【第6章 第11話】働きの名札
朝。
広場から少し外れた職人通りに看板が並ぶ。仕立て、道具の修理、薬草屋、貸し本。
まだところどころで人の名前を聞く習慣が残っていた。
ノアが端末を示す。
端末《残存:名の書き入れ(仕立て・宿帳・貸し本)/苦情:時々(呼び間違い)》
『ここを**“働きの名札”**に置き換える。**印名+信用印(性質)**で十分のはず』
「いまだけ」
セレネがぼくの指をそっと押す。《命響》が繋がり、胸の圧が半拍ぶん軽くなる。
(顔が近い。……落ち着け、ぼく)
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1)名ではなく、働きを掲げる——働札
仕立て屋の前に、短い読み札を貼った。
働札の約束(短)
人の名前はいりません。
印名(やることの名前)+信用印(性質)で受け付けます。
例)「裾上げ・二指」「服ゆったり好き」
二で開示/三は踏みません。
「《印付け》——働札」
窓口に印名欄と性質ラベルを置き、受け付け時に一鈴。足元へ音跡二拍、右下には零印○(寿命=0)。
端末《働札:運用開始/寿命欄:0固定(零印○)》
仕立て屋の老主人が頷く。
「**“いつ・何を・どう好きか”**が分かれば足りる。名は要らないさ」
セレネが補足する。
「性質ラベルは、甘め薄め/熱いの好き/遅歩きみたいに優しくね」
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2)支払いは“届いた証”から——合図点+業点
「受け口での合図だけじゃなく、仕上げや案内も届いた証にしたい」サジ(合図係)が言う。
「《印付け》——届印/業点」
•届印:説明が届いた/要望が通じた記録(音跡・息印で確認)
•業点:仕上がりの受け渡しでつく“働きの点”。日給に換算(**帳(仮)**で処理)
端末《届印:+/業点:+→日給換算/人名:不使用/公開:ON》
ノアが公開箱の窓に数字を出す。
端末《合図点:今日の加算→見える/業点:新規→加算開始》
『働きが働きで払われる。名は関係ない』
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3)“名寄せ”の罠——束ね札への対処
昼、路上で薄い札が配られた。
《常連の束ね札——よく頼む人をひと目で!》
(性質ラベルを束ねて、人を特定に近づけるやり口)
「止めて、結び替える」
「《封鎖》——束ね札の請求だけ凍結」
「《結時》——混印/交代鍵」
•混印:同じ印名の束を小分けにして、受け口ごとに混ぜる箱へ。人に戻らない。
•交代鍵:受け手が替わるたび鍵(拍鍵)が変わる。束ねは鍵で分解される。
端末《束ね札:無効/混印:有効/交代鍵:稼働/再識別:不可》
セレネが読み札を足す。
束ねません。混ぜます。
鍵は仕事ごとに替わります。
老主人が笑って肩をすくめる。
「常連は“好き”で覚える。名前じゃない」
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4)宿帳と順番——順番印/予約印
宿屋ではまだ宿帳に人名を書かせていた。
「夜の安全が……」と女将。
「《印付け》——順番印/予約印」
•順番印:**刻限+部屋印**の二つで通す。
•予約印:印名+刻限だけ。人名禁止。差異は公開で調停。
端末《宿帳:人名→不使用/順番印:有効/予約印:有効/寿命:0(零印○)》
セレネが手早く口上。
名はいりません。印名と刻限で通ります。
二で通して、三は踏みません。
女将は胸に手を当ててほっとした。
「呼び間違いで怒られることも、もう無いね」
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5)貸し本の“長持ち札”——返し輪で守る
貸し本屋では**「延滞なら寿命を参考に」という古い紙切れが貼ってあった。(また寿命参照**……)
「《結時》——時寿分離+返し輪」
返却の時と寿命線を分け、勝手に触れようとする線は返し輪で元へ戻す。
延滞は余拍で扱い、支援流へ一部回す(公開)。
端末《寿命参照:遮断/延滞:余拍→返送/支援:小→業点へ/零印○:維持》
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6)小さな恋の事故——採寸
仕立て屋の奥。
裾上げの印名を貼ったぼくに、セレネがメジャーを持って近づく。
「いまだけ、手、ここに」
(ちょ、近い)
彼女の指先が膝の外側で止まり、顔が少し赤い。
「恋名——じゃなくて太もも」
「どっちも危険な言い間違い!」
老主人が咳払いで笑いを飲み込む。
ノアが端末に息印の記録を残しながら、やれやれと肩をすくめた。
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7)“優先顧客”カードの再来——順番の見える化
午後、また**「優先」の札が出回る。
(列を崩して三**へ寄せる手)
「《封鎖》——優先札」→「《結時》——順番印(見える窓)」
順番を公開箱に鏡張りし、誰でも見える。変更は合図係の声紋印が要る。
端末《優先札:無効/順番:公開窓→安定/差し込み:ゼロ》
セレネが短く言う。
「声で聞けば、すぐ分かる。名はいらないよ」
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8)今日の看板と数字(働き版)
夕方、広場の公開箱へまとめを入れる。
今日のまとめ(働きの名札)
・働札=印名+信用印で受け付け(人名不要)
・届印→合図点/業点=“届いた・仕上げた”を日給へ
・束ね札は混印+交代鍵で無効化(再識別不可)
・宿帳は順番印/予約印へ置換(差異は公開で調停)
・寿命参照は時寿分離+返し輪で遮断(零印○維持)
・優先札は順番の見える化で解消
ノアが数字を掲示する。
端末《苦情:低/呼び間違い:0/届印:+86→合図点換算/業点:新規+54/延滞:余拍返送→支援(小)/寿命欄:全拍0(零印○)》
『二で開示のまま、**三(固定)**は踏んでいない。観測摩耗:0』
サジが鈴を軽く鳴らし、照れ笑いした。
「働きで回すって、腹の音が静かになる」
セレネがぼくの袖を引く。
「いまだけ……恋名は使わないけど、印名に**“並んで歩く”って入れておいて」
「並んで歩く・二拍」ぼくは働札に書き込む。
老主人がニヤニヤし、合図係の少女が拍鍵をふっと灯して一鈴**。
——二で通して、三は踏まない。
名の重さは、働きの言葉へと置き換わった。
次は、合流点で二準拠を標準にする——読み札は三行で。




