【第6章 第7話】失われた角
朝。
夜に降った水で西筋の二つの角が抜けていた。
看板は一本流され、拍線は泥で見えない。吊り灯は水滴で鈍い。
ノアが端末を覗く。
端末《欠損:看板×1/拍線:不鮮明/吊り灯:減光/通過:低下(西筋-18%)》
『見える合図が足りない。——声と足下で補おう』
「いまだけ」
セレネが指を重ねる。《命響》が温かく繋がり、胸の圧が半拍ぶん軽くなる。
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1)即席の“声の看板”——口上(緊急版)
ぼくは流された角の前に立ち、短い口上を置く。
口上(緊急)
名はいりません。印名で通ります。
鈴は数える、灯は休む。
線が見えなくても、足跡で道が見えます。
合図係の少女が拍鍵(息の灯)をふっと点してから、口上をはっきり重ねる。
チリン。一鈴。足元に音跡二拍は出た——が、泥に沈みがちだ。
(足下に“見える”を足す)
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2)足跡で導く——足跡印
ぼくは路面に小札を押す。
「《印付け》——足跡印」
•役割:数えない。道しるべだけを示す
•形:小さな凸点を一拍おきに並べる(靴底で分かる)
•連動:夜目灯/間灯と同期(視覚が弱い場所で淡く点滅)
端末《足跡印:有効/計数:非対象/同期:間灯・夜目灯ON》
セレネが読み札を貼る。
足下の約束
凸点=道。数えません。
鈴だけ数えます。
婆さま見習いが杖で足跡印を確かめ、うなずく。
「ここを踏んで、鈴で一歩だよ」
列が足跡印→一鈴の順に揃い、音跡二拍が泥越しでも読める濃さになった。
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3)仮受け口をひらく——“朝まで”の迂回
抜けた角に直接戻すのではなく、隣の小路へ仮受け口を置く。
「《結時》——受け口↔小路(仮)」
seed-03βからの線を、切らずにそっと結び替える。二で開示、**三(固定)**は踏まない。
端末《仮受け口:生成/接続:安定/固定:未実行(二止め)/公開:ON》
ノアが窓に表示する。
《本日:西筋は小路へ迂回。看板復旧まで》
《seed-03β:生存/指紋=維持(刻限紐付け)》
セレネが角で声を張る。
「今日は小路へ。足跡印→一鈴で進みます。看板が戻ったら告げます」
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4)“消し跡”への対処——泥灯
泥の上を無音の針が走り、音跡の縁を消そうとしてくる。
(消すには、上からうっすら“塗る”)
「《印付け》——泥灯」
音跡二拍の輪郭だけを淡光でなぞる。
数えない、見えるだけの補助。
端末《泥灯:有効/計数:非対象/消し針:足場喪失》
合図係の少女が声重ねを誘う。
鈴は二拍の跡を残します。薄くても見えます。
ぼくとセレネ、サジが半拍遅らせて合唱。濃度が戻る。
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5)吊り灯の代替——手灯
雨滴で吊り灯が重い。
サジが眉をひそめる。「頭上が暗い。横灯が見えづらい」
「手で足す」
セレネが小灯を手のひらに乗せ、交差鈴に合わせて一瞬掲げる。
「《印付け》——手灯(数えない)」
横灯がわりの合図。合図係の鈴紋の輪と同期する。
端末《手灯:有効/同期:交差鈴・輪/視認:↑》
婆さまが短く張る。
「今は横! 縦は一拍休み!」
チリン・チン。渡りが滑り、縦は間灯で休む。
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6)偽の“通行札”ふたたび——即時交換
濡れた小札がまた配られる。**「迂回優先」**の刻印。
(名の負担に寄せる罠。昨日と同じ)
「《封鎖》——偽優先の請求だけ」→「《結時》——回収→帳(仮)」
人名の負担はゼロ、合図の説明が届いたら届印→合図点に即時交換。
端末《偽札:回収→粒化→帳(仮)/届印:+1→合図点/苦情:ゼロ》
セレネが読み札を足す。
優先札は使いません。
足跡印→一鈴で迂回します。
分からなければ声をかけてください。
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7)復旧の段取り——切らずに戻す
昼過ぎ、雨脚が弱まる。
ノアが端末を指す。
端末《復旧条件:看板×1/拍線の洗い出し/吊り灯の乾燥》
『仮受け口を閉じる前に、戻りの息を合わせよう』
ぼくは鍵を半回転。
「《結時》——仮→本(西筋角)/返す前の一拍」
戻す直前に、一拍だけ“息の灯”を角へ点す。
合図係が拍鍵を通し、口上を本線で読み直す。
端末《復帰:成功/迂回:閉/足跡印:薄化→夜で消去予定》
セレネが看板を直し、少女が初鈴を鳴らす。
音跡二拍が泥の上にもくっきり残り、足跡印は補助へ退く。
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8)今日の看板と数字
広場で公開箱を開き、今日の看板を入れる。
今日のまとめ(失われた角)
・口上(緊急)で看板抜けを補完
・足跡印=道の印(数えない)/鈴だけ数える
・仮受け口で二止めのまま迂回→切らずに復帰
・泥灯で音跡二拍の輪郭を可視化
・吊り灯弱化時は手灯(数えない)で補助
・偽優先札は回収→帳(仮)、届印→合図点に即時交換
ノアが数字を掲示する。
端末《西筋通過:-18%→復帰後±0%/苦情:低/偽札回収:28→合図点換算/迂回中の事故:0/観測摩耗:0》
『二で開示のまま、**三(固定)**は踏んでいない』
サジが手灯を握って笑う。
「名じゃなく印で戻した。足と声で通れたな」
合図係の少女が胸の鈴をそっと叩く。
「足跡があると、怖くないね」
セレネがぼくの手を握る。
「いまだけじゃなく、明日も動く段取りにできた」
ぼくは継承鍵を握り直し、短く宣言する。
「止めて、結んで、返す。二で通して、三は踏まない。
次は——共同公開の“二重掲示”、差異のその場調停へ」
端末《次手:二重公開(テンペスト記録の同掲)/差異の読み札を短文化》
夕方、終鈴がチ、チンと二度鳴り、終灯が一瞬だけ点る。
泥の上の足跡印は薄くなり、音跡二拍だけが静かに残った。




