(3)
村沢が、事務所兼住居の入ったビルの階段を昇ってゆくと、廊下に女達が喋ったり笑ったりする声が響いていた。
一応声はひそめているつもりらしかったが、隠し切れない若さが空気を伝わってくる。
村沢の事務所の前に、二人の制服姿の女子高校生が立っていたのだ。
日サロ焼けの肌と、明るく染めた長い髪。どぎついアイメークと白っぽく輝く唇。双子のように見えるのは、ヘアスタイルもメイクも同じだからだろう。品の良さは皆無にしても、二人共美少女には違いなかった。
村沢は、どちらへともなく、何をしているという風に目で問うた。
「村沢…さん、ですよね。私立探偵の。」
少女の一人が、言った。
「もう探偵じゃない。」
村沢はそっけなく言うと、ドアに鍵を差し込んだ。
どういうこと?と呟き合う二人の声を背後に聞き流し、村沢がドアを開けると、
「でも、腕はいいって聞いた!」
「友達がいなくなったの、探してよ!」
二人が同時に叫び、村沢の前と後ろを挟むような格好になった。
「どいてくれ、中に入れん。」
「話、聞いてよ。お金はちゃんと払うよ、だからぁ…」
村沢は顔をしかめると、ドアを開け、二人の娘に中へ入るよう、あごをしゃくった。ドアを閉める時、廊下に何の気配もないことを確かめた。
二人の少女は、すすめられなくとも勝手にソファに座っていた。
「もう探偵じゃないって、どういう事、ですか。」
最初に村沢に声をかけた方の少女が、尋ねた。ですます調に慣れていないらしい喋り方と、顔に似合わぬ低いハスキィな声が、頭の悪さを予感させた。
村沢は、少女の質問には答えずに、尋ねた。
「誰からここを教わった?」
「…ママ。」
「どこのママだ。『ルージュ』の巴さんか。」
「あたしのママだよ。巴さんはママの友達だけど、この件とは関係ない。」
少女は横を向いた。けばけばしい化粧をしているが、正統派の美人だ、と村沢は思った。もう一人の少女は、頬骨の高い肉の薄い顔立ちで、個性的な美人である。こちらは幾分大人しい性格のようで、心配そうに友達と村沢の顔を交互に見ていた。
「ねえ、もう探偵じゃないってどういう事?事件に巻き込まれたのは噂で聞いたけど、悪い事したわけじゃないんでしょ。」
「それもママから聞いたか。」
少女は軽く頷いた。
どうやら、母親は歌舞伎町で水商売をしているらしい。
少女は、もう一人の少女に向き直り、何事かささやいた。今度は、個性派の方が話し始めた。
「友達の…由香って子がいなくなって、携帯もつながんなくなって、それでJDに探してもらったの。でもわかんなくて、村沢さんならわかるかもなって。そしたらリナが」
そう言うと、個性派は正統派を指さした。
「その人の名前聞いた事あるって言うから、JDに住所聞いて、ここ来たんだけど探偵やめたなんて聞いてなかった。」
「JD何にも言ってなかったしぃ。」
村沢は、タバコをくわえ火を点けた。
「JDとはどういう知り合いだ。」
「ミカの彼氏の先輩。時々百人町のクラブで会う程度だけど。」
正統派がリナ、個性派がミカで、リナの母親は村沢の行きつけの『ルージュ』の巴と親しく、村沢の情報屋として警官時代から付き合いのあるJDとの関係は、さっき聞いた通りだとすると−問題はなさそうだった。
「詳しく話してくれ。」
二人の顔が、ぱっと明るくなった。
同じ高校の同級生で、いつもつるんで遊び回っていた奥山由香が、ある日学校へ来なかった。携帯もつながらない。次の日も、そのまた次の日もそうだった。両親は、数回補導歴のある由香をもて余していた。親子関係は最悪で、警察に届けるべきか迷っていたという。そこで、業を煮やしたリナとミカがJDに相談し、村沢の所へやって来たという訳だった。両親は、JDもお手上げだとなって、ようやく警察に届けたらしい。
「その子、彼氏はいなかったのか。」
「先月別れてからは、誰もいなかったよ。」
村沢は一応、元彼氏の携帯番号を控えた。その他にも二人の知っている限りの、由香の交遊関係を聞き出した。
「ホストクラブに通っていたという事は?」
「うちらと、他の友達も入れて何度か行った事はあるよ。でも、ハマるような感じではなかった。」
「意外だったけどね。あの子、いい男には弱かったから。」
村沢は、ホストクラブの名前もメモした。
「とにかく、足取りを追ってみる。何かわかったら知らせるが、また質問させてもらう事もあるかも…」
「喜んで協力するよ!」
「絶対見つけ出してよね!」
二人の娘は、口々にわめいた。心なしか、浮き浮きした調子だった。
「ヒューイ、ルーイとくればいなくなったデューイを探すのは当然だな。」
村沢のぼやきに、ミカはきょとんとしたが、リナはぎゃはははと笑った。
「アヒルかよ!?」
村沢は、かすかに肩をすぼめた。