017.轟く咆哮①
「ぶぅ、いけると思ったんだもん」
俺は不貞腐れたリラをおんぶして歩いている。
アラルは、笑いを堪えているようだ。
「発想は良かったがな。常に魔力を放出し続けるならそりゃ途中でへたばるわけだ」
そう、進み始めて一時間程した頃、リラが突然クラクラすると言って倒れた。
どうやら魔力が枯渇した為らしい。
アラルは、リラをおんぶするのを拒否した。
その為、俺がおんぶしている訳だ。
後でリラに何言われるかわからん。
アラルの拒否の理由がそれだ。。
さすがに文句は言わないと思うんだけどさ・・・。
「うぅ、だってこんなに長い時間魔力を使ったことなかったし。ごめんなさい」
何だかんだで非を認めてるし、これ以上責めるのは酷だな。
「失敗は誰にでもあるさ。だから今回の失敗を次の成功にいかせばいいよ」
「アキトさん、ありがと。やっぱり優しいね」
「くっくっく」
笑いを堪えているアラル。
しかし堪え切れてないよ。
「アラルさん、笑いすぎだよ。うぅ」
「いやわりいわりい二人が微笑ましくてよ、くっくっく」
「うぅ、アラルさんがいじめるぅ」
聞こえない聞こえない聞こえない。
「アキトさんも何か言ってよぅ」
「何かって言われてもなぁ。リラが失敗したのは事実だし」
「うぅ、やっぱアキトさんもイジワルだ」
そんなこんなで、割と緊急事態のはずなんだが?
メンバーのせいか?
余り悲壮感とか感じさせずに、俺達は進んでいた。
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俺とアラルは、舗装もされていない不整地を歩いている。
リラは俺がおんぶしたままだ。
歩いてる道は、獣道をでかくしたような感じ。
無理やり道を拵えたかのような乱雑な道だ。
幅は十メートルぐらいはあるだろう。
その為、車とかでも一応走れそうだ。
尤も、この世界にそんなものがあるとは思わない。
もちろん道は少々うねっているので、幅は場所によってまちまちではある。
リリラが真夜中に出発したと過程。
朝になるまで進めた距離は、日中よりも短いというアラルの予想。
理由としては、月明かりがあると言えども道が見えにくいというのが一つ。
後は魔獣や魔物の類は夜活発に活動するものも多い。
常に警戒しながら進む必要がある。
一人でそうして進むのは、肉体的にも精神的にも、疲労の蓄積が半端ないんだそうだ。
俺達が出発してから既に五時間か六時間は経過しているだろう。
一度だけ滑面犬という犬の群れに襲われただけだ。
黒っぽい肌がつるりとした肌。
ヘアレスって犬種に体の感じは似ていた。
けど、顔は不細工というか気持ち悪い感じの犬だ。
この周辺では比較的よく見られるらしい。
個体そのものはさほど強くないが群れをなす。
なので、少数の時に囲まれるとやっかいだそうだ。
アラルの戦い方を始めてみた。
彼はどうやら、手数で押すタイプのようだな。
二本のレイピアを巧みに使っている。
素早い動きで群れをなす犬達を華麗に裁いていく。
俺はリラをおんぶしているのもあって、あまり激しく動くわけにはいかなかった。
かといって、一匹一匹相手にしていくのは得策ではない。
なので、アラルの邪魔にならない程度の威力で、魔術で蹂躙した。
リラの前ってのもあるし、血とか出ないように凍らせていったんだけど。
群れの半分位を失ってから、恐れをなしたのか犬達は退散していった。
リラさん別に血とか見えても気にしてない様子だな。
文化の違いか。
よく考えれば、常に魔獣や魔物に襲撃されかねない生活をしていた。
それなら、見慣れている可能性が高いか。
頭では理解しても、心では理解出来ない世界かもしれないな。
あ、でもあんまり人の事言えないのかも。
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結局その日、リリラさんの足取りはつかめなかった。
道中で何度か商人の一団と遭遇したが、目撃したような話しはない。
ただ、とある場所で、範囲魔術で何かを撃退したような跡があった。
もしかしたら犬か何かの一群に襲撃され、追い払ったのかもしれない。
彼女の魔術はやはり凄いのか?
