【第5章 第10話】交差する刃先
午後。広場の端に、短い張り紙を出した。
《公開デモ》
今日は結び目の試し切りをします。
切らずに結ぶが基本。
二で通して、三は踏みません。
公開箱の前に長机。セレネが角に立ち、ノアは観測盤を箱に結ぶ。
白衣のミリィは記録係、灰のスーツの代理長は立会。
そして——黒外套のグラムが影から歩み出る。今日は刃を見せに来た。
「条件は守る」グラムは短く言う。
「観測は傷つけない/寿命を強要しない/記録に残す。
——その上で、結びを試す」
「受けるよ」ぼくは頷く。
「切らずに結ぶのがこちらの流儀。試し切りは見えるやり方で」
セレネがぼくの指に触れる。「いまだけ」
《命響》が繋がり、胸の圧が半拍ぶん軽くなる。
ノアが短く告げる。『公開箱:接続/観測:公開/摩耗:遮断』
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一度目の刃:断面消去
グラムは外套の袖口をわずかに上げ、路面の細い結びに指先を向けた。
《時断》——縫い目そのものを消す手。
音もなく、結びが跡形だけになる。
「まず、表結びを消す」
グラムの声は平らだ。
(来る。——なら、二重化で受ける)
ぼくは継承鍵を半回転。
「《結時》——表結び+裏結び」
見える結び(表)に、観測の裏針(裏)でもう一つ重ねる。
ふたつの結びは交差して、互いの緩みを受け合う。
端末《結び:二重化/交差保持:ON/断面消去:表→裏で保持》
公開箱の窓に図が出る。
表が切れても裏が持つ→裏がほどけても表が戻す——返し結び。
グラムは切れ目を二段で撫でた。
表が消え、次に裏へ届く。
が、裏は少し遅い場所に置いてある。半拍ずらした結びだ。
ノアが説明する。『半拍ずらし。切られても遅れて戻るから、途切れにくい』
端末《結果:流れ→継続/観測摩耗:0/記録:残存》
グラムの眉がわずかに動く。「一段では落ちないか」
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二度目の刃:交差切り
「では、交差で切る」
グラムは今度、表と裏の交点を狙い、斜めに薄く走らせた。
交差のただ一点——力のかかる場所。
(そこを切るなら——力を逃がす)
「《結時》——逃げ結び」
交点のすぐ脇に小さな輪を作り、力が来たら輪へ逃がす。
結び目は形を保ち、張力だけ輪へ落ちる。
端末《交差切り:入力→輪へ逃避/結び:存続/負荷:輪で吸収》
公開箱の窓で、張力の線が薄い輪へ吸い込まれていく。
ミリィが小さく唸る。「力の逃がし……現場向き」
セレネが輪の縁を掌で支える。「いまだけ、重さはここに」
《命響》が輪の張りを肩代わりし、観客側まで引かない。
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三度目の刃:面ごと剥ぎ取り
「では、面で」
グラムは結びが広がる小さな区画を指で囲い、面ごと薄く剥ぎ取ろうとする。
断面消去の拡張——貼ってある時間を丸ごとはがす。
(面で剥ぐなら——面で結ぶ)
「《結時》——網結び」
結びを点から網へ。
一本ではなく、細い糸を斜めに何本も跨いで張る。
一本切れても、別の糸が同じ向きで支える。
端末《網結び:有効/剥離:失敗/抜け道:なし》
公開箱には斜めの格子が出る。
代理長が短く頷く。「切断が面でも落ちない——良い」
グラムは外套の裾を整え、ひとつ息を吐いた。
「結びの理屈は見えた。——次は、返しだ」
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返す:切られた分の扱い
切断の入力は輪に集めてある。
ぼくはそこへ指を置き、声に出す。
「《封鎖・判定》——入力は配給側へ返送。記録は箱へ」
刃の圧は余拍箱に入れ替え、刻限後に配給へ返す。
切られたという事実は、公開箱に残す。
端末《入力:余拍箱→返送予約/記録:公開箱→固定(二止め)》
ノアが補足する。『返送=“結果で返す”。誰かの寿命じゃない。』
セレネが息を整え、手を下ろす。「いまだけ、持ったよ」
グラムは輪を見て、うっすらと目を細めた。
「切った分を憎まず、返すのか」
「二で開示して、三は踏まない。
責任は粒にして、払う相手と時を選ぶ」
ぼくは短く答える。
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さらに一手:影の針
観客のざわめきの端で、薄い紙片がすっと落ちる。
無名の影。
結び目の中央に、糸より細い針が音もなく立った。
切るのではなく、刺す。名に刺さって重くするやり口。
(それはもう、見た)
「《印付け》——針見」
針の位置を灯の点で示し、音跡を一拍残す。
刺さるなら、見えるように。
端末《針見:有効/針:可視化/重し:回避策へ》
ミリィが素早く記録する。「無名の針、描記」
「《結時》——持ち場替え」
針の重しを名義線から鍵側の仮名義へ移す。
清算は微、観測も寿命も削らない。
条件は三原則、公開箱に記録。
端末《針:仮名義へ移動/清算:微(鍵側)/公開:記録済》
ノアが言う。『名に刺さったままにしない。約束の上で場所を変える』
グラムが短くつぶやいた。「名は通路。通路の針を見せて移すのは、正しい」
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公開の一行
セレネが看板に、一行だけ足す。
結びの約束
・切らずに結ぶ(二重/逃げ/網)
・針は見える(針見)
・切られた分は返す(余拍箱→配給)
代理長はその前で立ち止まり、声を出して読んだ。
「記録で承認。違反時は記録で裁く。固定(三)は使わない」
言葉はそのまま公開箱に落ち、証印が押される。
端末《宣言:受理/裁定:記録優先/固定:不使用》
グラムは外套を軽く払って言った。
「交差する刃先は、交差する結び目に当たって止まった。
次は——名の重さを、どう減らすかだ」
(来た。名の話)
回収箱の脇で、合図係になったサジが鈴を弄びながらこちらを見る。
名を貸す仕事から合図の仕事へ移った青年。
——名の重さは、稼ぎ方にも乗っている。
ノアが小さく頷く。『借り印が減るほど、名の重しは仕事に移る。
**働き(やること)**で払える仕組みを、言葉にしよう』
セレネがぼくの手を握る。
「いまだけじゃなく、長く続くやり方でね」
ぼくは継承鍵を握り直した。温度は変わらない。
手の中の重みは、さっき輪へ逃がした圧のぶんだけ、軽い。
そして公開箱には、今日の全部が見えるかたちで残っている。
端末《結果:結び二重化→有効/交差切り→無効化/面剥ぎ→失敗/針→仮名義移設》
《次手:名前の重さの扱い(合図係の制度化/対価の設計)》
広場の角で初鈴がやさしく鳴る。
二で通して、三は踏まない。
次は——名前の重さに、分かる言葉で手を入れる番だ。




