壁の花で十分です。
一斉に視線が集中した。
そう思ったら、さっとその視線が散った。
一瞬の緊張の後、ホールへ足を進める。床に絨毯が敷いてあるので、ヒールも音がしなくて助かった。
思わず組んでいる左手に力が入ってしまったが、ウリセスは何も言わない。なら、大丈夫なんだろう。
予定通りウリセスにエスコートしてもらっている。ウリセスは背が高いので私からは見上げる形になる。でも、そもそも身体の骨格が違いすぎるので、ほとんど右手にぶら下がっているようなものだ。とりあえず姿勢だけは良くし、故郷の皇族のスマイル0円を真似てみる。
晩餐会は私が想像していたより質素で、静かだった。優雅に流れる曲に合わせ静かに踊る人たちもいれば、小声で談笑する人たちもいる。
食事は立食のようで、長いテーブルが用意されている。ここは貴族色が強いようで、王たちはバルコニーにようになった階段の上で食事を摂るようで、そちらだけ椅子が違う。そこからホールが見渡せ、中心で踊る人々と、楽隊が見下ろせる。
小さなオペラ座のようだ。
「ウリセスさん、私踊れませんから。」というか、踊りませんから。無理ですから。全身で訴える。
「…ではリオ、五大候から行くか。」ウリセスはそう言うと私を連れてダンススペースとは別のソファーのある場所へ近づく。
「これは、ヒューザード殿には随分綺麗な花を連れていらっしゃる。…もちろん紹介はしてくださるのでしょうな?」うわ、何臆面もなく言ってるんですが、あなたさっき見てるでしょうに。
にこやかに笑うヒゲ―以後ヒゲ―は、中肉中背、歳の頃は50過ぎ、なかなか渋めのいい男だが、両手に花を抱えているのはあなただろう、と私が心でツッコミたくなるくらいに、しなだれかかった女性が2、3、4、まぁ、取り巻きとして6人ほど。
ここは王宮なんですよね。それにしては皆さん、胸元の激しく露出してらっしゃること。え?ひがみじゃありませんよ。ええ。たぶんきっと。
「オーティス候ほどではございません。リオ、こちらは五代候の東方守護、オーティス候です。ご挨拶を。」
「お初にお目にかかります。リオと申します。」精一杯のエセ営業笑顔を貼り付ける。ドレスを摘まんでかるく会釈。これだけなのに背筋を伸ばしながらと意識するとかなりしんどい。明日は絶対筋肉痛だ。
「リオ、殿でしたな。先ほどはなかなか愉しませて頂きましたよ。あの王にあそこまで言われる女性も珍しい。」ヒゲはやっぱり覚えていた。じゃあお初と言った意味が…まぁいいか、もう。
「…お恥ずかしい限りです。」ほほ、と笑ってみるが乾いた笑みしか貼り付けられない自分が憎い。
「いやいや結構。結果どうあれ、我らに損は無い。私の花になりたければいつでも歓迎するよ?」そう言うと私の手を取り口付ける。ぎゃー。何どさくさに口説いてんですか。いい歳ですが、免疫ないのでやめてくださいそういうの。
「オーティス候。」ウリセスがたしなめるように言い、私の手を奪う。
「ヒューザード殿は堅くていかん。それでは花に蝶も近付けぬ。」オーティス候は笑うと女性たちを遠ざけた。
「私は容疑者になるのかい?」すっかりバレている。
「情報は多いに越したことないですから。」となれば話は早い。私はオーティス候に聞きたいことを聞いた。
10日前はどこにいたか。
王宮の図書館には出入りしたか。(これは図書館の記録を後で検証する。)
セラフィナとは面識があるか。
妃候補の有無。
そして最後に、
「『黒の術師』についてどう考えているか、お聞かせ願えますか。」
オーティス候は一瞬私を見たが、次の瞬間にやりと笑った。
打楽器を打つ音と共に、ホールの扉が開く。
王族の入場だ。
キラキラ王&王太子と王妃と…?
キラキラシリーズが増加している!!
ま、眩しい。この距離でこの眩しさ。王族は美形だとトリップのお約束はこんなところでも有効なの!?
サングラスが欲しい。
えー、解説、リオです。キラキラ王様、キラキラ王太子、キラキラ王妃様、その他、キラキラ美少年と美少女がおりますよ!
なんという眩しさ。思わず口ぽかんと開いてしまいました。ウリセスが声かけてくれなかったら、開いたまんまだった。危ない危ない。
確か、エセルバードの弟と妹。歳が離れているので公務はしていないが、晩餐には出るようだ。写真で見るより数倍キラキラしているのは王太子だけではなかったらしい。
例えるなら、天使と将来天女になるウフフアハハな感じの宝石たちです。うん。そろそろやめておく。
王が挨拶した後、乾杯の言葉でグラスを持ち上げ、これでまた元に戻るのかと思ったら。
エセルバードが、ドS王太子が、こちらを見ましたよ。
何あれ、嫌な予感。
「本日は皆に報告すべきことがある。かの、『黒の術師』が100年ぶりにわが国へ来訪した。既にヒューザード殿の第一の君をその力で救い、私の憂いを取り除いてくれた。――――リオ、こちらへ。」
ぎゃあああああああああ!!
何がこちらへ、だこのドSめ。私は関係ありません。本気で関係ありません。勘弁してください。何その主賓扱い。目が猛禽類になってますから、どうしろって…
「リオ、大丈夫か。」ウリセスの声で我に返る。
ドS王子の目が『早くこっちへ来いウスノロ』と言っているような気がしてなりません。
よろよろと歩いていくと手を引かれます。にっこり笑った顔は神々しく光輝いております。目が怖いのを除けば、ほぼ女性すべてがこのドSの前にひれ伏すでしょう。
なんと言う、不公平。
「6代目『黒の術師』リオだ。」
あ、6代目だったんだ。初めて知った。
こうして、私はその晩餐の主役であることをはじめて知ったのだった。最近は経費を削減しているのでこうした夜会も久しぶりなのだそう。いや、私なんぞでそんな税金使わずとも良いですから。やめてください。刺されたくない。
壁の花で十分なんですけど。