな」
「うん、何の衝撃だろ?」
「わかんないな。だけど、下を目指した方がいいって事なのかもな。誰かがいる可能性もあるし。問題は何処から下にいけるかなんだけど」
また衝撃?
くそ、さっきとは比較にならないでかさだ。
「きゃぁぁぁ」
立っているのですら難しい。
これ程の揺れなんていつぶりだっけ?
≪黒鬼型式壱速度喰≫
「リラ、つかまれ!!」
俺は何とか彼女の手を掴む。
自分に引き寄せた。
足元に入っていく亀裂。
亀裂は足元だけではなく、壁にも天井にも。
まるでこの城跡を中心に、巨大な地震でも引き起こされたかのように感じた。
「俺につかまってろ。絶対手を離すなよ」
頷いたリラは、俺の首に手を回した。
リラを抱き抱える形で、一気に加速した俺。
触れているリラの体温。
バクバクと脈うっている、鼓動音が聞こえてくる。
「舌噛むから口も閉じてろ」
真っ直ぐ進むつもりだった。
だが、左か右にしか進めない廊下。
勘を頼りに、壁を走りながら右へ進む。
階段を上り、廊下の先に見える微かな光。
しかし、辿り着く前に、足元が砕けたのを理解した。
ほんの一瞬の無重力、直後襲ってくる下へ引っ張る力。
落下していくのがわかった。




