第1話 エースが消えた日
金属音が乾いた破裂のように球場へ広がった。
白球が高く舞い上がる。スタンドからは待ちわびたように大歓声が押し寄せた。
あと一人。あとアウト一つ。
その声が、祈りのようにグラウンドを満たしていた。
グラウンドで最も高い位置――ショートの守備位置に立つ少年は、深く息を吐く。
両手を大きく広げ、落ちてくる白球を優しく受け止めるようにグラブで包み込んだ。
乾いた音。主審のアウトコール。
その瞬間、ベンチから飛び出した仲間たちが一斉にピッチャーマウンドへ駆け寄った。
世界大会決勝、優勝の瞬間。涙と笑顔と歓声が球場を揺らす。
「将也!!」
その渦の中心にいるのは、エースナンバーを背負った本城将也。
だが彼だけは笑わなかった。
勝利の喜びを拒むように、スタンドを凝視していた。まるで何かを探すように。
キャッチャーの早乙女は気づく。
この試合、正面からずっと将也を支えてきた相棒だからこそ、彼の違和感を見逃さなかった。
だが、スタンドにあるのはただの観客の群れ。泣きながら声援を送る保護者、国旗を振るファン。特別なものは、どこにもない。
「……将也、何を見てる」
「……宏がいねぇんだよ。絶対来るって言ってたのによ」
将也の声は歓声にかき消されそうなほど小さかった。だが、その顔は世界一を決めた少年のものとは思えない。まるで全てを失った人間のように暗かった。
「どうせ遅れてんだろ。あいつ、そういうやつだし」
早乙女は軽口を叩いて励まそうとする。だが将也の瞳の奥に揺れる焦燥は消えなかった。
二人は同じ中学に通う十三歳。
だがこの大会では、将也は日本のエースとして、早乙女は正捕手として世界を相手に戦ってきた。十戦連続無失点。その名はすでに“黄金バッテリー”と称され、世界を圧倒していた。
チームメイトも皆、全国屈指の逸材揃い。十三歳にして既に高校野球の強豪校でレギュラーを張れるとまで噂される猛者ばかりだ。
監督も前日のインタビューで彼らを「U-15世代最強のチーム」と絶賛していた。
だが、その絶賛も優勝の喜びも、将也の心には届かなかった。
宏――彼がここにいないというただ一点が、すべてをかき消してしまっていた。
「まずは並ぼうぜ、相棒」
「ああ……」
将也は自分に言い聞かせるように頷き、列に加わった。
あいつなら大丈夫。遅れてるだけだ。そう思い込むことでしか、胸のざわめきを抑えられなかった。
試合終了のサイレンが球場に鳴り響く。
その音に重なるように、遠くからもうひとつのサイレンが微かに聞こえた。救急車のサイレンだ。
将也がそれに気づいていたのかは誰にもわからない。
ただ、後になって人々は語る。あの音は未来を告げる不吉な鐘だった、と。
試合後の整列を終えた将也と早乙女、そしてもう一人の幼馴染は、両親に呼ばれるまま観客席を後にした。歓喜の余韻に包まれる球場を、誰よりも早く去っていった。
そして、それが――
“球児一の天才”と呼ばれた本城将也の、最後の姿だった。
お読みくださりありがとうございます!
感想や下の☆からの評価などいただけたら嬉しいです!!




