【第5章 第11話】名前の重さ
朝。広場の片隅で、ぼくらは短いミーティングを開いた。
机の上には公開箱、回収箱、そして小さな札束。
「今日やるのは二つ」ぼくは指を折る。
「A:合図係を“仕事”として固定する。
B:名前が必要と言われる場を、“印名”で置き換える。」
「いまだけ」
セレネが指を重ねる。《命響》が温かく繋がり、胸の圧が半拍ぶん軽くなる。
ノアはうなずき、公開箱の窓に今日の基準を映した。
今日の基準
・名に依存しない(通るのは印名)
・二で開示、三は踏まない
・観測は公開/改ざん不可/介入は宣言
端末《運用:開始/観測:公開/摩耗:遮断》
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A:合図係=“働き”へ
昼前、合図係に志願した三人が机の前に並ぶ。
先頭は昨日からの青年、サジ。かつて名を貸すブローカーだった。
「名の貸しの稼ぎは、早い」とサジは正直に言う。「合図で食えるのか?」
「食える」ぼくは端的に答え、読み札を置いた。
合図係 要項(短)
・すること:初鈴/一鈴一灯/終鈴、看板の読み上げ
・評価:“届いた”証(質問に答えられた人の数/音跡が整った列)
・支払い:開示手数(運用費)から日給
・記録:公開箱に届いた件数と読み札を残す
「届いた証は数字で残る。名はいらない」ノアが補足する。
端末《評価カウンタ:合図=+1/質疑応答=+1/混乱解消=+2》
セレネは合図キット(鈴と小灯)を渡し、笑う。
「鈴はひとり一回、灯も一回。——声は何度でも使ってね」
サジは札を握りしめ、少しだけ息を吐いた。
「……やってみる」
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事件:名前を求める屋台
午後、練り飴の屋台前で小さな行列。
店主が胸の前で腕を組み、「名前を書いて」と言う。
一番前のおばあさんは手をふるふる震わせ、「字は苦手でね」と笑ってみせる。
(ここがBだ)
ぼくは看板を一枚貼る。
《お願い》
人の名前はいりません。
**やることの名前(印名)と証(音跡)**で通ります。
初鈴→一鈴一灯→終鈴の順に進みます。
サジが一歩前に出て、店主と目線を合わせた。
「オヤジさん、名前じゃなくて印名で受け取り帳を付けよう。“練り飴・一本”——やることの名前だ」
「でも誰に渡したかが……」
ノアが公開箱を指し示す。
『音跡が一拍残る。いつ渡したかは刻限で見える。
誰かでなく、何を・いつで記録する。改ざん不可』
セレネが合図を鳴らす。チリン。灯が一瞬点る。
一鈴一灯の足元に音跡が出て、公開箱へ**「練り飴・一本/第12拍」**が入った。
店主はため息をひとつついて、頷いた。
「じゃあ今日はそれでやってみる。二で通すんだな?」
「二で通して、三は踏まない」ぼくは微笑む。
「固定しないから、やり直せる」
端末《屋台:記録方式=印名/通過:安定/苦情:減》
おばあさんが飴を受け取り、うれしそうに頷いた。
「名前、言わなくていいのは楽だねぇ」
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“名の重さ”を下げる交換
夕方。回収箱に借り印がまだ少し入ってくる。
サジがそっと箱の縁を叩く。「完全には止まらない。借りが残ってる」
「じゃあ、重さの置き換えをやる」ぼくは鍵を半回転。
「《通す責任》——名の負担→働きの点に交換。**帳(仮)**で処理」
置き換えルール(短)
・借り印は回収→粒化
・人の名の負担:ゼロ
・代わりに合図点を付与(合図や案内の“届いた”分)
・合図点は日給に換算/公開箱に残す
端末《借り印→粒化→帳(仮)/合図点:発行/換算:小口日給》
ノアが補足する。『貸し借りの重さを仕事の点に変換。名から働きへ移す』
サジは小さく笑った。
「貸しの札より、届いた札のほうが気が楽だ」
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もう一つの“名”:信用のラベル
夜の手前、別の店で「常連の名前が無いと困る」という声。
(信用の話だ)
ぼくは最小の信用印を出す。名ではなく、クセのラベル。
信用印(短)
・やることの名前に小さな性質を添える(例:熱いの好き/遅歩き)
・人名禁止。印名+性質だけ
・二で開示、三(固定)しない。変えられる
セレネが覚え書きを読み上げる。
「“甘め薄め”“ゆっくり対応”——名前を書かなくても、分かるように」
店主が肩の力を抜いた。
「それで十分だ。あの人は甘め、この人は熱いの好き。名はいらない」
端末《信用印:運用開始/苦情:さらに減》
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公開のひと言と、針のゆるみ
公開箱へ今日のまとめを入れる。
今日のまとめ
・合図係=仕事。届いた証で支払い
・屋台の記録は印名+音跡/刻限
・借り印→合図点へ置き換え(名の負担ゼロ)
・信用印=性質だけ。人名禁止
端末《公開:完了/閲覧:誰でも/改ざん:不可》
そのとき、通りの端で黒外套が一瞬止まる。グラムだ。
彼は看板を見て、わずかに目を細める。
「名の重さを働きへ移したか。固定を避けて、記録で担保。
……通路の針は軽くなる」
「針見で見えるし、移せる」ぼくは短く返す。
グラムは答えず、外套を翻して去った。試し切りの時とは違う、どこか柔らいだ歩幅。
サジが鈴を指で弾き、照れ笑いした。
「名を貸してたときより、腹の音が静かだ」
セレネが肩を叩く。
「いまだけじゃなく、続けよう。看板を増やして、合図を忘れないように」
ノアが端末を閉じる。『観測は保つ。合図点と信用印の数字も公開する』
——夜。
終鈴が二度鳴り、終灯が一瞬だけ点る。音跡が二拍、やさしく残る。
ぼくは継承鍵を握り直した。温度は変わらない。
手の重さが、名から働きへ、すこしずつ移っていく。
端末《結果:名の固定ゼロ/借り印→合図点置換:進行/配給:安定》
《次手:共通印の発火(広域)/監視:**無名の“合間”針》
「行こう」
二で通して、三は踏まない。
名に頼らず、やることで回す。
明日は——広域の発火だ。




