【第8話】市場への潜入、そして不穏な気配
翌朝——。
クロとノアは、《終末区》のさらに奥にあるスラム外れの地下口に立っていた。
「ここが……《リミットバザール》?」
クロが見下ろすその先には、朽ちた鉄扉と、地下へと続く階段。
「正確には、寿命非合法取引が行われる“命の裏市場”。正式な登録がなければ本来は入れないけど……あなたの波長を使えば、裏ルートで通れるわ」
ノアは、そう言ってクロのライフリングに指を伸ばした。
カチリ。
リングが一瞬だけ蒼く光る。
「これで、“密売人”として認識されるはずよ」
「ずいぶん手馴れてるな……」
「以前、何度か潜入したことがあるの。……それが、私が“観測者”になった理由でもある」
「……そうか」
クロはそれ以上、何も聞かなかった。
ギィ……。
重く軋む扉を押し開け、階段を下りる。
その先には——異様な熱気と、圧倒的な“寿命の匂い”が渦巻いていた。
「ようこそ、リミットバザールへ」
市場の中心には、電子パネルに映る寿命残量のオークション、
寿命で購入できる違法スキル、延命装置、果ては他人の時間そのものまで。
人々は笑い、叫び、取引を繰り返していた。
「……本当に、人間の市場かよ」
「欲望の、ね」
ノアは少しだけ苦笑した。
そのとき——
クロの視線が、ある一点に止まる。
市場の一角に、檻の中で膝を抱えて座り込む少女の姿。
銀色の髪、血の気を失った頬、そして——
「……あれ、見覚えがある」
「知ってるの?」
「昨日、助けた男の“妹”だ」
クロの表情が曇る。
「彼女は売られてる。『寿命資産あり・スキル未発現』と表示されてるわ。……高値がつく」
クロの奥歯がきしむ音が聞こえた。
「こんな……ふざけた市場、許せねぇ……!」
ノアがそっと袖を掴んだ。
「落ち着いて。今は動けない。もし騒げば——あなた自身が“削除対象”になる」
「……ッ!」
クロは、拳を握ったまま唇を噛んだ。
心の中で、確かに何かが変わり始めていた。