【第5章 第13話】次の街へ
朝。
ぼくらは川沿いの桟橋で、小さな荷を三つにまとめた。
公開箱、読み札、そして合図キット(鈴と小灯)。——この三つがあれば、型は運べる。
端末《通知:下流区より依頼——《共通印》の出張運用/立会:代理長室/刻限:今夕》
「いまだけ」
セレネが指を重ねる。《命響》が温かく繋がって、胸の圧が半拍ぶん軽くなる。
ノアが頷く。『seed-01/02は持った。向こうでseed-03を起こして冗長化する』
小舟が橋脚の影をくぐる。
(はじめて“刈り取り”を見た場所——橋脚下。今は静かだ。止めて、結んで、返すを重ねた跡が、きちんと残っている)
下流区・受け口前
桟橋には三人が待っていた。
区の書記、露店の代表、そして合図係になりたいという少女。
灰のスーツの代理長は同行せず、封蝋つきの書面だけが届いている。
《共同公開の原則:再確認》
・観測は見える/記録は改ざん不可/介入は宣言
・名に依存しない(通るのは印名)
・二で開示、三は踏まない
ぼくは読み札を掲げ、短く言う。
「やることは三つ。止めて、結んで、返す。二で通して、三は踏まない」
設営(最小の発火点)
公開箱を長机に固定し、看板を三行で貼る。
《共通印》で開きます。
人の名前はいりません。
“証(見たこと)”と“時間”の二つで通れます。
セレネが少女に合図キットを渡す。
「初鈴/一鈴一灯/終鈴。鈴=数える、灯=休む。分からなければ声で伝えて」
ノアが小声で告げる。『seed-03を起こす。記録井に触れず、周縁だけ使うね』
ぼくは鍵を半回転。
「《結時》——配給↔受け口(下流区・発火点)」
「《証印》——seed-03を刻限と結ぶ(二で開示)」
端末《接続:安定/seed-03:生成→有効/観測摩耗:0》
初鈴が鳴り、列が短く動く。一鈴一灯、足元に音跡が一拍。
(いい。最初の呼吸は合っている)
乱れ:看板ぬき
——七拍目。
風に乗って、角の看板が一枚、ふっと抜ける。
同時に、通りの奥で無音の鈴が一度だけ揺れた。無名の手癖——看板を抜いて合図を乱すやり口だ。
『来た。**最初と最後の“あいだ”じゃなく、今日は“入口”**を狙う』ノア。
「止めてから、結ぶ」
ぼくは路面に言葉の膜を薄く張る。
「《宣言》——看板が無くても、合図で通る」
「《印付け》——読み札(音)」——看板の文を短い口上にして、初鈴と同時に流す。
口上(短)
名は要らない。印名で通る。
鈴は数える、灯は休む。
二で通して、三は踏まない。
端末《看板抜き:効果低下/口上:有効/入口:可視》
少女の声が澄んでいて、列の肩がすっと落ちる。
(文字が抜かれても、声で補える)
乱れ:印名のかすり取り
——十拍目。
端末《異常:印名“流用”の箱→混入(微)/指紋:欠落》
「箱は“seed+刻限”で見分ける」
ぼくは証印で指紋を押し、偽箱を開示不能にする。
「《封鎖・判定》——通る側に旗」
端末《偽箱:無効/正規箱:継続/苦情:なし》
乱れ:合間の針
——十三拍目。
端末《合間“影針”検出(無音)/拍線:未設》
(まだ貼っていない)
「《印付け》——間灯/拍線」
合間に薄い灯、拍に細い線。数えない合図で呼吸を見える化。
端末《影針:足場喪失/列:安定》
セレネが少女の横で頷く。「灯は休む。鈴で一歩。——声で繰り返して」
少女が大きく息を吸い、短く口上を重ねる。
声は看板より早く広がり、拍線の上を滑っていった。
終わり方の確認
——二十九拍目。
ぼくは終鈴を二層で鳴らす。チ、チン。終灯が一瞬。
足元に二拍の音跡が帯を作り、くぐりは帯で止まった。
端末《刻限:30確定/開示:終了/固定:未実行》
《結果:看板ぬき→口上で補完/偽箱→指紋で排除/合間針→間灯+拍線で無効》
区の書記がほっと息をついた。
「文字に頼りきりだった。声の看板、いいですね」
「見える/聞こえるを両方にしておく」ノアが微笑む。『公開箱には数字と口上の録音を残す』
少女が鈴を胸の前で抱え、照れた顔で言う。
「合図係、続けたい。届いたって言われるの、うれしい」
セレネがうなずく。「届いた証は合図点になるよ。日給に変わる」
端末《合図点:発行/日給:小口→支払》
そこへ、橋の影から黒外套が現れた。グラム。
今日は刃を見せない。
彼は路面の拍線と二重の結び、そして口上に目を落とし、短く言う。
「刺す手ではなく、縫う手で来たな」
「切らずに結ぶほうが、速いから」ぼくは答える。
グラムはうなずき、踵を返す前に一言だけ置いた。
「無名は、“声の看板”にも無音で刺す。音跡を二拍、忘れるな」
(覚えてる。初鈴と終鈴、そして口上にも音跡を結ぶ)
ぼくは公開箱に今日のまとめを入れる。
今日のまとめ(下流区・発火)
・seed-03 起動(二止め)
・看板ぬき→口上(音)で補完
・偽箱→指紋(seed+刻限)で排除
・合間針→間灯+拍線で無効化
・終鈴二層→くぐりを遮断
・合図係=仕事(合図点→日給)
端末《公開:完了/閲覧:自由/改ざん:不可/未清算:ゼロ》
夕暮れ。
川霧がほどけ、初鈴が遠くでもう一度だけ鳴る。
下流区の通りに拍線が細く伸び、灯が短く息をつく。
ぼくは継承鍵を握り直した。温度は変わらない。
手の中の重みは、もう名ではなく、やることの形をしている。
「行こう。二で通して、三は踏まない。
止めて、結んで、返す。声でも、灯でも、見えるように」
セレネが笑う。「いまだけじゃなく、どこでも同じやり方で」
ノアが頷く。『観測は保つ。次は共同公開の“読み札版”を、短く配る』
第5章、完。
次章、**下流区の“間”**で——無名の無音を、見える言葉でほどいていく。




