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ついていたのかもしれない。
山口の教えてくれたところによると、田中総業の出資によるAV製作会社T&Lプロモーションに、サカイという男はいた。酒井真二、二十八歳。準構成員だったのが、田中総業の解散以降は堅気面をして会社を続けているらしい。映像関係の学校へ通ったことがあるのが強みで、細々ではあるが会社はそれなりにやってゆけているようだった。
さらに、佐藤ありかからメールが来た。奥山由香が関心を寄せていた青年が今、店に来ているという。村沢は、下落合へ直行した。
ありかは、帰り支度をしているところで、村沢の姿を見てもわざと知らん顔をした。店長が恐いのだろうと察し、村沢もありかを無視したが、店長らしき男ともう一人、若い男が奥の部屋へ入ったのを確かめると、ありかに視線を移した。ありかは頷くと、急いで店を出ていった。村沢はDVDを物色するふりをしながら、二人の男が出て来るのを待った。若い男だけが出てきた。じゃあ、よろしくお願いしますというような事をぼそぼそと部屋に向かって言うと、男はうつむき加減に店を横切り、出て行った。はっきりは見えなかったが、ほっそりした体つきと色白の端整な横顔を目に焼きつけた。年令は二十台前半、服装と髪型は若干ゴシック風で、ヴィジュアル系バンドなんかにいそうなタイプである。若い娘を惹き付ける要素は備えていた。
村沢は、尾行を開始した。ゴシック青年は、私鉄の駅と反対の方角へ歩いてゆき、ほどなく一軒のコンビニへ入り、飲み物や食料品を買い、また歩き出した。住宅街の奥へと進んでゆく。そして、かなり大きなマンションへ入って行った。オートロックの分譲タイプのマンションである。
家族と住んでいるなら、とんだ見込み違いだ、と思いながらも村沢は、こんな事件にあまり時間をかけたくなかった。気が乗らないヤマは、さっさと終わらせるに限る。
少々荒っぽい手を使うとして、村沢はオートロックを解除する青年の後について入り、エレベーターへも一緒に乗り込んだ。青年より一階下のボタンを押し、先に降りると、猛然と階段を駆け上がった。足音に気がつき、慌てて鍵を回し部屋へ入ろうとするミスタ・ヴィジュアルの襟首をつかみ後方へやると、村沢は部屋へ踏み込んだ。
「奥山さん、奥山由香さんはいるか!?」
部屋の中は、かすかにマリファナの匂いがした。コンピュータと周辺機器、各種カメラなどの機材で足の踏み場もないほど散らかっていたが、不潔ではない。奥山由香は、十五畳ほどのリビングルームのソファの上で、両手両足を縛られたまま、うつろな目つきで村沢を見上げた。淡いラベンダー色に濃い紫のレースがたっぷりついたスリップ一枚という格好で、体にはいくつもの青痣の他に、切り傷も見えた。ある種、扇情的な姿ではある。
「奥山由香さんだね。」
「…リョウ君は?」
「友達が心配している。月島リナさんと土屋ミカさんを知ってるよね?」
由香は頷いた。
「彼女達に頼まれた。さあ、帰ろう。」
その時、由香があっと声を上げた。振り返ると、くだんのゴシック青年リョウが、どこにそんな物を隠していたのか、鉈を振り上げていた。持ち慣れぬ物を持っているせいもあるだろうし、おそらく荒事にも慣れていないのだろう、必死の形相でぶるぶる震えていた。
村沢が軽く足払いをかけただけで、リョウはぶざまに倒れ、床にキスする羽目になった。村沢は素早く鉈を取り上げ、ソファの下へ放り込むと、リョウの前髪をぐいとつかみ、顔を持ち上げた。
「この子は連れていくぞ、変態坊や。」
リョウは、村沢の顔を睨み据えると、唾を吐きかけた。
「女みたいなことをする奴だな。」
顔を拭うと村沢は、リョウの顔面を二発殴った。ボクシングをやっていたことがあるので、手加減したつもりだったが、リョウには相当なダメージを与えたようだった。立ち上がれずにいるので、その間に村沢は由香の縄を解いてやり、代わりにリョウを縛り上げた。そして、依頼人の一人である月島リナに、由香を保護したと知らせた。リナはこれから、ミカと一緒に由香を迎えに行くという。
縄を解かれて自由になったとはいえ、由香はふらついていた。
「ちょっ、こいつムカついたんだよねえ、あー、腹減ったぁ…。」
「それより、かなり写真とか撮られたんじゃないのか。」
「うん、何か色々やらされたよ。リョウとHはしてないけど、今度他の男にやられてるとこ撮るとか言って、この男もうマジ最低!」
由香は、殴られて顔を腫らし始めているリョウに近付くと、思いきり蹴飛ばした。
「いいから、何か着たほうがいい。」
由香はまだ悪態をついていたが、村沢の言うことには素直に従い、リョウのものらしいジーンズとTシャツをつけてきた。自分が着ていたものは見つからないと言う。
「処分したのだとしたら、悪質だな。」
村沢の言葉に、由香は初めて事の深刻さを理解したような顔になった。
「あ、あたし殺されてたかもしれないってこと…?」
村沢は黙っていたが、由香はうつむき、静かに泣き始めた。ふるえる細い肩を、村沢はそっと抱いてやったが、腹の中では、アヒルどもよ早く来てくれと願っていた。由香の外傷は、それほどひどくはなさそうだったが、精神的ダメージのほどはわからない。
「今、友達が迎えに来る。ご両親にも連絡しよう。」
由香はうんうんと頷き、黙って泣き続けるばかりだった。
ようやくドアフォンが鳴った。二人の少女がカメラに写っている。
「上がってくれ、鍵は開いている。」