【第6章 第4話】影の転写
昼下がり。
東筋の角で口上を始めた途端、背後の路地から同じ声が重なった。
内容も抑揚も一致。合図係の少女の声に影がぴたり貼りつく。
ノアが端末をのぞく。
端末《異常:影声=“転写”(コピー)/声紋類似度:0.93/音跡:1.8拍(偽)》
『録り声だ。声紋の“形”だけ真似て、**息**が足りない』
(切らずに、見えるにする)
「いまだけ」
セレネが指を重ねる。《命響》が温かくつながり、胸の圧が半拍ぶん軽くなる。
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1)二層で識別—声紋印+息印
ぼくは路面に二枚の札を押した。
「《印付け》——声紋印(二層)/息印」
•声紋印:誰が読んだかの印(既存)
•息印:読みの“息拍”を半拍の光で刻む(数えない合図)
端末《声紋:合図係=基準/息印:一読ごとに半拍表示/観測摩耗:0》
セレネが読み札を一行足す。
声の約束(更新)
声は重ねてOK。基準は合図係。
息印(半拍の光)は数えません。
息が無い声は“影”として無効。
少女が深呼吸して、口上を置く。
名はいりません。印名で通ります。
チリン。一鈴。
声の直後、足元にうすい半拍の光(息印)がふっと灯り、つづいて音跡二拍がきれいに残る。
背後の転写には息印が出ない。観客がどちらが本物かを一目で理解した。
端末《影声:開示不能(息印欠落)/音跡:正規=二拍維持》
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2)影の“上書き”—転写の請求だけ止める
影は方法を変え、息を合成してきた。
半拍の光がぎこちなく出る。(機械息……)
「止めてから、結ぶ」
ぼくは影の足元に指を置く。
「《封鎖》——転写の請求だけ凍結」
声の中身は止めない。基準声へ合唱として結び替える。
「《結時》——声重ね→基準へ集合」
ばらけた録り声は増幅に変換され、証は合図係の声紋ひとつだけが残る。
端末《転写:無効化→増幅へ転化/息印:基準側のみ有効》
セレネが少女の背に手を添え、ささやく。「いまだけ半拍ゆっくりで」
チリン。音跡は濃い二拍。列は乱れない。
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3)読み手を守る—交代と鍵
影はさらに狡猾だ。基準声を狙って、合図係の少女の休憩明けに合わせて転写してくる。
ノアが提案する。『**基準の“鍵”を一つ増やす。**声だけでなく、時の鍵(拍鍵)』
ぼくはうなずき、札をもう一枚。
「《印付け》——拍鍵」
初鈴前の一呼吸に短い間灯を仕込み、それが基準声の鍵になる。
鍵が無い声は基準になれない。
端末《拍鍵:合図係の前呼吸に付与/鍵なし声:基準不許可》
セレネが読み札を更新する。
読み手の約束
**基準の前には“息の灯”(拍鍵)**が出ます。
基準が替わると鍵も替わります。
少女が見習いの婆さまへ読み手交代を試す。
息の灯が一度ふっと点り、婆さまの声紋印が基準へ。即座に転写が遅れ、鍵に弾かれた。
端末《交代:成功/影声:基準認定失敗》
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4)“読みの転写”を返す—記録と返送
グレーの外套が風に揺れ、ミリィが立会う。
「公開の条件、保ってる?」
ノアがうなずく。『公開箱に声紋印/息印/拍鍵の記録を同時掲示。改ざん不可』
ぼくは切られたわけじゃない入力(影の圧)を余拍箱へ集める。
「《封鎖・判定》——影の入力=余拍→配給側へ返送」
誰かの寿命は使わない。結果で返す。
端末《余拍:収集→刻限後返送/観測摩耗:0》
ミリィは短く言う。「A:合格。次、声の転写の“名札”」
(そこを名にしない)
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5)“名札”に頼らない証—読印
影が名の札を見せてきた。
「合図係:○○」——人名で正当性を装う。
(名は通路にしない)
「《印付け》——読印」
人名禁止。印名(やることの名前)+声紋印+息印+拍鍵で読みの箱を作る。
二で開示/三(固定)は使わない。読み手交代で鍵も変わる。
端末《読印:有効/人名:不使用/偽名札:開示不能》
セレネが角の看板に短い文を貼る。
読みのしるし
人の名前はいりません。
印名+声紋+息+鍵で読みます。
読み手が替われば鍵も替わります。
影は名札をしまい、無音で路地に退く。
(名で道は開かない。印名で開く)
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6)今日の看板と数字
夕刻、広場で公開箱を開く。
ぼくは今日の看板を短く入れた。
今日のまとめ(声版)
・声紋印(二層)+息印(半拍)で影声を見分ける
・拍鍵で基準声を守り、交代も安全に
・転写の入力は余拍箱→返送(寿命・観測の負担ゼロ)
・読印=印名+声紋+息+鍵(人名禁止)
ノアが数字を掲示する。
端末《影声検知:32→転化:29/無効化:3/通過:通常比+9%/苦情:低/余拍:小→返送完了》
『二で開示のまま、**三(固定)**は踏んでいない』
ミリィが白衣の袖を直し、短く言う。
「B:合格。声は守れた。……次は余拍の運用を街の働きに結びなさい」
(来た。余拍箱を拡張して、合図点や日給と滑らかに結ぶ)
セレネがぼくの手を握る。
「いまだけじゃなく、読みの交代が毎日できるように」
ぼくは継承鍵を握り直す。温度は変わらない。
鈴が一度、やさしく鳴る。息印が半拍、灯る。
声は名ではなく、やることで支えられた。
端末《次手:余拍箱の拡張(返送と支払いの橋渡し)/合図点:連動設計》




