一日一善。
次に目が覚めたときは、眩しい光。
ということは、さわやかな朝、なんでしょう、きっと。
ぼうとベットの上でしばらくいると、ノックと共にどやどや人が入ってくる。
女子が3人。
「失礼致します。お目覚めはいかがですか。」その中の一人。茶色の髪のショートボブの女子が言う。
「・・・・大丈夫です。」少しおなかが空いたくらいで。
茶色の後ろに水色と赤色の髪が見える。キラキラしてるなぁ。
「失礼致します。」茶色の女子が私の服に手をかける。いやいや、着替えくらい自分でできますから。
「お時間がございませんので、私どもはリオ様の準備をするよう言い付かっております。」
「準備?」
「はい、王宮から召集伝令が参りました。急ぎ、支度をしなくてはなりません。」
・・・・おうきゅうって聞こえた。王宮。
「よろしいですね?」なんだか女子3人に囲まれるとこうも圧迫感があるのか、としみじみ思うのだけど。どう見ても君たち私より年下よね?年下の女性に世話をさせるいわれは全くないのだけど、というかむしろやめて恥ずかしい。
「よろしいですね?」なんで、笑顔がオフィスで戦うOLさんを連想させるのか、誰か教えてください。
そういうわけで、私の抵抗はむなしく空を切った。
重いです。
気持ちも重いが着ているものがもっと重い。ユ○クロ万歳、現代の技術万歳、こんな重いものを着ている人間の気がしれない。
つまり、ドレス。
この歳でこんなもの着て何が楽しいのか。むしろ勘弁して。
ピンクは無理なので本気で頼み込んでやめてもらった。胸元が開くデザインも泣きそうになりながら却下した。コルセットも緩めてもらった。
ここでドレスに詳しい人間なら色々わかるのだろうけど、あいにく私にそんな詳しいことはわからない。首元からハイネックでレースが連なり、紫色のラインが逆のV字を描くように腰まできていて、胸元は編み上げになっている。腰から裾に開くようになっており、間をレースが覆っている。パニエを履いているので、かなりふわふわしたスカートになっている。肩はふんわりとした袖で肘まであり、肘から長くまたレースの連なりがある。手には手袋。花の刺繍の連なりが入っている。
助かったのは床まであるタイプではないこと。ブーツは編み上げ。
そしてヘッドドレスはボンネットタイプではなくレースを使用した控えめのもので片側に花飾りとリボンがついている。
こちらの化粧はよくわからなかったが、それなりに顔を作ってもらった。濃い口紅などはなかったので、良かった。
蜜蝋とか塗られたら死ぬ、とか思っていた(にわかヨーロッパ知識です。)ので水銀とかでもないあたり、私の身の安全は保たれた。
そのかわり蜂蜜の匂いがしたから、そういう類のものを使用しているのかもしれない。
すっかり準備が終わるころには、ぐったり疲れていて、しかもまだ朝食を食べていない。
あれよあれよという間にまた乗り心地の悪い馬車に連れていかれた。
中には既に人がいた。
ウリセスと『宮廷術師』、そしていつも世話をしてくれいてた私の部屋の使用人の彼女。
「リオ様、アリッサです。よろしくお願いいたします。」どうやら、彼女はこれからも私につき、王宮へ行ってからも何かとサポートしてくれるらしい。
「これを、兄から預かっております。」そういって渡してくれたのが、
『黒の総本』
甦る記憶。
「・・・・・・どうも。」とっても受け取りたくない気持ちと裏腹、本はしっかり私の手に馴染む。
っていうか。
「兄?」これを持つ人物は一人しか浮かばないけれど。
「はい、ヨアキムは私の兄です。」
また衝撃事実。
こんな歳の若い妹がいたんですか、ヨアキム。
「お、お兄さんにはお世話になってます・・・」思わず出てしまう社交辞令。
「あちらに着きましたら、またお召しになっているものを変えますが、何かご希望はございますか?」
「ええ!?」ただでさえ、疲れているのに、まだこの服装から変われと!?
