【第6章 第10話】交差裁ち返し
昼。
川上からの使者が伝言を置いた——「交差切り、広域で再試」。
黒外套のグラムが広場に姿を現す。外套の裾は風に揺れ、刃は見せない。
「今日は切らずに試す。——それでも落ちるなら、その結びは嘘だ」
「受けるよ」ぼくは頷く。
「二で通して、三は踏まない。切らずに結ぶで、見えるままやる」
「いまだけ」
セレネがぼくの指に触れる。《命響》が繋がり、胸の圧が半拍ぶん軽くなる。
……と、そこで彼女は少しだけ早口になった。
「灯は数える、鈴は休む——あっ違う!」
広場がふっと和む。ぼくは笑って小声で直す。「鈴は数える、灯は休む」
セレネの耳までほんのり赤い。
(緊張、してるんだ。——大丈夫。一緒にやる)
ノアが端末を開き、短く宣言する。
端末《公開:ON/観測摩耗:0/時寿分離:維持(零印○)/二重公開:街側×テン側》
『今日の試験は交差切りの連鎖。入力は余拍→返送、記録は公開で固定しない』
看板(短)
交差裁ち返し(公開)
・鈴=数える/灯=休む
・切りは入力→余拍で返送(寿命=0)
・二で開示/三は踏まない(差異はその場で調停)
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一手目:交差の芯を断つ
グラムは広場中央、東西の拍線と南北の拍線が交わる交点に指を置く。
「芯だけを、薄く交差で断つ」
空気がかすかに鳴り、交点が紙一枚ぶん沈む。
(芯を狙うなら——三重で受ける)
「《結時》——表結び+裏結び+逃げ結び」
表は見える結び。裏は観測の裏針。
逃げは交点の脇に置いた小さな輪で、力だけを輪へ逃がす。
端末《三重結び:有効/交点:存続/入力:輪へ吸収→余拍箱》
公開箱の窓に入力→余拍の矢印が出る。零印○は各拍の右下で静かに光る。
セレネが声を張る。
「交差鈴(二連)! 横、今!」
チリン・チン。横断が滑り、縦は間灯で一拍休む。音跡二拍が崩れない。
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二手目:面で剥ぐ
「なら面で」
グラムは交点を中心に、拍線の一帯を薄く剥ぎ取ろうとする。
(面剥ぎなら——網で受ける)
「《結時》——網結び(クロスネット)」
斜めの糸を幾本も跨いで張る。一本切れても、同じ向きの別糸が支える。
端末《網結び:有効/剥離:失敗/取りこぼし:なし》
ノアが解説する。『面には面、力は輪→余拍。寿命は0のまま』
右側のテンペスト窓——寿命欄は0、隅に零印が○と灯る。
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三手目:交差連鎖
グラムは両手を広げ、交点→次の交点→次の交点と等間隔で切りを連鎖させる。
拍ごとに半拍遅れの波が走り、音跡を薄くしようとしてくる。
(遅延は見えるに変えて、声で埋める)
「《印付け》——波見」
揺れた場所にだけうすい線の波紋を一拍表示(数えない)。
「《結時》——声重ね(コーラス)/基準=合図係」
合図係の少女が口上を置き、ぼくとセレネ、サジが半拍遅らせて重ねる。
**息印(半拍の灯)**が淡く点り、音跡二拍が濃度を取り戻す。
端末《連鎖遅延:見える化→緩衝路吸収/音跡:二拍維持/余拍:収集→返送予約》
グラムの目が少し細くなる。「声で埋めたか」
セレネが小声でぼくの袖をつまむ。
「ねぇ、いまだけ——手、もうちょっと強く」
「……うん」ぼくは指を重ねる。
(手の熱が、拍の乱れを消していく気がした)
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四手目:終わりをずらす偽・二連
終わり際、橋の下から二音×2が返る——偽の二連終鈴。
(夜版の三層、昼にも応用)
「《結時》——終鈴(三層・昼拡張)」
音=二度、終灯=一瞬、さらに鈴紋の輪を一重残す。
偽の二連には輪が出ない。数えにも入らない。
端末《偽終鈴:無効/取りこぼし:なし/差異:ゼロ》
テンペスト窓の時刻は30で確定、寿命欄=0の零印○が残る。
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入力の返し方——裁ち返し
試験の合間、グラムは短く言う。
「入力はどこへ行く?」
「《封鎖・判定》——入力=余拍→配給側へ返送。記録は公開箱、寿命=0」
ノアが数値を出す。
端末《入力:22→余拍→刻限後返送/観測摩耗:0/寿命:全拍0(零印○)》
ミリィが立会札を入れる。
《交差裁ち返し:入力→余拍返送/時寿分離=維持/公開=改ざん不可》
「A:合格。切らずに“返す”が見える」
グラムは外套の裾を整え、ぼくを見た。
「切らないのに、刃が遺す圧まで返す。……刃の使い道は、確かめるためだけでいいのかもな」
(グラム……)
セレネが小さく笑い、ふいに言ってしまう。
「刃より、鈴のほうが似合うよ」
広場が少しざわつき、グラムの口端がほんのわずか——上がった。
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ちょっとした混線——ラブコメ事故
終わり際、セレネが口上をもう一度。
「名は要らない、こ、恋名——じゃなくて印名で通ります!」
合図係の少女が肩を震わせ、広場に笑いが走る。
ぼくは顔が熱くなるのを誤魔化して、看板に一行足した。
追記:恋名は使いません。
**印名(やることの名前)**で通ります。
セレネがますます赤くなり、袖を引っ張る。
「いまだけ、忘れて……」
「忘れないよ」
「忘れて!」
(……覚えておく)
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終わり方と調停
チ、チン。終鈴(二度)、終灯が一瞬。二拍の音跡が帯になる。
テンペスト窓の自動補正が**+1へ傾く前に、ぼくは指を置いて短く告げる。
「《封鎖・判定》——時=30/寿命=0」
差異はその場でゼロ**に揃い、零印○が静かに残る。
端末《刻限:満了/差異:解消/固定:未実行(二止め)》
グラムは去り際にひと言。
「刃は縫い目を確かめるため。結ぶ側に渡しておく」
外套の影が細くなり、橋の方へ消える。
セレネがぼくの手を握る。
「さっきのは言い間違い。……ほんの少しだけ本音」
ぼくはうなずく。
「二で言い直せる。三にしないから、やり直せる」
ノアが咳払いして話を戻す。『公開箱、閉じるよ。今日のまとめを入れて』
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今日の看板(交差裁ち返し)と数字
今日のまとめ
・三重結び(表+裏+逃げ)+網結びで交差切りを受ける
・入力は余拍→返送、記録は公開箱、寿命=0(零印○)
・偽終鈴は三層(音二/灯一/輪一)で無効化
・遅延は波見+声重ねで埋める(基準=合図係)
・二で開示/三は踏まない(差異は即調停)
端末《通過:通常比+11%/苦情:低/入力返送:22→完了/偽終鈴:検知6→無効6/観測摩耗:0/寿命欄:全拍0》
セレネが深呼吸して、もう一度だけ正しい口上を。
名はいりません。印名で通ります。
鈴は数える、灯は休む。
二で通して、三は踏みません。
合図係の少女が拍鍵をふっと点し、一鈴が澄んだ。
ぼくは継承鍵を握り直す。温度は変わらない。
——切らずに結んで、返す。
恋名は使わない。けれど、手の温度は記録しないまま残った。
次は、街に残る最後の“人名前提”を働きの言葉へ全部置き換える。




