【第6話】ノアの警告【寿命限界まであと◯分】
「——ここ、どこだ……」
クロは息を切らしながら、薄暗い倉庫の片隅に身を隠していた。
あのあと、《時蝕》の領域を展開して何とか敵の包囲を突破。
けれど、代償は大きかった。
『00:07:49』
寿命が、致命的に削れていた。
「……七分。クソ……なんでこうなるんだよ……」
額から汗が滴る。
吐き気にも似た胸の痛み。体の芯が冷えていく感覚。
リングはもう、微かにしか反応しない。
そのとき——
「やっぱり、無理してたのね」
ノアが、すぐ隣に腰を下ろした。
クロは振り返らなかった。
「なんで、止めなかったんだよ」
「……止めたわ。でも、あなたが選んだのよ」
「選んだ……?」
「力を使うこと。逃げずに進むこと。あのとき、リングが共振したのは、あなた自身が『奪う覚悟』を決めたから」
ノアの声は、どこか優しかった。
「でもね——」
彼女はそっとクロの手に触れた。
「寿命っていうのは、使えば戻らない。力を使えば使うほど、あなたの“命”が削れる」
「……そんなこと、わかってるさ」
「それでも、進みたいの?」
クロは目を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、助けた男の顔。恐怖に歪んだ、奪われる者の表情。
そして、かつて自分が味わった絶望。
「俺はもう、“あの時の俺”には戻れない」
「……」
「だから、俺は戦うよ。寿命を削ってでも、誰かを奪わせない。こんな理不尽な世界、ぶっ壊してやる」
ノアは、静かに頷いた。
「わかった。でも——せめて、限界は超えないで」
「……限界?」
「リングが、さっきから異常振動を起こしてる。寿命が残り3分を切ると、“暴走”する可能性がある」
クロは黙ってリングを見た。
『00:07:34』
「まだ時間はある。けど、戦えばまた減る」
「そのときは、そのときだよ」
「……本当に、バカね」
ノアが小さく笑った。
「でも、そんなあなたが、“観測するに値する存在”だと思った」
「光栄だな」
クロも笑った。
重く冷たい世界の中で、その笑顔はかすかに灯った灯火のようだった。