「閲見に際して、その格好では・・・」アリッサが『ねぇ、わかるでしょ』というような目で訴えてくる。
いえいえ、これで十分です。そんなひらひらのお姫様ドレスとか言われた日には、眩暈がしますから。
私は面白そうに見ている『宮廷術師』とウリセスを見て、断言する。
「ウリセスと同じもので。他は受け付けないわ。」
「リオ様!?」アリッサが悲鳴を上げる。
知るか。
何が悲しくて結婚式でもないのにそんなひらっひらのものを着なくちゃいかんのだ。ドレスは乙女の夢だけど、よく考えて。
「普段着慣れていないものを着て、何か粗相があった時に対処できる自信が無いわ。」
200歩譲って今のドレスだってギリギリなのだ。動けるから文句を言わないだけで。
「それに、王宮が用があるのは私の外見ではないでしょう。」ウリセスに言う。
少なくとも、女子のお茶会ではないのだ。仕事モードになるのなら、それに相応しい装いでないと。
「リオ、召集伝令が来た。王宮へ行かなくてはならない。」ウリセスが言う。
うん。もう、わかった。多分、わかった。
ウリセス、あなたいつも言葉が足りないとか言われない?
「説明をして。第一に、あなたは屋敷を出ても良いのかということ、第二に、私の身の安全は保障されるのかということ、第三に、妹さんの具合のこと。」そこで私は『宮廷術師』を見てさらに言う。
「実験は成功した。『黒の総本』を使えたから、今この現状があると認識してかまわない?必要なら、セラフィナさんにかけられた『呪い』の説明もしましょうか。」
「リオ・・・すまない。そして、ありがとう。」ウリセスは言う。
そう。最初にそれが聞きたかった。ウリセスときたら、私の格好を見るだけで何も言わないのだから。そんなにおかしかったか。悪かったよ。いい歳の女がこんなひらひらゴシックロリータな格好して。私だってしたくてしてるわけじゃないんだから。
「流石に男装はどうかと思うがね・・」『宮廷術師』はそんなことを言う。
「ドレスでは何かあっても動けません。」あんな風に、襲われたって逃げれない。ナイフを所持した使用人はどうなったのかわからなかったけれど。
「では道すがら、説明しよう。」
「ちなみに、王宮までどのくらいかかりますか?」ドレスのおかげでクッションにはなっているが、馬車は前述した通り、乗り心地が非常に悪い。
この椅子だけでも日本の車の内装が欲しいと切に思う。
「そうだねぇ、まぁ昼くらいには着くんじゃない?」のんびりした様子で答えたのは『宮廷術師』。
「昼!」ありえない。
忍ばせた時計の秒針は7時を指している。朝の7時だ。
ぐう、とおなかがなった。恥ずかしい。
「リオ様、お食事はこちらでお願いします。」そういってアリッサが用意したバスケットには色とりどりのサンドイッチとフルーツ、サラダ、どうもスープやデザートまでありそうだ。
「皆は?」ウリセスと『宮廷術師』は既に済ませたらしかった。
この狭い馬車の中で食べ物の匂いが充満するのもどうかと思ったので少し窓を開ける。
「いただきます。」手袋を外し、ハンカチを広げてサンドイッチをほうばる。
美味。
「リオ様、リオ様が美味しそうに食べるので料理長も嬉しく思っているとのことでした。どうぞ、ゆっくりお召し上がりください。」アリッサが言う。
こくん、と頷いてハムサンドの攻略にかかる。食事中なので口は開かない。
「リオ様、王宮では不審な人物はいませんしリオ様を襲う人物もいません。我が主が必ずリオ様をお守りいたします。ですから、どうか・・・!」
アリッサが熱意のこもった目で見てきた。そんな涙腺緩んだ綺麗顔で見られても、動揺しませんよ?
「どうか、私の選んだドレスをお召しになってくださいませ・・・!そのための私です。リオ様が必要ないとおっしゃると・・・」
「当然、お嬢さんは必要ないってことになるな。お前はこのお嬢さんの仕事を奪うことになる。」ニヤニヤと『宮廷術師』は言う。
そこで私は一つ考えを改めた。何故言いなりに謁見だけのためにドレスを着るのかと思っていたが。
「・・・・わかりました。アリッサ、お願いだからひらひらピンクとかはやめて。本気で。」
そう言うとアリッサが満面の笑みで頷く。ああ、いいことした。
一日に1つは善いことをしろと、どこかの教科書に書いてあった。
善いことの中身が、『偽善』なのか『良心』なのかは別として。
私はまるで彼女をいたわるかのように微笑むと、『黒の総本』を少し撫でた。
まぁ、別に私は彼女のためにそう言ったんじゃなかったんだけど。
※文章中の表現を直しました。(2/12)