025.壊れた僕ちん
三人がいなくなった宿屋一階。
驚愕の空気から一転、歓喜の声に溢れかえっていた。
「お前らこんな好機ないかもしれんぞ!」
一際大きく響く宿屋の主人の声。
他の者達も、同調するかのように声を上げる。
「駐留軍の動き次第ではあるが。予定より少しばかり早いが戦う準備をするように通達しとけ。いまこそシェリアナ殿への恩を返す時だ!!」
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「確か村はずれって言ってたよな?」
「うん、そうアラルは言ってた」
「ン!」
リラとアムの手を握りながら、小走りに村はずれに向う俺達。
しかし駐留軍も馬鹿ではなかったようだ。
「来たネ」
道を封鎖するように立ち並ぶ軍勢。
先頭には十一人の鬼小鬼。
その手に持つのは巨大な大鎚。
真ん中の奴のだけ、やたら小振りで禍々しい。
それにそいつだけ、明らかに他の奴らと装備の質が違う気がする。
「ボクは駐留軍臨時指揮官ワンドル・ドウナ様ダ!」
あの厳つい顔で僕とか、威厳も風格もないな。
俺のそんな内心の思いとは裏腹に、話しを勝手に進めていく。
「そこの娘。キミがリラ・シャルドナ=レラだな。なんとかわいいんダ。兄にこんなかわいいコを玩具にさせるなんて認めない。ボクが玩具にしてあげるからこっち来なサイ」
こいつ馬鹿なんじゃないのか?
そんな事言って、行く奴なんていないだろ?
「アキトさん・・」
「リラ、思った事を言ってやれ。激昂させてもいいさ」
「う・うん」
躊躇しているリラ。
「リラ、あんな厳ついの駄目ナノ」
先に口を開いたのはアム。
そうだよね、厳ついよね。
「そっちのコもかわいいじゃないカ!! そこの黒眼黒髪の不細工なんかと一緒にいるよりボクと楽しいコトしようよ」
不細工っつったか?
あぁ、確かにイケメンじゃねぇかもしれねぇけどよ。
さすがの俺でも、初対面でいきなり不細工って言われたらむかつくぞ!
だが、その言葉にヒートアップしたのは俺よりも、両隣の二人。
リラもアムも、その表情は怒りに満ちている。
「アキトさんは不細工なんかじゃありません!! あなたみたいな厳つい顔で、ボクなんて言う気持ち悪い人、泥にいえうんこに口づけする方がましです!! それに私達は玩具でも物でもありませんよ!」
「アナタハ不細工、不潔、キモイ、最悪、ゴミ、クズ、アキトはアナタとは違う」
二人とも中々言うねぇ。
それにしてもリラさん?
大声でうんことか?
後で思い出して一人で羞恥に悶えそうだな。
からかうネタになるかな?
そんな事を、俺は思ってしまった。
それにしても、予想通り過ぎる。
ワンドル君、相当お怒りですな。
アニメなら青筋立てて怒ってそうな雰囲気。
血管のプチプチ切れる音が聞こえてきそうだ。
周囲にいる部下達っぽいのも、笑いを堪えているっぽいな。
「ボ・・ボクは・・ボクは・・・キ・・気持ち悪くも!!」
「プッ」
後ろの醜小鬼。
その中ののどれかが、堪えきれなかったらしい。
「今笑ったのはドイツだ?」
お怒りの形相で僕ちゃん後ろを見てるよ。
笑いの犯人なのか?
その中の一人が、俺たちが見える形になるように、こっちに放り投げられた。
小柄とはいえ、人一人投げるとか侮れない力だな。
「あ・・あ・・あ・・ワンドル様、も・・も・・も・・申し訳ありません」
何でボクちゃんにあんなに怯えているんだ?
「ボクがユルスと思うの?」
禍々しい鎚の周囲を、更に禍々しいオーラが覆った。
オーラにより見た目より大きくなったな。
特にハンマー部分の膨らみが酷い。
泣いて謝るプッの犯人さん。
でも容赦なく鎚は振り下ろされた。
潰されたのは足なんだけど、そこから徐々に崩れていく。
いやあれは、物凄い速度で腐食しているのか?
最終的にはプッさんは、ドロドロのグチャグチャになった。
何あの禍々しい鎚やっかいだな。
「ボクは・・ボクは・・キモチワルクナンテナインダ!!」
涙流して吼えなくてもいいじゃないのさ・・。
「男は手足の一本や二本もいでもいいけど、殺すナ! ボクを馬鹿にシタンダ! こいつの生きてる前で楽しませてモラッテ絶望をミセツケテヤル!!」
えっとー?
