【第6章 第5話】余拍の箱
昼。
交差帯の手前で列がほどけ、拍のこぼれが小皿みたいに溜まっていた。
出し切れなかった一歩、踏み込みすぎた半歩——それらを、ぼくらはこれまで余拍箱に入れて刻限後に配給へ返すだけにしていた。
ノアが端末を見せる。
端末《余拍:小→中(市の常設化に伴い増)/返送:正常/現場負担:増》
『返して終わりだと、現場の手が細る。——返すだけでなく、支えるほうへも少し橋を渡そう』
(止めて、結んで、返す。返すの途中に、働きを支える橋を置く)
「いまだけ」
セレネが指を重ねる。《命響》が繋がり、胸の圧が半拍ぶん軽くなる。
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1)余拍の“橋”を作る
ぼくは余拍箱の縁に小さな札を差し込んだ。
「《印付け》——余拍橋」
•役割:余拍を二つに分ける
•返送流:いつも通り配給側へ返す
•支援流:合図や案内の“届いた証”に連動して、運用費へ小さく回す
•比率(初期):9:1(返送:支援)
•公開:比率・流量は公開箱に表示、立会いがあれば変更可
端末《余拍橋:設置/比率:9:1/公開:ON/観測摩耗:0/固定:未実行(二止め)》
セレネが看板を一行貼る。
余拍の約束
寿命では払わない。
結果で返す/働きに回す。(比率は公開)
合図係の少女が小さく頷く。「届いた証って、昨日の“声が届いた”みたいなやつ?」
「それだ」ぼくは笑う。「人名じゃなく、やることの結果で受け取る」
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2)“届いた証”を結ぶ——届印
返すだけでない分岐には、受け皿が要る。
ぼくはもう一枚、札を出す。
「《印付け》——届印」
•発火条件:
① 質問に答えられた/② 案内で混乱が解けた/③ 合図で歩幅が揃った
(※どれも音跡/横跡/息印で確認できるもの)
•記録:公開箱に件数と一言(読み札の語)を残す
•支払い:届印×小口=合図点、日給へ換算(**帳(仮)**で処理)
端末《届印:有効/合図点:連動ON/帳(仮):合図枠を開設/人名:不使用》
ノアが補足する。『届いた証が支援流の受け口。名は使わない、印名と記録だけ』
セレネが読み札を追加する。
受け皿の説明(短)
届印=“届いた証”。
合図点→日給に変わります。
人名は使いません。
サジ(元ブローカーで今は合図係)が札の角を指先で弾いた。
「貸しの札より、こっちの届印のが腹に落ちる」
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3)“作為の遅れ”を弾く
裏で薄い札が回り始めた。
「わざと遅らせれば届印が増える」——いやな囁きだ。
(稼ぐための遅れは混雑になる。支える手と違う)
ぼくは余拍橋の手前に細い結びを置いた。
「《結時》——意図遅れの弾き」
•検知:息印の乱れ/拍線の押し痕/横灯の無視
•判定:三項の二つ以上で意図遅れ
•処理:届印にしない。余拍は全量返送(支援流ゼロ)
端末《意図遅れ:弾きON/届印:不発/余拍:全量→返送》
セレネが看板に付け足す。
お願い
届印は“届いた”ときに出ます。
わざとの遅れは届印になりません。
少女が胸の鈴を握り、はっきり言う。
「横灯が出たら横、縦は一拍休み。——声で届かせるね」
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4)現場テスト——交差帯にて
チリン・チン(交差鈴)。
横が渡り、縦が間灯で一拍休む。婆さま見習いが**「今は横!」と短く通る声で支える。
足元には横跡が半拍、音跡は二拍**。乱れは小さい。
端末《届印:交差解消=+1/質問回答=+1/歩幅一致=+1》
《余拍:小→橋→返送(9)/支援(1)→合図点へ》
サジが首を傾げる。「比率は固定?」
「公開で動かす」ぼくは即答する。「立会いがあれば8:2にもできる。——ここが疲れていたら、ね」
ノアが公開箱の窓に比率スライダーを出す。
端末《立会:区の書記+露店代表→了承/比率:8:2(今日だけ)/履歴:記録》
セレネが声を張る。
「今日は“市の日”。働きに回る分をすこし増やします。数字は公開です」
人垣がうなずき、ざわめきがやわらいだ。
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5)影の差し込み——“無音の受け皿”
無音の針が余拍橋の支援側にそっと立った。
——支援流を名の口座に流そうとする、薄い迂回路。
『名義口への迂回』ノアが眉を寄せる。『合図点を人名に結び直す罠』
(止めて、結び替える)
「《封鎖》——名義口への裏配線」
三への道ではないが、名に依存する線だけを噛んで止める。
「《結時》——支援流→合図枠(帳・仮)」
合図点の枠にのみ入るよう結び替え、人名は通れない。
端末《裏配線:遮断/支援流:合図枠のみ許可/人名:不通》
ミリィが現れ、公開箱に短い札を落とす。
《監査:支援流=合図枠のみ/名義流入=ゼロ》
「A:合格。——次、説明をもっと短く」
セレネが読み札を三行に削る。
余拍の橋(超短)
返す9/支える1(公開)
届印=届いた証→合図点
人名は使いません。
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6)夜前の調整——灯を落とし、息を残す
夕刻、夜目の灯に切り替わる時間。
高齢帯で時間酔いの前兆が出た。(比率を上げたぶん、支援流に余拍が集まり、返送が一瞬遅れる)
(飛ばしは最後。まずほぐす)
「《結時》——拍ほぐし(夜目)/余拍の前倒し返送」
夜前の一拍だけ返送流を前倒しし、支援流は次の刻に回す。
比率は公開のまま。数字の横に理由を一行添える。
端末《返送:前倒し/支援:次刻繰越/苦情:ゼロ/酔い:回避》
ノアが窓に表示する。
《今刻:返す10/支える0(夜目前倒し)》
《次刻:返す8/支える2(繰越)》
ミリィがうなずく。「B:合格。前倒しを言葉で出せるなら、いい」
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7)今日の看板と数字
広場で公開箱を開き、今日の看板を入れる。
今日のまとめ(余拍版)
・余拍橋=返す9:支える1(※今日は市で8:2、夜前は前倒し)
・届印=届いた証→合図点→日給(名は使いません)
・意図的な遅れは届印になりません(余拍は全量返送)
・裏配線(名義口)は遮断。支援流は合図枠だけ
ノアが数字を並べる。
端末《通過:通常比+10%/苦情:低/届印:73件→合図点換算/余拍:返送=大/支援=小→合図点へ》
『二で開示のまま。**三(固定)**は踏んでいない。観測摩耗:0』
サジが胸の鈴を軽く鳴らす。
「稼ぎって言い方、今日は働きって言いたい気分だ」
婆さま見習いが笑ってうなずく。「届いたら点がつく。わかりやすいねぇ」
セレネがぼくの手を握る。
「いまだけじゃなく、毎日回る仕組みになった」
ぼくは継承鍵を握り直し、短く宣言する。
「止めて、結んで、返す。
二で通して、三は踏まない。
次は——夜の運用、終鈴直前の混みを灯と声でほどく」
端末《次手:夜間“橋下の夜鳴”対応(低輝度終灯/終鈴二層の強化)/比率:通常へ戻す予定》
夜風。
終鈴がチ、チンと二度鳴り、終灯が一瞬だけ点る。
足元に二拍の音跡が残り、余拍箱の橋を静かに渡って、返送と支援が別々の川へ流れていった。




