【第4話】光と闇の狭間で
クロの手から、ほんのりと湯気が立っていた。
スキル《逆刻》を発動した直後の痺れるような余韻。
さっきまで襲ってきた男は、意識を失い倒れている。
「……やった、のか」
膝が崩れるようにして座り込む。
心臓が、まだ激しく脈打っている。
寿命は、たしかに増えた。
だが、それ以上に感じたのは“重さ”だった。
「これが、人の命を奪うってことか……」
無力な自分じゃ、何もできないと思っていた。
けれど、本当に力を手に入れた今、ただの正義感じゃ済まされないと実感する。
「大丈夫?」
ノアが隣に座り込む。
「スキルの反動が残ってるわね。リングの負荷も大きい」
「……さっき、熱暴走って言ってたよな」
「ええ。《逆刻》は《時蝕》の派生特性。本来は、一部の高負荷環境下じゃないと発現しない。無意識にそれを引き出したってことは……あなたの体質、かなり異常よ」
「異常って……」
クロは小さく笑った。
「今さら、普通の人間だなんて思っちゃいないよ」
空を見上げると、夜の帳が落ちていた。
そのとき、遠くから機械音が聞こえた。
「ん……? なんだ?」
路地の先、空を滑るようにして数体のドローンが近づいてくる。
その下には、ライフジャケットを着た複数の男たち。
腕章には、はっきりと刻まれていた。
《リミットバザール 管理部隊》
「やばい……あいつの仲間か?」
クロは立ち上がり、ノアを庇うように前に出た。
「彼らは、“命の市場”を守る側。でも……実態は、真逆よ」
「どういうことだ?」
「この街の裏側で動いてる非合法の市場——寿命を使ったブラックマーケット。彼らはその管理側。つまり、盗み、奪い、売買する寿命を“秩序”として管理しているの」
「……そんなの、正義でも何でもない」
ドローンがこちらにロックオンした。
「スキル反応、確認。規格外の波長検出」
「対象を拘束します。抵抗した場合、即時削除」
クロは拳を握る。
ノアが小声で言った。
「逃げて。今のあなたじゃ、この場を抜けるので精一杯」
「……わかった。でも、ただ逃げるだけじゃない」
クロのライフリングが青白く輝く。
「今度は、“奪われる側”じゃないってこと、見せてやるよ」
夜の街に、少年の影が駆け出す。
その背を追うように、ドローンと兵たちの光が交差した——。