いや、俺まだ何も言ってないんだけど・・・。
「鬼小鬼隊は男を。他はリラともう一人の銀髪を捕まえろ。最初はボクだからな! もし先に手出しタラ殺すヨ」
「アムはリラに近づくのを優先的に。リラ、可能なら魔術で拘束してしまえ。二人とも村に被害の出ない程度にな」
「はい、アキトさん」
「ン!」
鬼小鬼十体は、まっすぐ俺に向ってくる。
その他の醜小鬼の群れ。
左と右に分かれて、俺というかリラとアムを挟撃する形だ。
≪黒鬼型式壱速度喰≫
しかし俺が戦闘の為、速度重視モードになると、群れの動きが止まった。
「黒き鬼って本当だったのか?」
「お・俺たちも全滅するんじゃ?」
「逃げた方よくね?」
「コンナトコロデシニタクナイ」
怯えと恐れ、驚き、様々な感情。
敵勢力を呑み込んでいくのがわかった。
それだけ、黒き鬼ってのは凄まじい存在だったって事か。
「ええい、ボクの命令を聞けないなら皆殺しにスルヨ!!」
力による武力統制って事か。
小鬼の種族の事なんて詳しくは知らない。
けど、これは狂気だな。
進んでも俺という暴力の兇器。
後退すれば権力の凶器って奴か。
俺が言える事じゃないかもしれない。
けど、ドウラ国ってのは、権力を振りかざして好き勝手やってる国っぽいな。
再び動き出す群れ。
もう言葉では止まらないだろう。
自らの命が掛かっているんだから。
生き残る為には、俺達を捕まえる。
ボクちゃんの命令を遂行するしかないって事か。
だがお前たちに命をくれてやるつもりはないんでな。
血生臭い戦場に二人を巻き込むのも若干気が引ける。
が、いつかは巻き込んでいただろうし。
「リラ、アムこいつらはもう止まらないと思う。無力化するぞ」
「うん」
「ン!」
一番最初に攻撃したのはリラ。
杖を構えて唱える。
≪凍結沼≫
左から来る一群の足元。
まるで飲み込むように現れた氷色の沼。
触れた者は、触れた部分から徐々に凍りに覆われていく。
それを見たアム。
右から来る一群を、手前から蹴散らす。
拳と蹴りだけでだ。
まるで武術の心得があるかのように見える。
華麗に巧みに攻撃を交わしながら、倒していく。
俺も梓と梢を使い、鬼小鬼を無力化する。
斬り伏せ、至近距離から、梢の弾丸を浴びせ撃ち砕いていった。
六十近くいた醜小鬼。
半分近くがリラの魔術で凍結。
残りも、アムの徒手空拳で無力化されていった。
次々に倒されていく鬼小鬼や醜小鬼。
数が減っていくに従い、傍目にも憤怒の表情だったワンドル君。
彼の顔が青褪めていくのが、横目で見ている俺にもよくわかった。
「あとはおまえだけだな。ワンダム君、違ったワンドル君」
梓の切っ先を向けた俺。
青褪めている僕に向けて言い放つ。
「ボ・・ボク・・ぼぼぼぼクは・・ボクは・・これがある限り負けないんダ!!」
手に持っている禍々しい鎚。
掲げて俺に突進して来た。
「リラ、あいつは俺にまかせろ。アムはリラを連れて少し離れてろ」
「ン!」
「アキトさん!?」
アムがリラを抱きかかえて離れていく。
確認した俺も、前に顔を向ける。
どんな力かいまいちわかんない。
だけど、梓を腐食させるわけにもいかないからな。
梓を鞘に収めて梢も仕舞う。
「武器を収めるなんてナメてるんですかぁ?」
振り下ろされたワンドルの鎚。
しかし俺は、振り下ろされるより前に左斜め前に移動している。
両方の拳の先に、黒鬼の力を円状に展開したままぶん殴った。
奴の体がまるで重さがないかのように吹っ飛ぶ。
とある一軒の家に突っ込んでいったワンドル。
やべ、やりすぎた?
村人人質に取られたりしたらどうしよう?
しかし、その考えは杞憂のようだった。
馬鹿なのか?
人が住んでいないのか?
頭から血を流し、右手をだらりとさせている。
それでも、俺に向かってフラフラと歩いてくるワンドル。
鎚は残念ながら、握ったままだったけど。
「ぼ・・・ボクはぁ!! ボク・・ボボボボボボククククク!?」
頭打っておかしくなったか?
「ボボボボボボボボボボボククククのももももももノノノノノノにににににナナナナナナらららららなななないいいいナナナナナラララララ!!」
壊れたラジオか何かかよ!?




