029.ドウラ国突入②
俺を先頭にリラ、アムの順で歩いている。
後ろから追いついて来た六人の衛兵。
彼等を昏倒させた後、俺達は進んでいた。
しかし、衛兵にも、それ以外の者にも一切遭遇していない。
人の少なさに妙な違和感を感じている。
だが、その理由が全く思いつかない。
あれだけ正面から堂々と突入したわけだ。
前方からもわんさか現れてもおかしくない。
なのに、肩透かしを食らったも当然だ。
「ア・アキトさん、何かおかしくありません? 誰も遭遇しないなんて」
俺は一旦進む足を、止めて後ろを振り返った。
それなりに覚悟を決めて気合をいれていたリラ。
不満そうな不服そうな、それでいて少し不気味さを感じている。
そんな眼差しで、俺を見ていた。
「確かにな。余りにも人の気配がなさ過ぎる。衛兵の十人や二十人、出て来てもおかしくないと思うんだけどな。なんせ一応は、一国の本拠地に攻め入ってる形になるわけだしな」
「アキトの役に立てると思った。残念」
「アムのその気持ちは嬉しい限りだけどな」
「アムってばもう。それよりも罠なのかなぁ?」
「その可能性も無いとは言えない。けど、俺達がどう進むかわからないなら、罠の先に誘導する奴がいてもいいとも思うんだよな」
「あ!? そうですよね。私達がどう進むのかなんて、私達ですらわからないんですもんね」
納得したようだ。
そう言ったリラは、一人頷いている。
「まぁ、どっちにしろ進むしかないんだけどな。罠の可能性も無いとは言えないから警戒は怠るなよ」
「はい、アキトさん」
「ン! アキト」
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比較的頑丈そうな鉄格子の前。
鎚を手に、警備をしている二人の衛兵。
彼らは前方から向ってくる二人に驚き、間抜けにも動きを止めていた。
その隙を逃さず、肉薄する黒と白の風。
黒の風から繰り出される連続突き。
首や鎧の隙間を穿ち絶命させた。
右切り上げで、繰り出された白の風の剣撃。
紙を切り裂くかのように、鎧をもあっさりと斬り抜く。
「どうやら牢屋のようだな。わざわざこんな洞窟にねぇ」
壁のひっかけにかけられている、それっぽい鍵束。
アラルは手に取り、順番に鍵穴に合わせる。
全てほぼ同じような鍵の為、見た目では判断出来なかったのだ。
そして六個目で、はまり込むような音と共に鍵が回った。
「シェリイナ、待っててね」
「あぁ、ここにいるといいんだがな」
「うん」
少し不安そうな表情になっていたシェリアナ。
アラルがその浅黒い手を、彼女の頭に乗せる。
二度ポンポンと軽く叩いた。
「不安なのは当然だな。こんなこたぁ言いたくはないが、ここにいない可能性もある」
「う・うん」
「ここの何処かにいるのは確実なんだろ?」
「う・・うん」
「もしこの牢屋にいなくても必ず見つけ出してやるから、心配すんな」
「う? 慰めてくれてるんだよね?あ・ありがと」
鉄格子の扉を潜り、中に入った二人。
視界に入ったのは、立ち並ぶ数多の鉄格子。
進んでいくアラルとシェリアナ。
両側に並び立つ牢屋。
その中のいくつかに、人の気配を感じた。
駆け寄って、気配の主を確認したい。
そんな衝動を抑えながら、警戒しつつ先に進むアラル。
追従するシェリアナ。
彼以上に、駆け出したい衝動を抑えている。
険しい顔のまま、アラルの後を歩く。
鉄格子の牢屋を念の為、順番に覗いていく二人。
そのうちの一つ。
気配を感じた牢屋、その一つを覗いたアラルとシェリアナ。
そこには、白髪に青い瞳、頭には丸っこい耳が生えている少女が一人。
悲しげな瞳で座り込んでいた。
自分の見ている相手に、シェリアナは疑問を抱く。
直後、聞こえて来た、アラルの声。
「まさかライサ!?」
予想もしない人物との遭遇に、驚きの声を上げたアラル。
白虎人がこんな所にいるなんて、アラルの想像の埒外だった。
その為、柄にも無く素っ頓狂な声だ。
シェリアナはそんなアラルに驚いた。
そして、彼の反応に首を傾げる。
「アラル、知り合いなの?」
「あぁ、タイダル国から遣わされている使者の一人だ。それがここにいるってのはどうゆう事だ? 普通に考えると、タイダル国に何かがあったって事になっちまうんだろうけどな」
そんな二人の遣り取りが続く中、彼女が反応を示した。
「アラ・・ルさ・・ん?」
「おうよ。アラルだ。ライサ、何でここにいるのかは気になるが、その話しは悪いが後だ。リリラと後こいつとそっくりさんを見なかったか?」
