032.ドウラ国突入⑤
にっこり微笑んだリリラさん。
立ち上がりリラ達の所へ歩いていく。
彼女の予想もしない言葉。
俺は驚きのあまりに、咄嗟に何も言えず硬直していた。
しかしあの目はとても冗談には見えない。
声のトーンも、本気にしか聞こえなかった。
「どうやら最後のお別れは終わったようですわね? サウザンがあなたを殺してしまう前に、お話しをいくつかというか、質問をしたいですがよろしいでしょうか?」
彼女の言葉に、一気に現実に引き戻されたのは俺。
「この状況で質問? ミューと言ったか? 面白い事言うな」
「もし私の推測が正しいのであれば、あなたは面白い実験体になりますからね。サウザンいいわね?」
「まて、こいつは俺の目を潰したんだぞ?」
「私の話しが終われば好きにすればいいわ。ただし極力五体満足のままで殺してね」
「そんなんじゃ俺の怒りがおさまらない」
「サウザン? 私の言葉を理解出来ないのかしら?」
その時のミューの声音。
まるで、背中に氷の刃かなんかを突っ込まれた。
そんな感じの、ゾクッとする感触を受けた。
サウザンもどうやら同様のようだ。
怒りの顔だったのが、今じゃ青褪めている。
「サ・ウ・ザ・ン・わ・か・っ・た・か・し・ら?」
「わ・わかった」
「ならいいわ。さて、お話ししましょうか。確かアキトさんだったわね」
「あぁ、そうだ」
この状況で俺に質問ね。
どうゆう思考回路しているのだろうか?
ふとサウザンの瞳を見た。
突き刺したはずの傷口が塞がっている。
瞳が元通りになっていた。
いや、元通りと言うには語弊があるな。
もう片方の瞳と比べて、瞳孔が大きくなっている。
色合いも妙に濁っていた。
まるで、何かが混じり込んだみたいな印象だ。
魔力や魔術による回復。
知ってる限りは元通りに回復させるはず。
それ以外の要因で、回復したという事になるのだろうか?
自然治癒にしては何かがおかしい気がする。
「私の魔術により周囲の空間では魔力を使うことは出来ないわ。魔力が放たれたら消失してしまうからね。でもあなたのその魔力で形成されているような、黒い刃は消失してない。可能性としては二つ。一つは私の魔術を無効化している可能性。でもこれは、あなたの唱えたスピードイーターとか言うのは、形成を阻害していたようだし、事前に対策を講じてきたというのも可能性としては低い。そうなると二つ目、そもそもが魔力により形成された物ではない、と考えるのが妥当じゃないかしらね」
俺の思考はお構い無しだ。
話しかけてくる仮面女ミュー。
確かにその通り。
これは魔力とは全く関係ない、いや関係ないは嘘か。
ともかく、俺が親父から受け継いだ一族の力だ。
まぁおそらく聞きたいのは、そんな事じゃないんだろうけど。
「この力の根本が何かって事を聞きたいなら、俺も知らないぜ。親父の力を引き継いだって感じだからな」
「あらそうなの」
さっきはかなり動揺していたみたいだ。
でも、完全に冷静さを取り戻しているみたいだな。
リリラさんには勝機はあるなんていったが、本当の所は勝てるかわからない。
いや全力で戦えば勝てるけど、洞窟も破壊しかねないのだ。
くそ、正直に言えばよかった。
まさかリリラさんが、あんな事言い出すとは思わなかったし。
冗談であって欲しいが、たぶんあの瞳はマジだ。
「魔術師よりな私が、魔術を制限されるのはあまり得策ではないのよね。さっきはあの両目の色の違う少女には勝てたけど、次に戦う事があれば、正直勝てるかはわからないわ。でももし私が、魔術以外の能力を持てれば、下策が下策ではなくなるでしょう。事前に知られてないからこそ、相手の冷静さを失わせている面もあるでしょうしね。聖魔士との戦いも、サウザンがいなければ私が負けていたでしょうし」
聖魔士って確かシェリアナさんの妹の称号だったな。
やはりここにいるのか。
この二人と戦って負けたって事か。
もしかして、既に生存していないのかな。
俺の表情から、考えを読み取ったかのようだ。
ミューは再び口を開いた。
「安心しなさい。聖魔士は生きてるわよ。ちゃんと五体満足でね。彼女に死なれるのは私としても困る事ですしね」
理由はわからないが、彼女にも必要な存在らしい。
とりあえずは無事なのか?
