私の宝物
小学校の頃の話です。私は伯父さんに連れられて近所のスーパーマーケットに行きました。他に大きな店がない田舎では大変便利な場所でいつも人で賑わっています。二階に上がるエスカレーターの前の休憩所にはいろんな人が座っておしゃべりしていました。
「お?あれはアケミちゃんかな?」
おじさんがぐいぐいと私の手を引いてそちらに行こうとするのをつんと体を後ろに倒して止めました。もう小学校もあとわずかで卒業する私の体重は伯父さんを止めるには十分でした。くいっと左足で体を支えた私の前を伯父さんが「おとと…」と歩きます。
「はよ行こうや」
駄々を言うのも久しぶりの私でしたがそれだけ気分が舞い上がっていました。今日は私の誕生日…、の三日前。盆に帰ってきた伯父さんが私にプレゼントを買ってくれるそうなのです。
「待てて。ほな急がんでも」
伯父さんははしゃぐ私を制し、先に行っていろと言いました。伯父さんは友達が多いなあと呆れてしまいました。こうなると遅くなるのは目に見えています。私は「早くね」と言い残してとぼとぼとおもちゃ売り場へ歩きました。
子供の私にとっておもちゃ売り場はまるでお金持ちの家でした。遊び道具といえば拾っていたボールと学校で使う縄跳びしかなかったので、手に取ったそれがどうやって遊ぶものなのか検討もつきませんでした。ただ一つだけ、そう輪ゴムでプロペラの回転する青い翼の飛行機が欲しかったのです。一度だけ持たせてもらったそれは、私が両手いっぱいで持つくらい大きくて、ずっしりとした重さがありました。それが堂々と空を飛ぶ姿を一目見た私は暇さえあれば「あの飛行機をピューンと飛ばせたらなあ」などと考えていました。
東京から帰ってきた伯父さんにそのことを話すと買ってくれるというので私は伯父さんについてきたのです。私はすぐに買ってくれると思っていたのですが、まず最初に私を連れて隣の家に行き、その後は私を荷台に座らせて自転車で伯父さんの友達の家を何軒も回りました。
飾ってある飛行機を遠くから眺めていると、いかにも裕福そうな三人の子供がやって来ました。三人のうち、一番大きいのは同い年くらいに見えます。椅子に腰かけていた私を横目でちらっと見ましたが、彼らの目はすぐにおもちゃ売り場の方へそそがれました。何やら嫌な予感がして伯父さんを呼びに行こうかと思いましたが、彼らから目を離せずにパタパタと足だけがせわしなく動きました。
小さい鏡を見ながら彼らのお母さんらしき人がやってきて、私にも聞こえる大きな声でこう言いました。
「さあさ。そんなにはしゃいじゃみっともない。一人三つまでよ」
別に私に言ったわけじゃなくて、きっとあの家ではそれが普通のことで…。小さな私にすらそうと分かっていましたが、何というか虚しくて、少し涙が出ました。
彼らのうちの一番背の高い子が私の欲しかった飛行機を買って行くのを見ても何も感じませんでした。あんなに格好良かった青い翼も今じゃ霞んで見えます。本当に何も感じませんでした。
伯父さんがやってきて半泣きの私を見て何があったのか聞きました。俯きながらぼそぼそとしゃべる私の話を「ほうか。ほうか」と相槌を入れながら聞いていた伯父さんは、私が話終えると「よし。もっとええもん買ったる」と言って私を無理やり引っ張って行きました。
そこは時計屋でした。着くなり伯父さんは「こん中で一番丈夫なやつくれ。こいつが大人になっても使えるやつをな」と言いました。そうして出てきたピカピカの腕時計を私の腕にはめさせ伯父さんはニコニコしていました。「お金あるの」という私の問いかけに「心配ない。心配ない」と伯父さんは答え、懐から出した茶封筒から何枚もの紙幣を店員に払っていました。私の腕にくっついているそれは夢に見た飛行機に負けないくらいにキラキラと光っていました。
それからというものその腕時計が私の宝物になりました。伯父さんは夢だった絵描きを諦めて私の通っていた小学校の美術の先生になりました。大きかったスーパーマーケットは小さくなり、おもちゃ売り場には新しいおもちゃが並んでいます。
「ほんまはあの金でヨーロッパに行くつもりやったんや」と二十歳のときに聞いたときにはやっぱりかと思いました。きっと私をダシにして近所でお金を借りて回っていたんでしょう。
ぶかぶかだった腕時計はすっかり腕に馴染み、今でもキラキラと輝いています。
伯父さんがいなくなった今日、私はこんなふうに思い出すのです。
読んでくださってありがとうございました。