アラルはシェリアナを指差しながら、ライサに問う。
質問の意味を咀嚼するのに時間を要したのだろう。
少し間をあけて彼女は答えた。
「リリラなら少し前まで一緒にいた。衛兵に連れてかれたけど。たぶんサウザンのとこ」
「そうか。とりあえずここから出してやる」
手に持っている鍵束の鍵を一つ一つ合わせていくアラル。
開錠出来る鍵を探しているのだ。
「隣の方のそっくりさんは、わかんない」
「そうですか。ライサさん、ありがとう。私はシェリアナと申します」
「シェリアナ・・何処かで聞いた事あるような? 聖騎士の称号持ちのシェリアナさん?」
「あぁそうだぜ。こいつが聖騎士のシェリアナだ」
もじもじとしているシェリアナ。
彼女に変わってアラルがそう答えた。
「その聖騎士様が何故ここに?」
「サウザンに捕らわれた聖魔士でもある妹を助けにだな」
アラルの言葉に、同調するようにシェリアナは頷いた。
鉄格子の鍵を開ける事に成功したアラル。
ライサの手枷足枷もはずした。
「ライサ、歩けるか?」
「はい、大丈夫です」
「そうか。ところでよ。こっちの牢屋の奴、どう見ても鬼子鬼だよな? 何処となくサウザンに似てないか?」
「言われてみればそうね」
鉄格子越しに、注意深く見ていたシェリアナ。
アラルに顔を向けた。
厳重に手枷足枷をされている鬼小鬼。
サウザンを若くして、少し柔らかくしたような顔だ。
「私とリリラがここに連れて来られた時には、既にいました」
「何者だ? やけに頑丈に手足を拘束されているが?」
少し持ち上がった頭。
絶望しきった眼差しに微かに光が灯った。
三人を射抜くように見つめる。
「こ・・こんなところ・・に人? 闇小鬼に白虎人か?」
「あぁ、そうだ。サウザンの糞野郎に捕らわれた、仲間を助けるために来た」
「ちょ? ちょっとアラル、そんな馬鹿正直に教えてどうするの?」
アラルの言葉に驚いたシェリアナ。
彼を問い詰めるが、何処吹く風だ。
彼の意図を理解しかねるシェリアナ。
更に詰めよろうとするが、アラルの言葉に遮られた。
「シェリアナはライサと他の牢屋を確認して来い」
「え? ちょっと?アラル? 何どーするつもりなの?」
そこでシェリアナの耳元で囁くように呟いたアラル。
シェリアナは、突然の彼の行動に、状況も弁えず何故かドギマギしている。
「俺に考えがある。信じろ」
「わ・わかったわよ」
アラルに聞こえるか聞こえないか位の小声で、返答したシェリアナ。
彼女はライサの手を取って剣を手に警戒しながら奥に進む。
その行動を確認し満足げな表情になったアラル。
再び鉄格子の中で、厳重に拘束されている鬼小鬼に向き直った。
「そちらの話しは・・終わったようだな」
少し掠れた声で、そう言った鬼小鬼。
アラルは話しかける事で肯定の意を表明する。
「おまえ、サウザンの家系のもんだろ? 顔に面影があるぜ」
「ち・・父上を存じているのか?」
「直接面識があるわけじゃねぇけど、顔なら知ってるぜ」
「そうか・・。元戦士団の関係者という事か」
「あぁ、そうだ。俺はアラル。バルルリ村って言えばわかるか?」
「バルルリ村だと? まさか元壱隊!? それではリラ・シャルドナ=レラ様は?」
「生きてるぜ。最凶の護衛と共にここに来ているぜ」
「な!? なんだと? ここに来ているだと?」
驚きに、それ以上言葉を紡ぐ事の出来ない鬼子鬼。
しばしの間、二人に流れるのは沈黙。
先に口を開いたのはアラル。
「サウザンを父って呼んだって事は、あんたは息子なんだろうけどよ? いい加減名前を名乗ったらどうなんだ?」
そこに近づいてくる足音。
シェリアナが、ライサの手を引いて戻ってきた所だった。
アラルは何でもないかのように、気軽に足音に顔を向けて言い放つ。
「おう、シェリアナ、ライサおかえり。でどうよ?」
「残念ながらシェリイナはここにはいないようです」
少し悲しげな瞳で、顔を俯かせるシェリアナ。
アラルもライサも、言葉をかけようとするが、言葉が出てこない。
そこで、サウザン似の鬼小鬼が予想外の情報をもたらす。
「聖魔士シェリイナ殿ならば、おそらく王城跡に連れて行かれたと思われる」
声が、絶望の淵から微かに這い上がってきている。
その瞳にも、僅かに活力が戻り始めていた。
「王城跡? 今はもう廃墟じゃ?」
シェリアナの言う通りだ。
十年前の戦士団の反乱。
その時に王城は廃墟となり、今は誰も住んでいないはずなのだ。
「その通りです。しかし我が国の本隊は、今は王城跡に駐留しているはずです」




