【第5話】命の逃走劇
クロは路地を駆け抜けていた。
暗闇の都市スラム《終末区》。剥がれた壁、破損した自販機、寿命を売る者と奪う者が交錯する世界。
背後では、リミットバザールのドローンが音もなく追ってくる。
高性能センサーが寿命波長を検知し、赤いスコープがクロの背を狙う。
「逃走者確認。射出準備——」
ドシュッ!
ドローンから光弾が発射され、地面を抉った。
火花が散り、コンクリの破片がクロの頬をかすめる。
「……っ、チッ!」
クロはすぐに物陰へと滑り込んだ。
ゼェゼェと息を切らせ、手首のリングを見やる。
『00:17:31』
少し前に増えた寿命も、刻一刻と減っていく。
「このままじゃ——!」
「クロ、右に抜けて!」
ノアの声が響く。
彼女はすでにルートを予測しているのか、即座に最適解を示す。
クロは躊躇なく壁を蹴って右へ飛ぶ。
その先にあったのは——古びた寿命売買所。
誰もいない深夜の無人窓口。
でも、すぐ脇には階段があった。
「裏に抜けられるかも!」
階段を駆け上がり、屋上へ飛び出す。
冷たい風がクロの頬を打った。
「ここまで来れば……」
——その瞬間、視界の端に赤い光。
「——しまっ」
ズドン!
衝撃が背中を打ち、クロの身体が地面に転がった。
「……がっ、ぁ……」
背負ったパーカーが焼け焦げる。
ライフリングが警告を発するように点滅した。
『00:16:02』
寿命が、一気に90秒減った。
「直接被弾は……寿命を削られるのか」
「クロ!」
ノアが駆け寄る。
「大丈夫、致命傷じゃない。でももう逃げ場がない……!」
ドローンが包囲を完成させていた。
「このままじゃ捕まる……いや、“削除”される……」
ドローンたちがレーザーを構えたその瞬間——
クロのリングが、蒼く震えた。
《スキル共振反応。抑制解除、実行可能》
「抑制解除……?」
ノアがはっと目を見開いた。
「それ、使っちゃダメ! リングが……!」
「でも、他に道はないだろ!」
クロは咆哮した。
——次の瞬間、彼の手首から蒼い光が噴き出した。
《時蝕・第二段階:領域展開》
空間が、ねじれる。
世界がスロウモーションのように引き延ばされ、寿命波長が反転する。
「……うそ、領域制御まで……!?」
ノアの声が震えた。
クロの目の前に現れたのは、蒼い輪郭の“寿命の領域”。
その中では、敵の動きが極端に鈍化していた。
「これが……俺の力……」
クロはゆっくりと立ち上がる。
「逃げるだけじゃなく、“選ぶ”ための力だ」
彼は一歩踏み出し、領域の淵を越えた。
この瞬間、クロの運命は、決定的に変わっていた。