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【第5章 第7話】刻限の穴


夜。広場脇の小屋で、ぼくらは**刻限しめきり**の図を壁に貼った。

ノアがチョークで丸を三つ描き、短く説明する。


『穴は三つ。

一つ、+1刻(最後の数え目を足す)。

二つ、くぐり(締めた後にすべり込む)。

三つ、長押し(灯や鈴を延ばして“固定”に見せる)。——どれも**三(固定)**へ滑らせる手だね』


「やることはいつも通り」ぼくは指を折る。

「止めて、結んで、返す。それを刻限そのものに施す」


「いまだけ」

セレネが触れてくる。《命響リリンク》がつながり、胸の圧が半拍ぶん軽くなる。


ぼくは継承鍵を半回転。

「《結時むすびどき》——刻限針:表と裏」

目盛の表(だれもが見える側)と、観測の裏(ノアの副針)の両方に結び目を置く。

これで、だれかが表だけを触って**+1しても、裏で数えが跳ね返る**。


端末《設定:刻限“表裏結び”/数え増し:反発/観測摩耗:遮断》


ノアが頷く。『増やす穴は塞いだ。残りはくぐりと長押し』


「くぐりは終わりの合図で止める」

ぼくは小屋の机に新しい印の札を置いた。


合図印:終鈴しゅうりん終灯しゅうとう

刻限の最後に二度目の鈴と一瞬の灯。

終鈴以後は列を進めない。音跡は二拍残る。


「言葉の看板もね」セレネが筆を取る。


《おしらせ》

終鈴が鳴ったら今日はおしまい。

鈴は最初と最後の二回だけ強く鳴ります。

終鈴のあとに進むのは“無効”です。


端末《合図印:終鈴・終灯 有効化/音跡:二拍保持》


その時、広場の刻限が近づく。

チリン(初鈴)——列が動く。一鈴一灯、音跡が整っていく。


——二十八拍目。

端末《異常:灯“長押し”兆候/固定回路:微動》


(来た)

露店の屋根の上で、無名の薄影が灯の根に糸を添える。

灯を長く見せて“固定(三)”へ持ち込むいつもの手だ。


「止めてから、返す」

ぼくは根元に指を置き、

「《封鎖》——固定回路だけ凍結」

「《封鎖・判定》——通る側に旗、余分は配給へ返送」


端末《固定回路:遮断/誤差:返送/灯:正常》


——二十九拍目。

端末《異常:+1刻の試み(微)/表だけ加算》


ノアがすぐ反応する。『表が+1、でも裏は——』


「返す」

表裏結びが働き、三十一拍は跳ね返って消える。


端末《刻限:30確定/増分:反発消去》


無名の薄影が屋根からくぐりに移る。

終わりの鈴の直後、列の端へ体を滑らせようと——


「終鈴」

ぼくは印に触れ、鈴を二度鳴らす。チ、チン。

路面に音跡が二拍重なり、終わりの帯がはっきり見える。

帯の向こうは通らない道だ。


端末《終鈴:発火/終帯:可視化/くぐり:遮断》


セレネが列の最後尾に手を上げ、やさしく言う。

「今日はここまで。明日は初鈴からね」


ざわめきが一度揺れ、やがて落ち着いた。

(言葉が効いている。見える合図は、強い)


……と、そこで別の穴。

広場の反対側で、終鈴のすぐ前に偽の鈴が小さく紛れ込む。

音は限りなく本物に近い。でも音跡が一拍しか残らない。


『偽終鈴。本物の前に“終わり”を早出しして、最後の一組を取りこぼしにする狙い』ノア。


(なら、終鈴を二層に)

「《結時》——終鈴の裏結び」

本物の終鈴に裏側の印を結び、二拍の音跡が揃わなければ終鈴として認めないようにする。


端末《終鈴:二層化/偽終鈴:無効/取りこぼし:回避》


列の最後の高齢の客が、胸に手を当てて少しふらつく。

(飛ばしは最小にしてきたけど、終わりはどうしても息が上がる)


「貸すのは得意だ」

青い影。レオが風のように現れ、指先で一拍だけ空気を柔らかくする。

時与ときよ》——**すこしだけ“余白の朝”**を足す。


ぼくはその余白に緩衝の結びを重ね、終帯の手前をやわらげた。

「《結時》——余拍よはく箱」

終鈴直前の小さなズレを箱に集め、刻限後に配給側へ返す。


端末《余拍箱:受理/刻限後返送:予約/観測摩耗:0》


セレネが客の手を包む。

「いまだけ、ここで一息」

チリン——最後の一鈴が落ち着いて響く。終鈴が続いて、灯が一瞬だけ点って消えた。


——三十拍目、確定。

端末《刻限:満了/開示:終了/固定:未実行/余拍:返送完了》

《結果:+1刻→反発消去/くぐり→終帯で遮断/長押し→誤差返送》


ノアが胸を撫で下ろす。『穴三種、封じ切り。観測も摩耗ゼロ』


レオが軽く指を振り、笑った。

「返し方も綺麗だ。結果で返すの、好きだよ」


セレネが看板に一行足す。


終わりのルール

・**終鈴(二度)と終灯(一瞬)**が合図です。

・終鈴のあとは進みません。

・終鈴の前に鳴る小さな鈴は無効です。


屋根の上、無名の影が一度だけこちらを見る。

表の針を増やしても、裏で戻る。

終わりを早出ししても、二拍無ければ終わりにならない。

そして長押しは余拍箱に吸われ、返送される。


影は薄くなり、風にほどけた。


端末《広場:安定/苦情:少/案内:理解度↑》

《次手:公開検証の準備(仕様書:簡易版)》


ノアが顔を上げる。『公開検証、受ける?』

(来る。ミリィは“見せて証明しろ”と言うはずだ)


ぼくはうなずく。

「分かる言葉で書いた仕様を出す。二で通して、三は踏まない——終わりも最初も、合図で守る」


セレネが微笑む。「いまだけじゃなく、明日も同じやり方で」


レオが背を向ける前に言う。

「飛ばしは少なめでね。結んでほぐすほうが、街は酔わない」


広場の灯が静かに落ち着き、音跡の線がやさしく消えていく。

ぼくは継承鍵を握り直した。温度は変わらない。

でも、針と鈴の終わり方は、もう怖くない。


——次は、見せる番だ。

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