【第4章 第5話】管理核と“刈り取り”
管理室Ωのさらに奥——管理核は、鼓動する井戸だった。
環状の床の中心に、蜜の糸みたいな**寿命流**が幾筋も立ち昇り、天井の環へ吸い込まれていく。
(ここで街中の“延命”が束ねられ、配給線へ落とされる)
『モニタ開くね——』
ノアが投影した簡易盤に、灰街の橋脚下ルートが光る。
【供給:再開/末端アラート:逆流検知】
『末端で刈り取り(ハーベスト)。配給決済の戻りに、微小の吸い出しを重ねてる』
※補足:刈り取り=配給線の“おつり”の時間位相に割り込み、数拍ぶんを抜く不正。粒は小さいが、線が多いほど致命的。
「“弟子”の手付きだな」
背後の男(門番)が、視線だけで頷く。
「門は通す。通した責任は、通した者が取る」
(わかってる)
クロは環の縁にしゃがみ、寿命流の拍を指で数える。——トン、トン、間。
「いまだけ」
セレネの指先が手の甲に触れる。胸の奥の負荷が、半拍だけ軽くなる。
《命響》——接触中のみの負荷分担。助走を作るための短い綱。
寿命流の表面に、黒い糸口が数本、魚の口みたいに吸い付いていた。
(直接切れば、配給が落ちる。だから——通す側を作る)
「《時蝕・封鎖》——点」
クロは、黒い糸に触れず、糸が“届く”直前の拍だけを切った。
寿命流の肌が一枚、つるりと滑って、吸い口は空を噛む。
同時に、配給線の“決済ログ”だけを通す側に傾ける。
端末《決済:0/通過フラグ:ON/戻りログ:遮断》
『逆流、止まった……けど、相手が追ってくる!』
ノアの声と同時に、空中へ新しい糸が一本、ずれた位相で射し込んだ。
(封鎖の外側を選んできた——上手い)
「《斬時・クロノブレイク》!」
クロは寿命流の縫い目だけを斜めに断ち、位相を半拍ずらす。
糸は掴んだと錯覚した瞬間に、過去の流れを噛んで自壊した。
——チリッ。
低い焼け音が、環の下から返る。
『追跡できた。“弟子”の投影端末を末端で確認……遠隔だ』
ノアがわずかに間を置き、息を静める。
『もう一本、来る。今度は三重の糸——位相を巡回させてくるよ』
三本の黒糸が、扇の角度で広がってくる。
(一本止めても、他が抜け道になる)
「セレネ、三拍目で重ねる。いまだけ」
「うん」
「《時蝕・封鎖》——一拍目:届くを断つ」
「二拍目:滑りを作る」
「三拍目:私が——」
セレネが寿命流の“肌”に指を滑らせ、リリンクでクロの負荷を受け止める。
三本の糸が、触れた瞬間に足場を失い、互いの影を噛んで絡み合う。
「今!」
クロは絡みの結節だけを、斜めに薄く断った。
黒糸は自分たちの戻りでほどけ、端末側へ逆流する。
モニタ《逆流:送信元へ返送/末端端末:焼損》
『……やった。末端が落ちた。配給、正常化!』
寿命流の拍が、静かに揃う。
環の天井で、灰色の灯が一段やわらぐ。
(奪わずに、通した。切るのは“糸”の届く前と“絡む点”だけ——)
背後で、男が一度だけ足を鳴らす。
「二印可。通した“責任”を、取ったな」
その時、管理核の壁が低く唸り、縁に黒い欠片が一つ、露を吐くみたいに生まれた。
掌にのせると、指の腹に熱が灯る——仮面の男の欠片と同じ材質、別の符号。
《鍵片:Ω-2/記録庫βアクセス権・拡張》
『これで保存層のロックがもう一段、外れる。……クロ、刻限が少し呼んでるよ』
(わかってる。切らない。切るのは——鍵を掴む時だ)
環の脈拍がゆっくり落ち着くのを確かめて、クロはセレネの指先からそっと手を外した。
「いまだけ、助かった」
「返してもらうから。あとでね」
男が視線だけで、東側の壁を示す。
壁は扉に変わり、上に短い文が浮いた。
『試問:最終——“門番”』
『……ここから先は、切断の場。さっきまでの“封鎖で通す”は通じにくい。空間そのものが刃になる』
ノアの声は落ち着いているが、底にわずかな緊張がある。
クロはリングを握り直し、低く息を吐いた。
「それでも、通す。俺と、彼女と、——鍵を」
男が一歩、前へ出る。
「問う。何を通す。誰を通す。いつ通す」
答えは、もう決まっている。
「いまだ。俺たちだ。人を生かす瞬間だけ、切る」
黒いコートの裾が、微かに笑った。
扉が、無音で開く。
最終の門へ。
刻限はまだ切らない。切るのは——鍵を掴む、その瞬間だけだ。




