【第3章 第5話】命を映す鏡
ノアの姿が消えて、塔の静寂が戻った。
クロは手のひらを見つめる。
《時蝕》を使ったあとの余韻が、まだ残っていた。
まるで体の奥底に、熱が灯っているようだった。
「……リングの鼓動、まだ止まらない」
「クロ、大丈夫?」
セレネが心配そうに駆け寄る。
彼女の指先がクロの腕に触れた瞬間——
《命響》が、ふわりと発動した。
セレネのリングが淡く光り、クロの体から熱が引いていく。
「ありがとう、セレネ」
「……無理しすぎ。私の寿命、少し分けてあげる」
そう言って微笑むセレネの表情は、どこか儚かった。
クロは、彼女の指先から伝わる鼓動に気づいた。
彼女も、限界を感じながら支えている。
「セレネ、もう無理は——」
「私が決めたことだよ」
その一言に、クロはそれ以上何も言えなかった。
塔を出た二人は、街を見渡す高台に立った。
かつて、この街にも“時間”が流れていた。
人々が笑い、すれ違い、誰かを愛した——
そんな当たり前の営みが、時間の代償で消えていった。
「ねぇ、クロは怖くないの?」
「何が?」
「この力を使うことで、誰かの寿命を奪うこと。
それで、自分が生き延びていること」
クロは空を見上げた。
雲の切れ間から、うっすらと陽が差し込んでいた。
「怖いさ。でも……何もしなければ、もう10分で死んでた。
だったら俺は、“誰かの時間”に、意味を持たせたい」
セレネは黙って、その言葉を噛みしめていた。
「……ねぇクロ。
私、もう少し、君のそばにいてもいい?」
その言葉は、風に溶けて、どこまでも優しかった。
「もちろん。……一緒に行こう、最後まで」
二人のリングが、静かに共鳴した。
寿命という限られた命の中で、
確かに響き合った“想い”が、そこにあった。