「シェリアナさんの妹は何処だ?」
「ここにはいないわよ。何処にいるかは教えられないけどね」
「居場所を知っているって事か。ならば捕まえて吐かせるまでだ」
「この状況で捕まえれると思っているのかしら?」
「どうだろうな? 捕まえれるかもよ」
「そう。素直に抵抗をやめるならば、あなた達全員の命だけは助けてあげてもいいのよ?」
「嫌だね。そもそもおまえの言う事を素直に信じられる程、素直な性格はしてないんでね」
「そう? 残念ね。サウザン、彼だけは殺しては駄目よ。これから彼の力も研究する事にするから」
「無傷で捕まえるのは難しいぞ?」
「そうね? 手の一本足の一本ぐらいなら欠けても問題ないわ。生存さえしてれば構わないわよ」
「わかった」
一歩前に踏み出したサウザン。
生半可な攻撃ではダメージを与えられない。
それはわかっている。
たぶん、この男の皮膚硬度をこえるような攻撃をすればいいのだろう。
けど、実際どんなものなのかがわからないし。
「いい加減に武器を返してもらえないだろうか? それは割と貴重なものなのでね」
ここで返したら奪った意味がない。
出来るかどうかはわからない。
けど、鎚を片手に持ち、サウザンに振り上げた。
見た目よりもかなり重量がある。
一度持ち上げてから振り下ろすのはきつそう。
なので、そのまま振り上げた形。
だがしかし、サウザンの手にあっさりと受け止められた。
でもそこまでは織り込み済みだ。
俺には、父から受け継いだ力と、母から受け継いだ力がある。
持ち手に触れた時、感じた事がある。
母から受け継いだ力を使えばいい。
不思議とこの鎚の、特殊な効果を利用出来る気がしたのだ。
その考えは間違いではなかった。
突如叫び声をあげるサウザン。
受け止めた手が、徐々にドロドロに蕩け始めている。
サウザンにより、押さえつられていた鎚が開放された。
今度は鎚を、横振りにサウザンの腰あたりに打ち付ける。
防ぐ事も出来ないまま、再び叫び声をあげるサウザン。
腰の打ちつけられた場所。
そこからも、瞬時に腐っていくかのように溶けはじめる。
「え? 馬鹿な? なんで彼に鎚が使えるの? どうして?」
素っ頓狂な声をあげたミュー。
驚きと同様に完全に動きがフリーズしている。
仮面の瞳部分からみえる感じ、驚愕しているようだ。
俺は鎚を今度はサウザンの足にぶつけた。
徐々に自重を支えきれなくなり、斜めに倒れるサウザン。
彼の瞳は、驚愕に打ち震えている。
同時に、体に走る痛みと体が崩れていく。
その恐怖に苛まされているようだ。
だがここで情けをかけるつもりはない。
鎚を何とか持ち上げ、サウザンの胸あたり目掛けて一気に打ち付けた。
耳を劈くような叫び声が轟くが、それもすぐに止む。
痙攣を繰り返すサウザンだったもの。
亜人だとはいっても、やはり人を殺すという行為は慣れるものではないな。
しかし感傷に浸っている暇はない。
フリーズしているミュー。
彼女に標的を変え、彼女目掛けて黒い刃を横に振る。
俺の行動に現実に戻された彼女。
即座に後ろに後退するが遅い。
深く考えて狙ったわけではない。
身長差もあり、俺の黒い刃は顔のあった位置を通り過ぎた。
彼女の仮面を斬り裂く。
音を立てて床に落ちる仮面。
彼女は額から血を流しはじめる。
俺の一閃が額を斬りさいていたようだ。
だが流れ出る血の量からして、さほど深い傷ではなさそう。
そこで俺は、彼女に感じていた違和感に気付いた。
雰囲気は異なるが、何処かで見た事のある顔。
数秒考えて、まじまじと彼女の顔を見て理解した。
そうだ、何で声を聞いた時点で気付けなかったのだろうか?
赤紫の髪に黒い瞳だという違いを除外すれば、その顔はリラと瓜二つなのだ。
もちろん声だって、思い返してみれば同じに聞こえていたと感じる。
しかし髪の色違いと瞳の色違いで、見た瞬間即座に気付けなかった。
「ふふふ。折角仮面で顔を隠していたのに、その驚きようだと気付いてしまったようですね? たぶん思っている通りですよ」
「何で? どうゆう事だ?」
彼女の顔を見た俺の思考は、大混乱に陥っている。
リラに姉妹がいるなんて話し、聞いたこともない。
しかし、本人も知らないだけという可能性もあるのか?
「リラ・ミュー。それが私の本当名前。あなたのお仲間のリラ、彼女は姉妹になりますね。姉妹とは言ってもあなた方の知っている姉妹とは異なりますけどね」
「ど・どうゆう?」
「あらあら。随分と動揺されてますね? それも当然でしょうけど。そうですね? 個性の異なる同一体とでも言いましょうか?」




