【第6章 第6話】橋下の夜鳴(よなき)
黄昏。
橋脚の影がのび、川霧が灯をやわらげる。
今日は夜の運用を本格化する日だ。終鈴直前の混みと、橋の下から届く夜鳴(短い二音の鳴き)が不安を連れてくる。
ノアが端末を覗く。
端末《状況:夕刻ピーク接近/高齢帯:時間酔い前兆(小)/橋下より二音パルス検出》
『耳が先に反応して足が出る。灯で“本物”をはっきり見せよう』
「いまだけ」
セレネが指を重ねる。《命響》が温かくつながり、胸の圧が半拍ぶん軽くなる。
⸻
1)夜目の合図——まぶしくない灯で“本物”を示す
ぼくは橋下側の角に小さな札を押した。
「《印付け》——夜目灯/低輝度終灯」
•夜目灯:終鈴の直前後だけ、まぶしくない淡光を一拍点す(数えない)
•低輝度終灯:終鈴(二層)に合わせて一瞬点る“終わりのしるし”の夜目版
端末《夜目灯:有効/終灯(夜目):同期ON/観測摩耗:0》
セレネが看板を短く足す。
夜の約束
**鈴=二度/灯=一瞬(夜目)**が本物です。
川の鳴きは数えません。
まぶしい灯は使いません。
チリン。列は落ち着いて進む。夜目灯がほんのり路面を撫で、音跡二拍が見やすく残る。
⸻
2)“鈴の印”で見分ける——鈴紋印
橋の下から、二音が終鈴に似せてかすかに返る。
(耳には似る。けれど、鈴の芯が違う)
「《印付け》——鈴紋印」
合図係の鈴にだけ短い紋を結び、二拍の音跡の端に薄い輪を残す。
川の鳴きには輪が出ない。
端末《鈴紋:基準=合図係/夜鳴:紋なし→非対象/終鈴:識別↑》
ノアが読み札を一行更新。
鈴は“輪”のついた跡が本物(夜は見えます)
合図係の少女が胸の鈴を構え、拍鍵(息の灯)を一度ふっと点してから短く頷く。
(基準声/基準鈴の鍵、問題なし)
⸻
3)終わりの渋滞を“ほどく”——夜目ほぐし+優先の順
二十九拍目が近づき、人の足がせわしなくなる。
(飛ばしは最後。まずほぐす)
「《結時》——夜目ほぐし」
終鈴直前の一帯に、やわらかい段差を置き、歩幅をひと呼吸ぶん合わせやすくする。
同時に、交差帯は横灯→縦一拍休みの順を強制案内に切替。
端末《遅延:↓/時間酔い:回避/交差命令:夜間優先(横→縦)》
セレネが合図係と声を重ねる。
「鈴は数える、灯は休む。夜は“輪”を見る」
チリン・チン(交差鈴)。横断が滑り、縦は一拍間灯で休む。
音跡は乱れず二拍、横跡は半拍。列は落ち着いた。
⸻
4)“偽の終鈴二連”に返す——終鈴の三層化(夜限定)
橋の下で二音×2が連続し、偽の二連終鈴を装う。(真似が上手くなった)
(なら、終鈴を夜だけ三層に)
「《結時》——終鈴(三層・夜)」
音=二度、終灯(夜目)=一瞬、さらに鈴紋の輪を二重にして一拍だけ残す。
夜鳴には灯も輪もない。数えには入らない。
端末《偽終鈴:無効/三層:有効/取りこぼし:なし》
ミリィが白衣の袖を止め、公開箱に立会記録を投じる。
《夜間検証:終鈴三層→有効/夜鳴→非対象》
「観測公開/改ざん不可/介入宣言——守ってる。続けて」
⸻
5)“戻り歩き”を受け止める——余拍の夜前前倒し
終わりを悟って戻り歩きが出る。小さな逆流だ。
(飛ばしじゃなくて受け止めて返す)
「《結時》——余拍前倒し(夜)+戻り受け口」
戻った半歩は余拍箱へ吸い、今刻の返送流を1拍だけ前倒し。
支援流は次刻へ繰り越し、数字は公開箱に明示する。
端末《戻り:吸収/返送:前倒し/支援:繰越/苦情:ゼロ》
ノアが窓に表示。
《今刻:返す10/支える0(夜目前倒し)》
《次刻:返す9/支える1(通常)》
セレネがやさしく声を張る。
「今日はここまで。明日は“初鈴”から」
⸻
6)三十拍目、確定——“夜の型”を残す
チ、チン(終鈴二度)——終灯(夜目)が一瞬点り、足元に二拍の音跡と二重の輪が残る。
橋下の夜鳴は線の外へ流れ、列は静かにほどけた。
端末《刻限:満了/開示:終了/固定:未実行/観測摩耗:0》
《結果:夜鳴→非対象化/時間酔い:ゼロ/戻り:余拍→返送完了》
ミリィが短く頷く。
「夜目灯/鈴紋の輪/終鈴三層——夜の見分けができた。A:合格」
⸻
7)今日の看板(夜版)と数字
ぼくは公開箱に夜版の読み札を入れる。
今日のまとめ(夜版)
・終鈴=二度/終灯(夜目)=一瞬/鈴紋の輪=二重
・川の鳴き(二音)=数えません(輪なし・灯なし)
・夜目灯で本物が見えます(まぶしくない)
・戻り歩きは余拍→今刻前倒しで返送
・二で開示/三は踏みません(公開・改ざん不可・介入宣言)
ノアが数字を出す。
端末《通過:通常比+6%(夜間)/苦情:低/時間酔い:0/偽終鈴検知:7→無効7/戻り受理:18→前倒し返送》
『二止めのまま、夜でも酔わずに回った』
合図係の少女が鈴を胸に当て、ほっと笑う。
「輪が見えると、終わりが優しくなるね」
サジが頷く。
「名じゃなく働きで支える夜。……悪くない」
セレネがぼくの手を握る。
「いまだけじゃなく、毎晩同じやり方で」
ぼくは継承鍵を握り直す。温度は変わらない。
橋脚の下で、夜目灯が一拍だけ淡く光り、消えた。
終鈴の二重の輪が路面に残り、夜の型が街に染み込む。
端末《次手:失われた角への仮受け口(増水時の即席口上/足跡印)》
——明日は、看板が抜けた角を声と印でつなぐ番だ。




