【第4章 第13話】道を直す
経路管制は、巨大な地図の部屋だった。
壁一面に、街の配給ルートが光の線で描かれている。
ところどころに黒い枝が生えていた。そこが“増設計画”——余剰を吸い上げる新しい抜け道だ。
端末《状態:配給=混線/増設=準備中/権限:継承鍵(暫定)》
「やることは三つに絞る」ぼくはゆっくり言う。
「一つ、止める。二つ、結ぶ。三つ、返す。——難しい式は使わない」
「いまだけ」
セレネが指を重ねる。《命響》が繋がった。胸の重さが半拍ぶん軽くなる。
ノアが続ける。『観測は私が持つ。説明も逐一入れるね』
1. 止める
「《封鎖》——請求」
まず、“吸い上げる請求”だけを凍らせる。
画面の黒い枝に薄氷が張り、速度が落ちた。
端末《請求:抑止/摩耗:遮断》
扉が開き、黒外套の影が入ってくる。グラムだ。
彼は何も言わず、床を指でなぞった。
——視界から“継ぎ目”が消える。前に使ってきた《時断》の線も見えない。
『断面を観測ごと消してる。縫い目が見えないから、切る手も噛む手も滑る』ノア。
2. 結ぶ
「見えないなら、結ぶ」
ぼくは鍵を半回転させ、地図の“配給側”と“街の受け口”を、細い結び目でつないだ。
切らず、奪わず、ただ“手をつなぐ”。やることはそれだけだ。
「《結時》——配給優先」
セレネが結び目の張力を肩代わりする。掌が白く震えたが、うなずいて笑う。
「大丈夫。いまだけは、持てる」
黒い枝がいくつか、すっと萎んだ。
グラムは外套の裾を整え、低く言う。
「名の通路に待ち針を刺したままだ。重みは増える」
——ぼくの“名義線”に、見えない針が触れる。胸の奥で鈍い鈴が鳴った。
(分かってる。刺さった針は、抜くのではなく“置き場所を変える”)
3. 返す
「《通す責任》——名義だけ移す」
ぼくは鍵の小窓を開き、“待ち針”の行き先を鍵の仮名義へ移した。
支払いは粒で——ほんの少しだけ“責任”を削って、移動の通行料にする。
セレネが粒の落下を《命響》で受け止める。
端末《清算:微/待ち針:鍵側へ移設》
その瞬間、部屋の上のガラス歩廊でミリィが管を弾いた。
青い液が一本、渦を強くする。
「時間を少し買うよ。——刻限延長」
地図の片隅で、固定の砂時計がのびる。
ノアが短く言う。『刻限を伸ばして固定に持っていくつもり』
「なら、折る」
ぼくは砂時計の“数え目”に小さな結び目を作り、一つ飛ばす。
「《結時》——刻限結び」
数字が一拍、抜け落ちた。
端末《刻限:短縮/固定:未到達》
グラムの視線がこちらに流れる。
「手をつなぎ、印を押し、針を持ち歩く。お前の“名”は通路そのものだ。覚えられる」
「覚えられていいよ。通した責任は、隠さない」
ぼくは地図の最後の黒枝に手を置く。
「仕上げだ。ひとつずつ返す」
配給から外れていた分岐を、結び直して正規ルートへ戻す。
やることは、三拍のリズムだけ。
一拍目、《封鎖》で吸い上げを止める。
二拍目、《結時》で配給へ結び直す。
三拍目、《封鎖・判定》で「通る側」に旗を倒す。
——単純に、繰り返す。
説明できるやり方で、誰が見ても同じ結果になるやり方で。
地図の黒は薄れ、街の線が息を吹き返す。
露店の灯りが少し明るくなり、人のざわめきが戻ってきた。
端末《結果:増設計画=停止/配給=安定/未清算:1 継続(鍵側)》
ミリィは手すりにもたれ、肩をすくめる。
「きれいに直すね。……でも、針は持っていくんだ」
彼女は踵を返し、歩廊の奥へ消えた。
グラムは出口で立ち止まり、短く告げる。
「次は、“針を刺す手”の方を切る。——準備しておけ」
外套が揺れ、影は夜へ溶けた。
静けさのあと、ノアがゆっくり言う。
『説明どおり、三つで通した。止めて、結んで、返した。……いい手順だったよ』
セレネが力を抜き、壁にもたれる。
「ふう……いまだけを、ちゃんと使えたね」
指は少し白いままだけど、目は笑っている。
ぼくは鍵を握り直した。
針は鍵の中にある。鈍い鈴が、ときどき鳴る。
(返すべき相手、刺してくる手——次はそこへ行く)
端末《通知:テンペスト本庁より“通告”——交渉の場を指定》
《場所:旧観測塔/刻限:明夜》
ノアが息を呑む。『旧観測塔……私の“記録”が作られた施設』
セレネが立ち上がり、ぼくの手を握る。
「行こう。むずかしい話は分かる言葉で、ちゃんと勝つ」
「うん。
止めて、結んで、返す。——その順番で」
部屋の地図がゆっくりと暗くなり、街の灯りが遠くでまたたく。
ぼくらは扉へ向かった。
第4章、完。 明夜、旧観測塔で——“針を刺す手”に会いにいく。




