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【第6章 第2話】無音の波

朝、東筋の角で最初の一鈴を鳴らした瞬間——

響きが半拍だけ薄くなった。灯は点いた。足元の音跡も出た。けれど、浅い。


ノアが端末を覗き込む。

端末《異常:無音の揺らぎ(微)/鈴強度:-15%/音跡:1.3拍相当》

『音が削られている。誰かの声じゃない、波だ』


(切らずに、見えるようにする)


「いまだけ」

セレネが指を重ねる。《命響リリンク》が繋がり、胸の圧が半拍ぶん軽くなる。


ぼくは路面に小さな印を押す。

「《印付け》——音跡二拍・基準化」

正しい一鈴には二拍の音跡を必ず残す。もし薄められても、二拍ぶんの輪郭だけは消えない。


端末《基準:二拍固定/薄れ補正:ON/観測摩耗:0》


セレネが看板に一行足す。


音の約束

鈴は二拍の跡を残します。

薄く聞こえても、跡で見えます。


母子が列の先頭で頷いた。足元の音跡は、薄いのに二拍しっかり残っている。

(まずは見える。次は——上書き)



声で支える——合唱ごうしょう


通りの空気はまだ少し波立っている。

ノアが小声で言う。『声は、波に強い。同じ言葉を重ねると、削れにくい』


「やる」ぼくは頷き、合図係の少女に目配せする。


少女が**口上(声の看板)**を短く、はっきり読んだ。


名はいりません。印名で通ります。

鈴は数える、灯は休む。

二で通して、三は踏みません。


ぼくとセレネ、屋台の店主、通りがかりの配達人が同じ口上を一拍遅らせて重ねる。

合唱だ。一人の声紋(合図係)を軸に、他の声は強化**だけを担う。


「《結時むすびどき》——声重ね(コーラス)」

軸の声紋印に細い糸を掛け、遅れて重なる声を支えに結ぶ。

証は合図係の声でひとつ。増幅は証にしない。


端末《声紋:合図係(基準)/増幅:3→有効/音跡:二拍→濃度↑》


チリン。

今度の音跡は、濃い二拍で路面に残った。灯は一瞬。列がするすると進む。


セレネが読み札を追加する。


声の約束

声は重ねてOK。

合図係の声が基準になります。



波を“見えるもの”にする


——十拍目。波は形を変えて戻る。今度は合間に揺れが走り、鈴の直前直後がかすかに沈む。


(見えないから不安になる。見えるに変える)


「《印付け》——波見なみみ

揺れた場所にだけうすい線の波紋を一拍表示する。数えの対象ではない。ただの注意の印。


端末《波見:有効(非計数)/拍線:維持/間灯:連動》


セレネが角で声を張る。

「波の線は数えません。そのあいだ、声を重ねます」

少女がうなずき、口上→一鈴の順を半拍ゆっくりにする。緩衝路がズレを受け取り、余拍箱へすこし集める。


端末《遅延:微→分散/余拍:収集→返送予約/時間酔い:回避》



無音の“逆合唱”


通りの奥で、低い囁きが口上をなぞった。合唱のふりをする影声だ。

だが音跡は一拍しか残っていない。


ノアが即座にマークする。『声紋印なし。基準声に結べない』


ぼくは囁きの足元へ、静かに指を置く。

「《封鎖》——影声の請求だけ」

影声の進みだけを噛んで留め、

「《結時》——声重ね→基準へ集合」

ばらけた声は合図係の声紋に吸い寄せられ、増幅に変わる。


端末《影声:無効化→増幅へ転化/音跡:二拍維持》


セレネが少女の背に手を添え、囁く。「いまだけ、ひと呼吸ゆっくりで」

チリン。濃い二拍が静かに残った。



看板の一行と、数字


昼前、広場に戻って公開箱を開く。

ぼくは今日の短い看板を足した。


今日のルール(短)

・鈴の跡=二拍(薄く聞こえても見えます)

・声は重ねてOK(合図係の声が基準)

・波の線は数えません(そのあいだは声で支えます)


ノアが数字を並べる。

端末《通過:通常比+7%/苦情:減/影声→増幅転化:14件/余拍:小→返送済》

『波のときも、二で開示のまま。**三(固定)**は踏んでない』


合図係の少女が胸の鈴を握り、少し照れて言う。

「声を重ねるの、好き。届いたって顔、分かるから」


セレネが笑って頷く。「看板が抜かれても、声で補える。いまだけじゃなく、毎日できる」


——そのとき、露店の並びに臨時の台が三つ増え、人の流れが交差した。

ノアが地図を指す。『合間にいちが立つ。次は歩幅が崩れる』


(分かってる。間灯+拍線で合わせて、ほぐすを先にやる)


ぼくは短く宣言する。

「二で通して、三は踏まない。

止めて、結んで、返す——波には声、交差には間を足す」


端末《次手:臨時“間の市”対応/間灯:増設計画/合唱:手順読み札を配布》


夕方。終鈴はまだ遠い。

吊り灯が一瞬だけ点り、音跡が二拍、濃く残る。

波は見える線になり、声は道を支える柱になった。

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