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【第5章 第8話】ミリィの条件

翌日、広場の真ん中に机を出した。

看板はいつも通り、短く、はっきり。


《共通印》で開きます。

人の名前はいりません。

「見たこと(証)」と「いつ(時間)」の二つで通れます。

二で通して、三は踏みません。


人垣ができるころ、白衣の少女——ミリィが現れた。

腕の管は外している。ただの観察者の顔、でも目は鋭い。


「公開検証をしよう」ミリィは淡々と言う。

「条件は三つ。

一、観測は公開——誰にでも見える形で。

二、記録は改ざん不可——“あとから”いじれない。

三、緊急時の介入は宣言——たとえ《換命》でも、言葉を残す。

飲める?」


ノアが一歩出て頷く。『飲む。三原則(観測を傷つけない/寿命の強要なし/記録に残す)にも合う』


セレネがぼくの指に触れる。「いまだけ」

命響リリンク》がひと筋、胸の圧を半拍ぶん軽くした。


ぼくは机に三つの札を置く。

•見える観測:音跡と灯跡を路面に2拍残す

•改ざん不可:証印(ログ印)をその場で押して、公開箱に入れる

•介入宣言:緊急対応は声+札で記す(内容・時刻・誰が)


ミリィは口角をわずかに上げる。「よし。じゃあ、二つの試験をする。

A:刻限の買い足し。

B:名の混入。——どちらもあなたたちの“弱いところ”だ」


(受ける。止めて、結んで、返す——いつも通りだ)



試験A:刻限の買い足し


刻限は30拍に設定。合図係が角に立つ。

初鈴が鳴り、列が動く。一鈴一灯/音跡が揃っていく。


ミリィは広場の縁で、小さな筒を指で弾いた。

見えない糸が刻限針に触れ、数字がじわりと増える——+1刻の兆候。


ノアがすぐ指示する。『表が増えるけど、裏は守る。』


ぼくは継承鍵を半回転。

「《結時むすびどき》——刻限・表裏結び」

表の目盛と観測の裏針を同じ結び目で固め、増分を反発させる。


端末《刻限:30確定/+1刻→反発消去/観測摩耗:0》

路面の音跡に、跳ね返りの筋が薄く光って見える。

(見えるのが大事。公開の約束だ)


ミリィは次に、くぐりを仕掛けた。

終鈴直前に列の端へ滑り込み、最後の一組を飛び越えようとする。


「終鈴・終灯」

ぼくは二度の鈴と一瞬の灯を発火。

終帯が路面に現れ、二拍の音跡がはっきり残る。

帯の向こうは通らない道だ。


端末《くぐり:遮断/取りこぼし:なし》


最後に、ミリィは灯の長押しを試した。

灯を延ばして**固定(三)**に見せる古い手口。


「止めて、返す」

「《封鎖》——固定回路」→「《封鎖・判定》——誤差返送」

余分は配給側へ戻り、灯は一拍で消える。


端末《長押し:無効/誤差:返送完了》


ミリィは腕を組み、短く言う。「A、合格」



試験B:名の混入


今度は名の問題。

人垣の後ろで、借り印がこっそり配られる。

“名を貸すから早く通れる”——よくある囁きだ。


セレネが優しく回収箱を前へ出す。

「ここに入れてくれたら、減らないよ。

人の名じゃなく、やることの名前で通るから」


ぼくは鍵をひねる。

「《封鎖》——借り印の請求だけ凍結」

「《結時》——回収→帳(仮受け口)」

人の名の負担はゼロ、責任は粒に分けて帳へ送る。


端末《借り印:回収→粒化→帳(仮)/名の固定:ゼロ》


ここでミリィが一歩踏み込む。

「無名は“名”に興味がない。最初の道に印を打つ」

そう言って、初鈴の一歩手前に無音の鈴を差し込んだ。


(なら——最初を守る)

「《印付け》——初鈴はつりん強化/音跡二拍」

“その時刻で最初に通る人”の鈴だけ、二拍の音跡を残す。

無音は跡が出ない。乗れない。


端末《無音挿入:失敗/初鈴:保護》


さらに、名簿の欄外に空白箱が滑り込む。

証を鏡取りして**二(開示)**に見せかけ、**固定(三)**へ寄せる気配。


「箱に“証”を求めるだけで止まる」

ぼくは**証印(ログ印)**を空白に押す。中身がない箱は、開示不能だ。


端末《空白:印付け→中身なし判定/開示:不可》


ミリィは最後に、目に見えない+1刻を端で揺らした。

ぼくは結び目を一つ、刻限の数え目に置いて飛ばす。

「《結時》——刻限結び(小)」

三十一拍は飛ぶ。

二で通って、三は踏めないまま刻限が確定した。


端末《刻限:30確定/固定:未到達/観測公開:継続》


ミリィは白衣の裾を整え、周囲の看板に目を遣る。

合図の説明、終わりのルール、借り印の扱い。

どれも短い言葉で書かれ、音と灯の合図に結びついている。


「……Bも合格。言葉が多いが、短くて届く」

ミリィはわずかに肩をすくめた。「じゃあ、私の条件をもう一つ。共同公開だ」


「共同?」ノアが首を傾げる。


「テンペスト側の観測も公開箱に入れる。あなたたちの印と私たちの印、同じ場で示す。

違いが出たら、その場で調停。**三(固定)**は使わない」


(いい。二で開示、三は踏まない。公開での差異は、そこで返す)


ぼくは頷き、短く宣言する。

「《公開印・共同》——双方の記録を同箱で。改ざん不可、閲覧自由、緊急介入は宣言」


端末《公開箱:作成/アクセス:誰でも/追記:双方可(履歴固定)》


セレネが人垣に向け、やさしく声を張る。

「見て確かめてください。鈴と灯、音跡と看板。

分からなければ、合図係に声をかけてね」


人々が近づき、箱の窓を覗く。

今日の通過数、刻限の跳ね返り、借り印の回収量、緊急介入ゼロ。

数字はいつもの言葉に添えられ、難しい式はいらない。


ミリィは静かに言った。

「続けること。見せ続けること。——それが条件」

そして、少しだけ目を細める。

「無名は、次は**“最初と最後のあいだ”**を狙うはず。**合間インターバル**ね」


ノアが頷く。『合間の拍……緩衝路をもう一段見える化しよう』


「やるよ」ぼくは答える。

「止めて、結んで、返す。

合図と看板で合間を道にする。二で通して、三は踏まない」


ミリィは白衣の袖を直し、言った。

「今日のあなたたちは、切らないで結んだ。——それ、嫌いじゃない」

彼女は群衆の中へ消えた。観測箱に、細い字で**《立会:ミリィ》**が記録される。


端末《公開検証:合格/共同公開:開始/緊急介入:宣言ルール確立》

《次手:合間インターバル可視化/公開仕様:読み札版を配布》


セレネがぼくの手を握る。

「いまだけじゃなく、これからも見せ続けよう」


「うん」

ぼくは継承鍵を握り直した。温度は変わらない。

手の中の重みが、少し透明になる。見せるための重さだ。


広場の角で、初鈴がやさしく鳴る。

一鈴一灯、音跡、そして新しく置いた公開箱。

——次は、合間を道にする番だ。

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