アラルもリラも、道中での安否については心配してないようだ。
「アキトさん、どうぞ」
「リラ、ありがとうな」
夜も大分更けている。
俺達は岩場の連なる一角。
洞窟上になっている所を、今日の寝床にする事にした。
リラに渡された野菜スープと、ジャーキーみたいな肉が今日の夕食。
道中で食べれそうな獣に遭遇すればいいのだが、生憎犬以外は遭遇すらしなかった。
犬も食べれるのかもしれないけど、心情的に食べる気には慣れない。
「アキトさんって魔術も使えるんだね」
「ん? あぁ一応」
「あれは俺もびっくりしたぜ。アキトってやっぱりそれなりに場慣れしてるよな」
ジャーキーが何の肉か知らない。
けど余りうまくはないな。
「ああまぁ、そうかもしれない」
「私だけお荷物・・」
「まぁ、そう悲観すんなよ。魔力でも枯渇されてまた倒れられても困るしよ。今日明日位は大人しくしてろや。それにリラには一番大事な仕事があんだろ?」
「リリラさんの説得か」
あの悲壮な決意の眼差し。
果たして説得なんて可能なのか?
「正直言うとね。あの場の勢いで言ったけど、出来るかどうか自信はないんだ」
「まあ、そうだろうよ。正直出たとこ勝負の博打だろうしな」
アラルさんの言う事ももっともだ。
生半可な事じゃ説得なんて出来ないだろう。
「博打とわかってて何故アラルは賛成したんだ?」
俺の疑問はリラも思ったようで頷いている。
「へっ、テテチがしょぼくれて腐った姿なんてみたくねぇしな。それにあのポンコツ隊長は、いまだ十年前仲間達を失い王を守る事も出来なかった事を悔やんでいやがる。俺から見ればそんな後悔なんて、死んだ仲間達も望んでなんていねぇし、あの状況でリラとリリラを守り脱出出来たのですら、ポンコツテテチの指示がなきゃ無理だっただろうよ」
その告白とも独白ともとれるアラルの言葉。
正直俺もリラも言葉が無い。
「十年間自分を責め続けてるんだぜ? ここでリリラまで失えば隊長はテテチは間違いなく壊れちまう。尊敬する隊長のそんな姿は十年前のあの時だけでたくさんだ。もう二度と見たくねぇよ・・・」
こんな表情のアラルさんは始めてみた。
詳細は聞かされてない。
けど、彼も十年前の事件には罪を感じているのかもしれないな。
「罪があるってんなら王を守りきれないまま、リラとリリラを守る為とは言え、逃げ出した俺達だって同罪だ・・・」
「アラル・・・」
「わりぃ、思わず空気悪くなるような事言っちまった。今の話しは隊長にもテテルにも村の奴らにも内緒な」
アラルさんが流した一筋の涙。
それが意味する事が何かはわからない。
しかし、十年前の事件というのは、彼の心にも深い傷を負わせているのだろうな。
下手に慰めてもそれは上辺だけの言葉にしかならなさそうだ。
結局俺もリラも彼の告白には何も言えなかった。
「二人ともそんなしんみりした顔すんなや?」
そんな事言われても俺はともかく、リラはこんな話し聞けばいろいろと思う所があるだろうよ。
知らなかった自分の出自を聞かされてまだまもなく、整理すら出来てないだろうに。
「あ・・あの・・アラルさん。ありがとう。うまく言葉に出来ないけど、今私がこうしてアキトさんといられるのはアラルさんやパパ達のおかげ。だから、ありがとう」
「おいおい、そんな眼差しでお礼なんていらねぇよ」
アラルそっぽ向いてる。
複雑な思いはいろいろあるんだろうけど、リラの真剣な眼差しに照れてるっぽいな。
アラルにも意外な一面があるんだな。
「ちっ、アキトてめぇ何思ってやがる? はやく飯食っちまうぞ」
やっぱり照れてるんだな。
「照れてるんなら素直に照れてるって言えばいいのに」
「なっ? 照れてなんかいねぇ!! アキトてめぇ何言いやがる!?」
「あぁそう? むきになって否定する所を見ると当たりなんだな」
「んだとぅ?」
「くすくす」
リラの可愛い笑い声が俺達の耳に響く。
「やっぱりアキトさんって不思議な人だよね。アラルさんもそう思わない?」
「ん? ああ? あぁそうだな。認めたくは無いが知り合って間もないはずなのに、なんでか信頼出来るんだよな」
俺が口を開こうとしたその瞬間、突然何かの咆哮が轟く。
思わず顔を見合わせた俺とリラ。




